第3話 クソザコメンタル転生者
なんて笑ってばかりいるわけにもいかない。
私が純正ルビアちゃんではなくなってしまった以上、
おさらいを続けよう。
とりあえずは攻略対象だが、ここは今回も以下略で良い。
ゲームでは
あ、そうだそうだ。メインルートは王太子だってさ。
討伐パートにも関わってくるから、誰と恋愛しても王太子との交流はあるっぽいですわよ。つまり王太子の婚約者にして悪役令嬢であるアリザリンとの絡みも必然というやつだな。
さあ、その
フルネームはアリザリン・エルメリア・フォン・フォニーレンだ。エルメリアは母親の名だが、普段は名乗らない。これは他の高位貴族キャラもそうであるらしい。
こちらも出自は小説と変わらない。天才魔導師の王妹と王国宰相の父親を持つ公爵令嬢。しかし
まず母親が病で死ぬ。
元々そこまで丈夫ではなかったようだが、アリザリンが三歳の頃に宿していた弟を流産したこともあり、体が弱くなっていたらしい。
小説では転生者の知識があるため、知られざる霊薬というアイテムを製作して母親を助けたが、ゲームではアリザリンが七歳の頃に亡くなってしまう。しかも、これをきっかけに宰相として忙しい日々を送っていた父親は心を病み、妻に生き写しの娘と関わらなくなるのだ。
そんなわけで、母親を亡くした悲しみと父親から放置された寂しさから、普通の貴族令嬢の範囲で収まる程度のワガママだったアリザリンの癇癪は悪化し、だんだんと悪女の素質を育てていく。
その頃、公爵家の親戚である子爵家から嫡男として養子入りをしたのが義弟となるオフィーリオである。まあ想像に難くないだろうが、彼は病んだ義姉からそれはもう盛大に苛められると同時に寂しさから依存し、彼自身もどこか病んでいく。ヤンデレ攻略対象爆誕だな。
ちなみにアリザリン、王太子妃教育から猫を被ることを覚え、齢十一で学院へ入学する頃になると、かなり陰湿で苛烈な苛めを従者にやらせるようになる。
ここでまた攻略対象の従者(有能平民)が被害を被って、冷酷な暗殺者属性を盛り込んだ攻略対象に進化するわけだ。
や、もう切りがないから切り上げるが、これ以外も様々なやらかしをする、マジモンの悪役令嬢の被害はけっこうでかい。
王太子、義弟(公爵令息)、従者(有能平民)はメイン被害者で、他の攻略対象のシナリオにもぽつぽつと影を落としていたりする。
そして学院から追放された後も、どうやってか学院教師の子爵になって王国に潜り込んでいる魔国の第三王子ペンデュラムを利用し、魔王スピンドルに侵略戦争を決断させ、魔族の軍勢と共に斜陽の魔女としてソルシエラ王国を蹂躙しようとするのだ。
いやぁ~乱世乱世!
いや乱世どころじゃねーわ。斜陽の魔女は倒せないとソルシエラ王国全土から人間の魂とやらを吸い上げ、それを供物に人間卒業を果たした後は魔国も同様に滅ぼすヤバいラスボスらしいのよ。
そして手に負えない災厄『
原作小説のオマケで書かれたIF世界線で、ゲームのバッドエンド集があったが、アリザリンに負けるこのグランドバッドエンドはかなり壮大な滅亡だった。
つまり原作から逃げてもアリザリンが悪役令嬢のままだと、大陸外に出なければもう終わりなんだよな。
「はぁ~…………つら」
平穏に暮らしたいだけなのは私の方じゃい。
という気分だ。
さて、ここまで記憶を掘り返して、洗い出された問題点は以下のものとなる。
・この厳しい世界では顔だけが取り柄の平民でもおっけー、なんて言ってたら最悪わるいひとに利用されて死んだり死ぬよりツラいことになる。だから男爵令嬢の端くれになって学院行きは経験すべき。
・アリザリンが平穏主義者にジョブチェンジしていなければ、下手すると大陸が滅ぶ。
・アリザリンが悪役令嬢のままでも、私は原作ゲーム『キミカガ』を間接的にしか知らないので、ハーレム聖女になるのは無理そう。無理だわ。
・というかまず恋愛ゲームは守備範囲ではなかったから、類似ゲームを参考に攻略は無理。喪女無理。
・でもルビアちゃんボディに攻撃力はない。だから悪役令嬢の魔女を倒すには聖女ゲーをしなければならない。
オマケに今さらな話だが、現段階でパッパの指輪を使ってすぐさま王族と認めてもらうことで、自分の選択肢を増やそう!という手段は使えません。
アリザリンパイセンいわく「ゲームでは条件を満たさないと有効アイテムにならない。転生して分かったが、おそらく王弟の娘は政治的な爆弾だから、名乗り出るには本人が殺されないレベルの名誉が必要。
とまあこのように八方塞がりな現状だが、これらの問題はアリザリンパイセンが平穏主義者ならほぼ全て解決するということを忘れてはならない。
「つまり方針はほぼ変わらんってことよ」
男爵令嬢になる。
学院に入ってアリザリンパイセンの様子を見る。
大丈夫そうなら男爵家から逃げる計画を立てながら神官を目指す。
しかしパイセンが悪役令嬢だったら、大陸から全速力で逃げるか聖女になるしか生きる道はない。
「攻略対象とどうのこうのではなく、王国軍をハイパー強化するだけの聖女なら……恋愛ゲームをしなくても良いかもしれない」
あーあ、こんならアリザリンパイセンの方に転生したかったなぁ。
初めから公爵令嬢だし、スペックも単独でレイドボスになれるレベルだから小説みたいに魔国と戦えば生き残れるし。
せめて自分にバフを掛けられれば良いのに。
「とりあえず、五年後に何かしら行動すると言っても魔力量は必要なんだよね」
ならば
んで、私がルビアちゃんになってから三日間。
小説を思い出して魔力を感じ取るための瞑想とやらをやってみたが、ぜんぜんダメだった。
鍛練には向き不向きがあり、他の方法で鍛練をしているキャラもいたから、私も瞑想が向かなかっただけだと信じたい。
というかまず、孤児院って瞑想には向かない環境なんだよね。忙しいし喧しいから一人で集中できないのだ。
まず朝早く起きて飯をもらい、午前中は読み書き計算。
お昼は無し。午後からは孤児院の家事手伝いや、運営費を稼ぐために内職したり、外に派遣されたりする。
夕方になったら孤児院の掃除をして、夕飯をもらったらさっさと寝る。
遊べそうな時間は夕方の仕事終わりから掃除時間のスキマくらいか。慣れたやつは立場の弱い子に掃除を押し付けたり、外働きで何かもらった子が弱い立場だったら取り上げたりして遊んでる。
私はもちろん掃除を押し付けられる側だった。
小学校の掃除時間を思い出す懐かしい風景だ。
孤児院は年老いた院長とその息子夫婦がやっているけれど、子供らの関係に関しては基本的に放任だ。自分たちの言うことさえ聞けば、喧嘩すらやりすぎなければ良いと思っている。
これを良しとするのは価値観が現代日本人と違うからだろう。当たり前の話だが。
むしろ、自分たちが子供を虐待したり、飢え死にしかけるほど飯を抜いたりするなんてこともないのだから、マトモな方だと言えた。
孤児院の義務としてきちんと教育もしているし、派遣の外働きもキツい場合が多いけど普通の仕事内容だ。孤児にしては恵まれているのだろう。
けれど日本の記憶があるせいでご飯は美味しくないし、育ち盛りには量が足りない。
だからつい、ルビアちゃんのご飯を取り上げるのが当たり前だったクソアマの顔を、石を握り込んだゲンコツでぶん殴って止めさせてしまった。
いやー、ほら、ちょっとね……飢えてたから。
大人気ないとは分かっているけれど、飢えで理性が溶けて六歳の肉体の生存欲求が表面化したみたいだ。
あとはそうだな。私はゲームでのルビアちゃんほど頭が良くて優しい人格者ではないから、
教育を受けていない子供は無垢な天使ではなく醜悪なゴブリンだ、みたいな言葉があったような気がする。
つまり遠慮や優しさが食い物にされる孤児院社会で、ルビアちゃんはやられたらやり返すべきだったのだ。礼儀を知らぬものに礼儀は必要ない。
現代日本より暴力がユルい世界だから、自衛に気を付けて暴力を使いこなせばまあまあ良い思いができるんだろうね。
ま、油断できないのは疲れるけど。
「いやー、あぶなかったわ。下手したら死んでたもんな」
まさか寝込みを襲われるなんてね。
暴力を利用し始めてから五日目の夜。とうとう体の大きな歳上女子が三人で薪を持ち、寝ている私を殴り付けてきた。
魔力が多いおかげか、ご飯が少なくてもきちんと六歳の体つきをしているルビアちゃんだが、さすがに歳上女子ほど大きくはない。だから相手も三人がかりで襲えば教育的指導ができると思ったに違いない。
幸いにも一撃目が胴体だったおかげで目を覚ますことができたから、掛けていたペラペラ毛布を浴びせてベッドから逃げることはできた。あとはこちらも隠しておいた薪を掴み、必殺薪バトル開始である。
やろうぶっころしてやる。
が、騒いでいたので普通に院長に見つかってお仕置きクローゼットに入れられた。
なぜか私だけ。
まあ襲ってきた三人の顔に薪のささくれた部分を突き刺すように攻撃して、血塗れにしてしまったからだろうけども。
や、私も殺されかけたようなもんですけどね。
「いったいなぁ……クソがよ」
もちろん私も無傷とはいかなかった。奇襲を仕掛けるのは得意な方だが、ガチンコ薪バトルのファイターではないからね。しょせん子供ができるお遊びの暴力レベルだ。
相手もそう変わらない薪バトラー初心者。顔をやられて無闇に薪を振り回していただけの攻撃でも、三人分もあると当然こちらもぼこぼこになる。
血は出てないが痛む感覚からしてアザだらけになっていそうだ。
「せめてなぁ……回復魔法とか使えればなぁ」
もちろん使えたところで、回復魔法は支援魔法の一種に過ぎないので自分自身には使えないのだろうが。
「生活が荒んでるなぁ……」
日本でアラサーしていた頃は普通だったのに。普通程度の落ちこぼれだったのに。どうして働けど腹は満たされず、たまに水浴びできるくらいで風呂もなく、夜も安心して眠れない生活をしているのだろうか。
暴力うんぬんだって、ちょっと実家に軽い家庭内暴力が転がっていた頃の杵柄なだけで、私はヤンキーでもなんでもなかったのだ。
「かえりたいな」
別に日本で楽しく暮らしていたわけではないが、現実逃避の娯楽もないのにこんな生活しとうない。
というか記憶が戻り立ての日はイキり散らかして「この先生き残るには!」みたいなこと考えていたけれど、この日常を最低でもあと四年ほど重ねなければならないと考えると嫌になる。
ルビアちゃんにお返ししたい。
私の体じゃないし。
なんて考えていると、ふと体の痛みが引いた気がした。
自分の体じゃないければ痛くない、みたいな思い込みが効いているのだろうか。子供の想像力は強いと聞くし、ルビアちゃんの脳味噌も痛みから逃避したがっているのだろう。
「思えばルビアちゃんにも悪いことしちゃったよな」
私とて望んで意識を取り戻したわけではないが、自分の体を奪った相手がこんな情けないことになっていたとしたら人格者の彼女もキレるだろう。私ならキレてる。
というか私の人格は捨てて知識だけ思い出せていれば、本来のルビアちゃんのまま知識を活用して上手く暮らせたかもしれない。
「……」
ぼやぼやと考えていたら、そのまま滑り落ちるように眠ってしまったようだ。
眠りかけのまま、意識だけシームレスに夢へ接続されるときの感覚。
クローゼットの内側からドアの裏を見ていた視点がふわふわ浮かぶ。狭い箱からはみ出している。電気も蝋燭もない暗闇を怖がる年齢は終わっているから、クローゼットの中の夜は安らぎでしかない。
何も見えないはずなのに何もかもが見える。
小さな少女がクローゼットの中で壁に寄りかかるようにして眠っている。やはりアザだらけだ。人形のようにかわいいのにもったいない。
ほんと、回復魔法が使えたら良いのにね。
確かアリザリンも適性を付与するアイテムを経由して回復魔法を使っていたっけ。たしか教会学校に来ていた子供の怪我を治すシーンだった。
その時のヴォルフラムのセリフで、呪文は補助だけど本人に適性がないなら最初は全部きちんと唱えるべきだって、たしかほら
照らしたもう我が右手の雫は天上の光なれば
お、あったけ。温泉みたいだ。
朝、目が覚めてクローゼットから出されると、アザだらけで痛みを訴えていた体は全て治っていた。
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