第2話 マトリョーシカの転生者


 おわり、じゃねぇんだよな。クソ。

 いや自分がクソでしたわクソヒロイン。

 う~ん、つらすぎるっピ。


「落ち着けクールになれ、ルビア・アルギム」


 私は小説原作で出てきたルビアの中身みたいな、ビッチ系アホ悪女じゃない。ビッチ無理。

 オーケー?私は喪女。真名はイタい女オタク。

 ドゥーユーアフターミー。


「私は喪女。真名はイタい女オタク」


 はいオーケー。

 やってること凄くイタくて頭痛してきたわよ。


 とまあ自己を確認し、息を落ち着ける。

 しかしまさか、まさか私がオリジナル異世界転生ではなく、二次創作の皮を被った一次創作ゲーム内転生を舞台にした恋愛小説の、そのまた二次創作支部に行けみたいな成り代わりの登場人物になっちゃってるなんて、直ぐに思い付くわけないだろ馬鹿野郎ふざけるな!

 な◯うの異世界転生ジャンルで連載してると思ってたらムーンラ◯ト(女性向け)の連載だったわ、どころか支部の二次創作小説(成り代わり)じゃねぇか住み分けはどうしたんだよ住み分けは!

 もうなんだ、アレか?

 実は支部でもなくて、ここはカク◯ムで、この世界は私が主人公のオリジナル小説とか?

 わはははは、やったね。

 そんなわけあるか正気に戻れバカ。

 まだ落ち着けてないわね。


「あー……食欲失せた。夕飯パスしてこのまんま寝ようか。今日は二回も頭打ったんだから仕方ないね」


 なんて薄汚れたベッドに再び寝っ転がったけれど、こんな状態ではマトモに眠れるはずもなく。やはり色々と考えてしまうのは止められなかった。

 しかし何も無意味に時間を浪費していたわけではない。ある程度は考えをまとめて、結論を出すことができたのは収穫だろう。


「とりあえず王立魔法学院への入学が小説での学院編開始タイミングだから、主人公アリザリンに関わらず大人しく学生生活をこなして学歴と技能をゲットしたら、さっさと出奔して魔物狩人になろう!」


 とまあ暫定的だが、今後の動きはそうすることにした。作戦名はいのちだいじに。

 悪役令嬢モノのヒロイン()なんて、自分から主人公に害を与えるから倒されるのだ。攻略対象とやらに手を出さなければ断罪もざまぁもクソもない。

 雉も鳴かずば撃たれまいってヤツ。いやまあね、原作小説だと喧しく鳴いて、糞まで撒き散らしたから駆除されたんですけどね。わはは。


 そう、悪役令嬢モノのヒロイン(原作)は作品によって様々な立場に置かれるが、私の読んでいた小説『斜陽の魔女(タイトル略)』において、ヒロイン()は典型的なビッチ系悪女男爵令嬢(転生者)だった。

 つまりおまんが悪役令嬢。

 しかもコイツ、古き良き伝統芸能カッターキャーの儀式を嫌われジャンルでもないのにやってしまい、初手からド失敗するクソマヌケでもある。

 悪女としてもド三流なんて救いようがねぇですわよ。

 おほほほほ。


「というかまず、そもそもの話だけど悪女プレイをしなけりゃ良いんだよ!はい解決……うん。きっとそうだよ……」


 が、しかし。

 今は私がルビアちゃんであり、本来の転生者ビッチはどこぞへ消え失せたわけである。同じようなことが主人公アリザリンに起こっていない保証はないわけで。


「も、もう一度きちんと頭の中で原作をおさらいしてみようかな……」


 することにした。


 まず、私が読んでいた小説『悪役令嬢だけど斜陽の魔女なんかにはなりません!私は平穏に暮らしたいだけなのに!』こと『斜陽の魔女』の設定からおさらいだ。

 ジャンルは悪役令嬢モノのファンタジー恋愛小説。

 NAISEI系や陰謀飛び交う社交界の描写がある小説を求め、異世界転生貴族主人公モノから悪役令嬢モノまで流れ着いたため、恋愛部分はぶっちゃけあんまり覚えていない。


 主人公は降嫁した王妹の母と王国宰相の父の間に産まれた、由緒正しき血筋の公爵令嬢アリザリン・フォン・フォニーレンだ。

 彼女は王太子妃に内定して教育を受けていた六歳の頃に、背中を鞭打たれてOLだった前世を思い出す。


 そして自分が恋愛アドベンチャーゲーム『黎明に君は輝く』こと『キミカガ』の悪役令嬢アリザリンとして破滅する未来をどうにかするため、これ以上ワガママな悪女にならないように淑女を目指して努力し、周囲と交流する。

 同時に現代知識と公爵家の持つ人材パワーや伝手を活用して資金稼ぎをしたり、母親である公爵夫人を通して社交界に新たな流行をもたらしたりする。

 非常に優れた天才の類だと認識されるが、本人は前世知識を使ったズルだと考えて謙虚な態度でいるため、周囲からは人格者でもあると思われる。


 人間関係では、特に婚約者の王太子を始めとするゲームの攻略対象とも幼い頃から交流することになる。その中で彼らの問題をゲーム開始前に解決したり、原作では苛めていた義弟に優しく接したりすることで、破滅を回避しようとする。

 またそれが原因で、周囲からどんどん好かれていくが、本人は恋愛関係ポンコツ令嬢なのでいまいち良く分かっていない。

 だからお友達の伯爵令嬢にめちゃくちゃ突っ込まれるんだぞお前。


 ちなみに原作ゲームでは、ソルシエラ王国の敵国こと魔国と通じた挙げ句に『黄昏の魔女』というレイド戦のラスボスになる。

 そのことから莫大な魔力だけでなく、高い攻撃魔法適性や身体強化適性、悪役しか持たない呪詛デバフ適性を高い水準で持っているため、廃スペックな文武両道主人公として活躍する。

 その流れでついでとばかりに、一般的に良く思われない呪詛適性も機転を利かせることで良いおまじないとして使い、魔族と人間のハーフな攻略対象(高難易度の隠しキャラ)にまで思いを寄せられることになる。


 まさに地位も名誉も資産もパワーもある、女性向け異世界転生チート主人公というやつだな。

 いや、まあそうなるまでの道のりがあるからこそ主人公として好かれているわけだから、そこんとこヨロシク。

 もちろん顔とスタイルも抜群だぞ。アリザリンちゃんかわいいね。


 ゲームにおける攻略対象の詳細は省略する。いっぱいいたからあんまり覚えていないんだわ。メンバーは把握しているけども。

 確か……王太子殿下(第一王子)、第二王子(第二王子)、主人公の義弟(養子の公爵令息)、主人公の従者(有能平民)、騎士団長の息子(伯爵令息)、魔導研究所の所長の息子(伯爵令息)、教皇の息子(侯爵令息相当)、隠しキャラとして王立魔法学院教師の男爵(魔国の第三王子にして魔族と人間のハーフ)だったっけ。

 うむ、そうそうたるラインナップだな。

 きちんとくっつくのは王太子だからハーレムじゃないぞい。


 そしてヒロイン()ことルビア・アルギム男爵令嬢。

 王宮で女官として働いていた男爵令嬢アリシア・アルギムと、庭師の平民下男に扮していた英雄王弟シルヴェスタ(現在は故人)との間に産まれた娘である。平民と子を成したとして実家から勘当され、平民落ちしたアリシアが亡くなると三歳で孤児院に入れられたが、実はやんごとなき出自を持つ美少女だ。

 ちなみに父親だが、彼は英雄だったがために現王から子供を作ることを呪いで禁じられていた。母親との大恋愛の果てにルビアが出来てしまい、無事産まれてしまったために呪いで亡くなっている……というゲームの特定ルートでしか明かされない設定もあるそうな。

 だからルビアの手元には王弟の王室紋が刻まれた指輪があるわけだな。公爵家に降嫁した王妹の娘であるアリザリンとは、実は従姉妹同士だったりする。まあ現王の息子たちとも同じだな。


 彼女はアリザリンのひとつ年下。

 彼女と同じく同じく六歳の頃に孤児院の庭木で前世を思い出す。

 そして原作ゲームの開始を待ちわびながら、孤児院で男子を手玉に取ってできるだけ快適に暮らそうとする。やがて十歳になると原作ゲーム開始の前段階としてアルギム男爵家に迎え入れられ、数ヶ月ほど礼儀作法の教育を施されると王立魔法学院に送り込まれる。

 この学院入学をゲーム開始のタイミングと認識し、彼女は本格的に動き出す。


 ……ん?入学年齢がじゅういっさいはゲーム的な恋愛するのに早い?

 や、なんか魔力多いと心身の成長も早いらしいよ。だから貴族は早熟で、オマケに老化が遅いのが普通なんだってさ。


 話を戻す。

 詳細は不明だが、彼女の前世は『キミカガ』のアクションパート部分が苦手で、エンディングの半分くらいは実況プレイ動画で確認していたタイプだ。

 そのせいで原作知識が中途半端でありながら、悪役令嬢のラスボス化には非常に懸念を示し、攻略対象と関係を深めることで対抗しようと考えていた部分もある。まあほとんど、最上の目標であるハーレムエンドには斜陽の魔女を特定の条件で倒す必要があったから、という理由だが。

 しかし悪女としてド三流なので、普通に墓穴を掘って失敗した。というかまず悪女するなら活用すべき、母親が持たせた王弟の指輪も知らないからって売り払っちゃってるよ。ばか。


 という感じだな、原作小説は。

 うん、ルビア(悪女)のことは断罪部分以外はあんまり覚えていない。だってぶっちゃけ『斜陽の魔女』の主人公はアリザリンだし、ルビアは第二章の学院編から出てくるけど章の最後に断罪されて退場しちゃうからね。そんで二章ラストにはアリザリンと王太子の結婚てデカい見せ場があるし。

 しかも私が真剣に読んでいたのは第一章の成長&内政パートと、第三章の対魔国戦争パートだ。

 最後、第四章の旭日の聖女パートも、聖女アリザリンの大活躍は楽しく読んでいたが、内容はチート炸裂からの壮大なエンディングである。ルビアなんか内容に掠りもしない。

 まあ私が原作小説から逃げる、という目的からすると学院編だけを乗り切れば良いので、悪い話ではないのだが。


 さて、お次は作中作品こと原作ゲーム『黎明に君は輝く』の内容だ。

 この『キミカガ』は、小説世界の転生者アリザリンやルビアの視点からしか語られることはない。だから小説世界との差異や重要なイベントに関係する設定のような、要点くらいしか知ることができなかった。しかし私が今いるこの世界は『キミカガ』の上に成立しているため、ないがしろにできるものでもない。


 まず当然ながら、主人公はルビア・アルギム男爵令嬢だ。

 転生者クソビッチなんて影も形もない世界なので、彼女は黎明の聖女に相応しい優しさと芯の強さを兼ね備えている、らしい。

 出自は小説の設定と変わらない。母親の兄弟である後継者たちが病で亡くなったアルギム男爵家に仕方なく引き取られたことも、礼儀作法の教育が数ヶ月という付け焼き刃の状態で、お婿さんをゲットしろと命じられて学院に送られたことも。

 彼女は孤児院での苛めに耐え……いやまあ私が記憶をあさった感じ、消えてしまいたいくらいは思ってたみたいだけど。

 ああ、だから原作のルビアは自己肯定感が低いような説明があったし、ゲームシナリオはシンデレラストーリーと書かれていたのか。


 とりあえず彼女は孤児院から男爵家、そして学院での苛めに耐えながら、ステータスを鍛えて攻略対象と交流する。そしてお互いの苦しみを分かち合い、癒す関係になるそうだ。詳細は知らん。

 だがまあ、この癒しというのがキーワードだったりする。

 ルビアは英雄とまで言われた父親から受け継いだ膨大な魔力と、男爵令嬢でも王宮の女官になれるほどの母親から受け継いだ高い支援魔法適性を持つ。

 そして支援バフ魔法は文字通り自分や他人を強化するが、その中には数種類の回復魔法も含まれていた。


 ルビアは支援魔法適性が極まりすぎて自分にバフできなかったり、身体強化や攻撃魔法の類いを使えないという欠点を持っている。しかしそれを代償として万単位の軍勢にバフしたり、騎士が失った手足を生やし、死んだばかりの攻略対象を蘇生するほどの奇跡的な癒しの力を持っているのだ。ステータスを鍛えて攻略対象と真剣に交流すればね。

 だから学院を舞台とした恋愛&成長パートの次にくる、斜陽の魔女と化した悪役令嬢アリザリン討伐パートでは、黎明の聖女なんて大層な評価を得ることになる。

 で、このアクションパートをクリアすればフラグに応じて攻略対象とエンディングを迎えられるらしい。

 というか失敗すると国どころか大陸が滅ぶ。南無三。


 まあね、それはアリザリンが平穏大好き転生者になれば大丈夫だから問題ないね。そんな小説世界だと魔女討伐ではなく魔国との戦争になるけれど、旭日の聖女様と愉快な攻略対象たちがなんとかしてくれますしおすし。

 というかNAISEIで日本由来のアイテムが流通する方が楽しみですわ。


 という話は一度おいといて。

 この設定を思い出せたことで、私ことルビアちゃんの肉体が持つスペックは把握できた。正直に言ってしまうと魔物狩人は無理そうで悲しい。

 どうやらゲームだと主人公ルビア自身は戦わず、ガチガチに支援強化した攻略対象をけしかけて敵を倒すシステムのようなので、それに適した設定になっているのだろう。

 しかし攻撃魔法も身体強化もできないため、自分で使える攻撃手段は使い捨てアイテム攻撃くらいしかない。しかもアイテムやその素材を調達するには、やはり金か暴力が必要なのだ。おわり。


「これはもう、教会に入ってほどほどに優秀な神官をやるしかないかなぁ」


 金を稼いで独立して普通に暮らすには、聖女に認定されるほどの活躍は控えるべきだ。バフがすこぶる得意というだけならば、教会でなくとも母親と同じように王宮で女官になったり、魔導研究所に就職というルートも取れそうだが、教会ルートより攻略対象と物理的に近くなるのはNG。

 目指せ、大きめな地方都市の教会のそこそこ優秀な神官さん。


 ルビアちゃん(6)が教会関係の情報も収集しといてくれて助かった。

 頭が上がらんな。わはは。



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