第三話・親友との サイカイ だよ〜ん。

「吾妻!」

「うわお。華夜に抱きしめられちゃうとか良い夢見てるわ〜。ねぇ、仕伏さんがすごい剣幕で華夜のこと探してたけど……大丈夫そ?」

ひつが?」

 その名前を聞いた瞬間フラッシュバックする、私ばかりの心象風景。

「なんか問題な感じ?」

「……ちょっと」

 まだ彼女にどう向き合えばいいのか、わからない。

「おっけ。しばらくは二人でいよっか」

「うんっ」

 良かった。吾妻が友達で、吾妻がいてくれて本当に良かった。吾妻が――

「吾妻さん、見つけたらすぐに教えてって言ったよね?」

 ――突如、吾妻の首に、黒光りする滑らかな縄が絡まる。

「なんで、距離……かなりあったのに……」

「どうでもいいでしょ」

「やめて、弼!」

 吾妻に苦しんでいる様子はない、けれどその瞼が落ちていくことから、窒息の苦しみは急速な眠気へと変換されているのだとわかる。

「……」

 解放された吾妻は一瞬地面に膝をつきつつも、すぐに顔を上げて私を強い瞳で見た。

『い・く・よ』

 口元がそう動いて、最高速度で駆け出し、彼女が私を抱きかかえる姿勢をとった、その時——

「……」

 ――鳴り響いた発砲音。吾妻は白目を剥いたまま薄れて消滅し、彼女の鞄だけが慣性に乗って私の胸へ飛び込んできた。

「あず、ま……?」

「危なかったね華夜ちゃん。この人嘘吐きだったから、きっと良くないことを企んでたよ」

 無力感と孤独感に、涙が込み上がってきた。それでも、瞑るのは、片目だけ。

「……弼……今まで何人リタイアさせてきたの?」

「この銃持ってた子と吾妻さんだけだよ?」

 顔を上げた私の片目に映し出されたのは——

「ふーん……じゃあアンタも何か企んでるってわけ? この嘘吐き!」

 ――二人だけになった体育館で煮谷さんを絞めて消滅させたあと、拾った拳銃で何人も……何人も消していた光景。

「やっぱりそのメガネ……特別な仕様なんだね、華夜ちゃんも嘘吐きだぁ。うふふ、お揃いだね!」


×


 中学三年生の時、弼と二人で回った夏祭り。縁日をひとしきり堪能して、花火を見終わって、幸せな気持ちに満ちた帰路で、私は何気なく弼に聞いた。

「弼ってモテるのになんで彼氏作んないの? あっ、もしかして好きな人いるとか!?」

 単なる世間話のつもり。けれど弼は足を止めて、私の瞳を見据えると――

「いるよ、好きな人」

 ――蝉時雨に負けないようにハッキリと声に出して言った。

「華夜ちゃんのことが、好き」

「……」

 その、よどみない視線にたじろいだ私は――

「あ、あはは。そういうのじゃなくってさぁ〜恋愛的なアレで〜」

 ——気づかない、フリをした。

「……うん、そっか。そうだよね」

 それからはなんとなく、本当に無意識のうちに、吾妻や他の人と遊ぶ時間が増えていった。

 けれど、今ならわかる。私は——逃げたんだ。自分に向けられた本気の、強い感情と向き合うのが怖くて——弼から逃げ出したんだ。


×


「過去が見えるの? それとも心の中? これはもうバレちゃったかなぁ、華夜ちゃんへの気持ち。……いや、華夜ちゃんは知ってたよね、そんな眼鏡がなくたって」

 弼は、この世界で、完全に吹っ切れているらしい。そうじゃないとあんな行動、躊躇なくできない。

「華夜ちゃんが怒ってくれるのは、本当の感情をぶつけてくれるのは嬉しいけど、喧嘩は嫌。ほら、ね、仲直り」

 言って、笑顔で右手を差し出した弼。この状況で握手をしようとする彼女に怒り混じりの困惑が湧いてきたけれど、抑える。

「こんなに沢山の人を攻撃して……白昼夢を手に入れて、弼はなにがしたいの?」

「そんなの決まってるでしょう? 華夜ちゃんと二人だけの世界を創って、そこでずっと生きるの」

「……は? そんなの……つまんないよ。それに私は、いろんな人と出会って、影響されて出来た私だよ。そんな私を好きになってくれたんじゃないの? 二人だけの世界じゃ私なんてきっと「たぶん」

 初めて、弼に言葉を遮られた。この世界でじゃない。弼と一緒にいて、初めて。

「たぶん、華夜ちゃんの言ってることは正論なんだろうね。だからかな、何にも響かないの。華夜ちゃんのことは大好きなのに……それ以上に、正論って大嫌い」

 無理して作っているのか、硬くてアンバランスな笑みで弼の口角が歪む。

「正義とか、倫理とか、誰かが得するために考えた基準でしょう?」

「……私も消すの?」

「私が? 華夜ちゃんを? あり得ない。みんなにリタイアしてもらって、華夜ちゃんが寝るのを見守ったら、私はこの白昼夢の世界で華夜ちゃんと二人だけで生き続けるの。現実世界でどうあがいても叶わないなら……それが一番いい」

 ホメオスタシスに従って、再び虚ろな表情に戻る弼。

「とにかく、今は仲直りしよ、ね」

 再び伸ばされた手を握ろうか逡巡して、ややあって、伸ばし返した時――

「「え?」」

 ――突然現れた影が私の両肩を掴み、弼と引き剥がす。

「華夜ちゃん!」

 私を片腕で抱えたまま、彼女——宮藤くどうさん——は小さなチップのようなものを宙に投げて指パッチンを鳴らした。すると薄い半透明の膜が広がり、私達と弼を遮る。

「なに……これ、華夜ちゃん! 華夜ちゃん!!」

 弼はこれまでに奪ってきたであろうあらゆるアイテムや自身を使い、その膜を破壊しようとするもヒビすら入らない。

「無駄だ、そのバリアは全てを遮断する。この教室で待っている。こいつに危害を加えられたくなければ頭を冷やしてから来い」

 宮藤さんが指定した教室は目と鼻の先にある。けれど、バリアを迂回するにはかなり距離があるし時間も掛かるだろう。

「ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな! 私の華夜ちゃんに触るなぁ!!」

 錯乱状態でバリアを攻撃し続ける弼を無視して、私を抱きかかえたまま教室に入る宮藤さん。

 振り返った時、彼女の血走った瞳は宮藤さんを捉えていて、吐息混じりに零れたその言葉は、怨嗟と決意が滲み出ていた。

「……ろしてやる」

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