第四話・盗人への オシオキ だよ〜ん。
「ありが、とう?」
「勘違いすんな。お前は人質だ」
「お前に危害を加えないことを条件に、仕伏にリタイアを促す」
「……ん」
「今までは『隠れ蓑』での奇襲と体格差のゴリ押しでなんとかしてきたがな、仕伏のアイテム数は異常だ。こうでもしないとどうにもならない」
「異常?」
「見てみろ」
宮藤さんは鞄からタブレットを取り出して画面を私に見せた。
「この白昼夢内での地図だ。誰がどこにいるか、そして持っているアイテム数がわかる」
その説明だけで、事態の異常性は把握できた。残っている人数は4人。弼のアイテム数は……19個。
「お前は二つ持ってるな。見せろ」
「いや……私はこの眼鏡だけ……っ」
はっとして吾妻が残したバッグを漁ると、中からU字磁石が出てきた。トリセツはなく、効果はわからない。
「なんだそ——れ?」
「へ?」
まだ、宮藤さんが喋っている途中。
彼女の後ろに突如とした現れた弼が。
胴体と地面と平行に日本刀を振るった。
「……消えちゃえ、盗人」
両断されるなんてことはない。服は斬れているけれど、体に傷はないし血も出ていない。それでも、その光景が、あまりにも、衝撃的、過ぎて。
「ぁ……ぁぁあああぁああああああ!」
じわりと、下半身に熱さが染み渡っていく。……逃げなきゃ。でも……立てない……。
「嘘」
そんな私の姿を見下しながら――
「華夜ちゃんが……あんなにカッコよくて凛々しい華夜ちゃんが……お漏らししちゃったの……?」
――瞳を爛々と輝かせ、弼は歪んだ笑みと荒い呼吸を隠そうともしないまま私を抱きしめた。
「大丈夫。私が守るからね。怖いことなんてなにもないからね。華夜ちゃん」
幼子をあやすように弼は続ける。
「びっくりさせちゃってごめんね。吾妻さんに持たせてた磁石ね、二つで一つのアイテムなの。片方を持っていれば、もう片方がある場所の五メートル圏内に瞬間移動できるんだ。もうしないからね、大丈夫だよ」
背中をぽんぽんと優しく叩きながら、私のソレに濡れることも一切厭わない彼女に、私は――
「華夜ちゃんッ!」
——脱力、しかけたとき。
突然、弼が私を押し倒して覆い被さった。同時に耳を劈く轟音が響き、窓が割れ、床に弾痕が生まれる。
「……なに、次はなんなの……?」
発砲は何度も繰り返され、その度に弼が、何度も呻き声を上げる。
「何が、起きてるの?」
「大丈夫……私が守るから、大丈夫だよ華夜ちゃん……」
ややあってようやく音が止み、弼はフラつきながら私の手を引いた。
「弾切れかな、単なるリロードかな……」
射線から死角になる場所まで移動したあと弼は、眠気覚まし二瓶を一気飲みしたけれど、朦朧とする視線は今にも落ちてしまいそうだ。
「油断、しちゃったなぁ……。華夜ちゃん、平気?」
穴だらけの制服を纏ったまま、息も絶え絶えで、それでも私の心配をしている彼女を見て——
「……弼、ここで待ってて」
——私はようやく、自分の弱さや過ちを、自覚した。
全部……全部、私が逃げたからだ。向き合わなかったからだ。
「寝ちゃダメだよ」
私が持っていた眠気覚まし一本を手渡し、吾妻が残したもう一本と弼の鞄を借りて教室を出た。
弼が自分のことしか考えていなかったなら、語った理想が本心なら、私を庇うメリットなんてどこにもなかった。それなのに彼女の体は動いた。きっと、反射的に。
そんな弼から……これ以上逃げない。逃げてたまるか。私は向き合うんだ。だから、忘れてたまるか。絶対に——負けてたまるか。
×
地図をみれば、私達を襲った國木は屋上からこちらへ向かって来ている。
彼女が所持してるアイテムは二つだけだけど、そりゃあ詰めてくるよね。あんだけビビってた私を見てるんだから。
だけど、今の私は、さっきまでのわたしとは違う。
思い出せ——自分を正義の味方だと信じていた頃を。
「よぉ。さっきぶりだな」
私が鞄から取り出したのは磁石と、日本刀。
「そうだね」
國木の手には例のバタフライナイフだけ。スナイパーライフルはない。弾切れ、かな。
思い出せ――みんなに教わったことを。
宮藤さんには、体格差のゴリ押しは有効ってことを教わった。こっちは元体育会系だ。ゲームに傾倒していた國木とはフィジカル面で絶対に勝ってる。
「ははっ投擲とか! 原始的すぎ!」
まずは磁石一つを放り投げるも、当然のように躱され距離を詰められ、あっという間に切り付けられる。
避けても避けても服の傷は増えるばかり、眠気も、増すばかり。
「なぁなぁ逃げないでくれるのは有り難いけどさぁ、当たりまくってんじゃん! こんなんじゃすぐに決着ついちまうよ!」
バタフライナイフの刃が見えないのは驚異だし、刃先の長さを調整されるのも厄介。だけど法則性がないわけじゃない。
廊下の壁や床、天井には気を使ってる節がある。
起点はあの、カシャカシャ。刃を出す時はカシャカシャが完了した瞬間に刃先の長さが決まり、しまう時はカシャカシャし始めた瞬間に刃が消える。
何度も切られて覚えたこの感覚を、無駄にしない。
「そうだね。もうつくよ、決着」
「まだ残ってたのか。まぁでもラスイチとかそこらだろ?」
眼の前の好敵手が教えてくれた『真剣勝負こそ最高のエンタメ』を今、身を持って実感している。アドレナリンが溢れて溺れそうだ。
「おいおい、この
刀を構えたまま磁石を握りしめ背を向けて走り、半径五メートル圏外に出たと同時に、國木の背後へ瞬間移動。
「っ」
この夢の中の世界では、痛みでは止まらないし――
「あー、テレポートで背後取ったってか?」
――やっぱり國木は、恐怖でも怯まないし萎縮しないし止まらない。
だけど――人間には抗えない機能がある。それを教えてくれたのは――弼。
「ッ!」
私が刀を振り下ろす直前、余裕の表情でバタフライナイフを展開する國木の顔へ——
——口に含んでいた眠気覚ましを、渾身の力で吹き掛けた。
「飲み込んで……なかったのか」
バレないために含んでいた量は少なかったけれど、水滴が高速で眼球に迫れば反射的に瞼が閉じられる。
その隙に、服も筋肉も骨も関係なく、雑に、ただ刀を振るい続けた。彼女が目を瞑り、消滅するまで。
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