第4話 魔物狩人を目指す転生者
乱闘騒ぎは夜中だったからきちんと見えていなかったのだろう、院長はクローゼットから解放した私の体が無傷でもスルーしていた。
そのまま朝の習慣からこなしていくが、正直に言ってその日はご飯時以外、上の空だったのは仕方がないだろう。
なんせ昨晩の夢が本当にあった出来事ならば、回復魔法を自分に掛けられたということになる。ああ、早く自由な時間にならないかしら。いろいろ試してみたいのだ。
だって安定して回復魔法が利用できるなら、もう魔法以外の医療がマトモにあるか分からんこの世界で、怪我や病気に怯えなくて良い。生きやすさ爆上がり。
ついでに魔法を使うこと自体も魔力量の鍛練になるから、瞑想でつかめなかった取っ掛かりを見付けられたことにワクワクが止まらない。
「ちょっとこっち来な」
「はなせ!」
「うるさいわね黙りなさいよ」
「叫んでも無駄。今は院長先生たち買い出しに行っちゃったからね」
上の空。それすなわち油断。
庭の草むしり中、昨日やりあった三人娘に引きずられて、孤児院の裏にある薪小屋に連れ込まれた。
薪は山ほどあるが、二人がかりで押さえ込まれているので薪バトラーにはなれないだろう。
三人娘は昨日やられた傷に包帯を巻いているため、顔面が隠れて誰が誰だか分からない状態になっていた。血や膿っぽい染みが包帯に浮かんでいる様子から、怪我はけっこう酷いようだ。
ざまみろ。
「許さない」
「お前の顔もぐちゃぐちゃにしてやる」
「あんたのせいでアレスにフラれたんだから責任とんなさいよ」
あら、余裕ぶっこいている場合ではなかったようだ。
まあそうなるか。孤児の女子が、自分の大切な財産である顔面を傷物にされて黙っているはずがない。最後のアレスにフラれたちゃんなんかは
なんせ厳しい異世界だ。現代日本と違って惚れたはれたの問題ばかりではなく、稼げる夫の有無は生活の糧が左右される。それ繋ぎ止めるための顔を失ったのは明らかにクソデカ損失。
しかしまあ、私には死ぬほどどうでも良い話だが。
「そもそもさ、お前らが先に襲ってきたのが悪いじゃん」
「うるさい!!!」
アレスにフラれたちゃんが凄い目付きで薪割り用の鉈を構えている。
私を押さえ込む係の他二人もガチで体重を乗せてきて振り払えそうにない。
万事休す……なーんてことはなく。
「顔、治してあげよっか」
「は?」
「私の体を見てみ。昨日あんだけ殴られたアザ、ひとつも無いんだよ?……治せるってこと」
ちょうど良かった、と喜びに胸を躍らせて提案する。
彼女らの回答はべろんと服を剥かれた私の背中だ。
「出来なかったらお前の背中で薪割ってやるからな」
論より証拠は異世界でも有効だったようで、フラれたちゃんは顔の包帯を外してくれた。
うーむ、小さな木片が入り込んじゃって、傷が化膿してるっぽいわね。うふふ。
ま、これで彼女は傷が治るかもしれないし、私は他人に対する回復魔法の実験台をゲットできたわけだ。
Win-Winの関係ってやつだな。
「えーと『照らしたもう我が右手の雫は天上の光なれば』だっけ……ほら!やった!」
右手を翳しながら記憶にある呪文を唱えると、昨日感じたものと同じ、温かな湯にも似た柔らかな熱が身体の奥から汲み上げられる感覚。
フラれたちゃんの顔面が淡い光に包まれて、すぐに傷ひとつ無い少女の顔が現れた。
おい傷口に入り込んでいた小さな木片どこいった。
そんな疑問は残れども、治療成功に違いはなく。
「……どう?」
「ほんとに治ってるよフラン!」
「それどころかニキビも消えてる……」
そうなれば話は早い。
他の二人も大人しく治療を受け入れた。ついでの実験で、彼女たちの手足に残っていた細かい古傷も治せないかしらと手を出してみると、こちらも完治。
凄いな。怪我を治す回復魔法ってここまで使えるやつなんだ。
いや、ルビアちゃんの基礎スペックが凄いからかもね。聖女レベルになれば欠損も治せるらしいので。
成果はそれだけではない。
何回も回復魔法を使ったので、お湯に似た感触がする魔力の動きもすっかり把握できた。しかもそれを自分の意思で動かせば、呪文いらずで発動する。
この習得率、絶対にチートだ。
「じゃあそういうことだから」
「……また調子乗ったら締めてやるからね」
「はいはい」
一応、治療を終えた三人に対して口止めはしておいた。
すっかり治った顔面という証拠がある以上、ほぼ効果は無いだろうが、聞かれたらシラを切り通すつもりなので問題ない。
もう他人で実験する必要はないし。
「へへへ……」
先ほど二人がかりで押さえ込まれ、捻ってしまった手首と肘に回復魔法を使う。
二回、三回は失敗したが、四回目で成功してくれた。
「コツは俯瞰かな?」
昨日、あの夢の中でアザ治療が成功したのも納得だ。
おそらく私の認識で、ルビアちゃんの肉体を客観的にとらえれば成功しやすくなるのだろう。
この体は私が持っているだけのルビア・アルギムの肉体だ、というように。
それから一週間ほどで、他の支援魔法も自分に対して問題なく成功するようになった。しかし代償としてなのか、魔法を使うとしばらく感覚がおかしなことになってしまう。
上手く言えないけれど、自分自身の背中を後ろから見ているような。肉体が意識の少し前に立っているような変な感じ。体は普通に動くから感覚だけの問題だと思う。
たぶん体の客観視を積極的にやっているのが原因だろう。しかし五感や体調に影響があるわけでもないので、そのままで良しとする。
そんなことより魔法たのちい。
「にしても、魔法は適性があれば呪文は補助に過ぎないってガチだったんだねぇ」
まだ六歳の小さな手ができる芸当ではない。魔物狩人は魔法が使えてなんぼ、という風潮も理解できてしまう。
まあ普通は支援魔法でここまで露骨なことにはならないから、魔物狩人は身体強化か攻撃魔法とは聞いているが。
「これ、支援魔法を組み合わせればゴブリン殴る程度の魔物狩人なら今からでもできるんじゃないかな?」
やりてぇ~!!!瞑想はイマイチだったから魔物倒して魔力量上げてぇ~!!!
将来はモブ神官やるにしても
原作ルビアみたいに
あとは普通にマジで金が欲しい。いつもちょっとひもじいから何か買い食いしたい。貯金もしたい。
でもまず何か食って成長したい。
外仕事で運が良ければもらえる
苛められていたようなルビアちゃんでなくとも、孤児院で金なんて見付かれば盗まれたり奪われたりがデフォだから、ほとんどは外の屋台のやっすい串焼き一本とかで使い切って帰ってくる。
運が悪く屋台とかで使いそびれた子はヒエラルキーが上のやつに奪われる。そういう子が小銭を必ずくれる派遣先に行った日なんかは、もらってないなんて嘘つけないから殴られたくなかったら、きちんと持ち帰るしかない。
なおルビアちゃんを始めとする目端が利くやつは、大体がパンツの内側にスリットタイプの狭いポッケを持っていることを記しておく。
で、金を得て買い食いしたいという話に戻る。
まず金。金銭欲とまではいかないけど、金はあればあるほど良いものなので割愛。
本命の食べ物に関しては、せっかく素の状態での魔力量も多いんだから、栄養つけてきちんと成長したいってこと。
孤児院にいる同年代の中では珍しく、きちんと年齢に見合う成長をしている私だが、これは魔力量が多いおかげ。つまり足りない栄養を魔力で補っているに過ぎない。
きちんと栄養を取れば貴族並みに成長が早いはずだから、私としては男爵令嬢になる十歳までにしっかり育っておきたいのだ。
なぜかって?
愛くるしい153センチのヒロインになるのはお断りだからだよ。このまま成長期に栄養不足を魔力で補う生活をしていると、学院に入って栄養が足りるようになっても身体が成長する前に、女子の二次性徴が終わって小さいまんま性成熟しちまうんだよな。
百歩譲って
というかね、そもそも前世で165はあったから、最低でもそこは通過しておきたいんだよ。あと将来的に自立して生活するなら舐められないように身長は欲しい。
はい、そういうわけでですね、魔物狩人になれればそれが解決しちゃうんですよね。はい。
なれば良いじゃん、て?
「1メートルちょいの
あと、わりかし普通にマトモ孤児院だから、逃げたら一度はきちんと捜索されるくらいの年齢だよ六歳。人攫いとかで行方不明が無いわけじゃないけど、家出して同じ街で生活してたら普通にバレるんだわ。
というかまず男爵令嬢になるためには孤児院から逃げ出せねぇし。
「孤児院の
そうだなぁ、まず他の手段で食物を確保して身長を伸ばすしかないかな?
魔物狩人は社会的に、立身出世の手段のひとつであると同時に底辺の受け皿なんだよね。だから街の人間でなくても犯罪者だとバレなければ登録できるし、できてしまえば最低ランクでも狩人専用の
つまり身元ガバガバでも登録できちゃうんよ。
だから先に外見十歳くらいまで成長して、それから魔物狩人組合に偽名登録すれば良いんだよね。どうせ男爵令嬢になったら捨てる身分だし。
「じゃあまずはグレるか」
とりあえず大人には普通に接して、他のガキから食い物や金を巻き上げますわよ。
支援魔法があれば暴力は大丈夫ですわ!今までルビアちゃんがさんざんやられていたことをやり返すだけでしてよ!
あれから三ヶ月。
やっぱり世の中は魔法と暴力だよね、と実感する日々でした。
「当番ども~」
「はい!ルビアさん!」
「こちらをどうぞ」
「今日の銅貨です」
今ではすっかり孤児院で作った配下連中が交代で食後にパンをプレゼントしてくれたり、買い食い用の小銭を寄付してくださるようになりました。
方法は簡単。私にちょっかい掛けてきたヒエラルキーが上の連中の骨をぶち折ってから治しただけ。ついでに言うこと聞くやつの怪我や病気を治したり、疲労回復したりと各種いろいろ支援魔法の練習に使ったくらいかしらね。
もちろん現代人として男女平等を良しとしますから、ぶん殴ったり治したりするのに性別は問いませんでしたわよ!
「姐さん、マーシーねぇちゃんをお願いします」
「明日の晩に薪小屋で。助手が来なきゃやらないから」
「ありがとうございます」
そしたらいつの間にか、魔物狩人や夜職の女性相手にヤブ医者モドキみたいなこどをやる羽目になっていた。
いや意味分からん。
うそ、意味は分かる。より困難な怪我の回復にチャレンジしたいと思ってしまった私の自業自得だ。
きっかけは二ヶ月ほど前に、孤児院を卒業したばかりのOBOGで組んでた魔物狩人のパーティーが壊滅した事件である。
六人の男女で構成された彼らのパーティーは、優秀にも六人全員が何かしらの魔法を少しでも使えたそうだ。
まあ、優秀で気の合う六人が組んだのが正解だな。
で、優秀な彼らはきちんと考えて、初心者は初心者らしく基本的にゴブリンの袋叩きをしていたわけだ。
他の魔物狩人の前で魔法を使わないように気を付けてもいたという。実戦に使える魔法はそれだけで強引な勧誘や底辺からの嫉妬の対象になりトラブルを招くため、ある程度ランクを上げるまでひた隠すのは当然だったから。
だがしかし、彼らは運悪くガラの悪い中堅パーティーに回復魔法を使う場面を目撃されてしまい。
結果として男三人が殺され、回復魔法が使える男一人とアレな目的で殺されなかった女二人が暴行を受け、街に運び込まれた。
さて、それから少し地獄を味わい、やがて違法な儀式魔法で奴隷にされそうになった三人だが、どうにか女二人が火魔法と水魔法で抵抗し、揃って逃げ出すことに成功。
で、安全を求めて無意識にか夜中の孤児院に入り込んで庭で倒れたのを、盗み食いから帰る途中の私と手下一号に目撃されたわけだ。
まあ、治したよね。内臓の怪我とか指先の欠損とか潜伏期間中の性病とか、練習しがいがあるのが三人分もあったから、薪小屋に引きずり込んで色々試してみたのさ。
異世界人体の理解にも役立ったし、良い機会だった。
……それで終わってればね。
結局、魔物狩人を引退した三人から孤児院卒業生の間で口コミが密やかに広がったようでしてね。マジカルな口止めは
支援魔法を応用して何とかできないか考えたい。
いやまあ悪いばかりではなかったんだけどね。
ヤブ医者モドキは小銭集めより大きな現金と練習台がいっぺんに手に入るしさ。
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