第二話・逃避行の ハジマリ だよ〜ん。

「お前の父ちゃんろくでなし〜お前の母ちゃん人殺し〜!」

 蝉がうるさい季節だった。炎天下の公園で男子に囲まれ、押され、転ばされ、蹴り上げた土をかけられているひつがいる。

「やめろ!」

 そしてその集団へ駆け寄り、リーダー格にドロップキックを決めたバカな少女が、一人。

 まぁ、私だ。この頃の私は、父親の影響で不良映画ばかり観ていて、とにかく正義と悪に飢えていた。

「うわ、デカ女だ逃げろ!」

 小学生当時、私の身長はクラスメイトより頭一個二個抜きん出ていて、男子相手でもなんなく喧嘩に興じていた。

「どう、して?」

 男子達を追っ払ったあと、二人残された公園で私を見上げるひつの瞳は、疑心と脅えに滲んで今にも泣き出しそうだ。

「んー……」

 考えなしに動いていた私はしばらく逡巡した後、ふと浮かんだ理由を何気なく口にした。

「弼ちゃんと友達になりたかったから」

「っ」

 瞬間、弼の涙腺は決壊し、何をされても言われても無表情だった彼女が見せるその姿に私は大いに戸惑い、混乱しきって——

「ぁ……」

 ——なぜか、弼を抱きしめていた。それから何を話したか覚えていないけれど、私達は親友と呼ぶにふさわしい仲になった。中学生最後の、あの夏祭りが訪れるまでは。


×


「私のはハズレアイテムだったよ。単なる眼鏡」

 人の心を覗く行為に強い背徳感を覚え、そう誤魔化した。

「なんだか攻撃的なものを持っている人もいるけれど」

 私と吾妻と弼の会話が盛り上がる前に、教師のように声を上げて自身に注目を集め神林さんは続ける。

「戦い合うなんて馬鹿らしいわよ。我慢比べだと思えばいいわ。眠ってしまったら脱落、それまでお喋りでもしていましょう?」

 聞いたクラスメイト全員が、それが最善なのか考えあぐね、不快な沈黙が生まれると同時に別の子が声を上げた。

「こんな時でも優等生か」

 煮谷にえたにさんはボサボサの髪と深いクマが特徴な子で遅刻も多い。日直の仕事で何度か話したことがあるけれど、ボソボソと話すせいで聞き取りづらい印象が残っている。

「お前、私が援交したのチクったろ」

 そして言いながら、煮谷さんは、神林さんの眉間へと――

「これ……なに……?」

「見てわかれよ優等生。無反動で打てるんだとよ」

 ――見まごうことない拳銃を、あてがった。

「……わ、私、は……」

「私がアンタらみたいにブランド品持ってるか? 友達と散財してるように見えるか!? やりたくてやってるわけねぇだろ! 私がやらなかったら美咲が……」

 片目を瞑って見ると、煮谷さんの周囲には重い光景ばかりが浮かびあがる。最も印象的なのは、泥酔しているのか顔を真っ赤にして暴力を振るう男と、その足元で這いつくばっている煮谷さん、そして彼女が庇っている誰か。

「つうか私が援交やったらアンタにどんな害があるわけ? なんにもないだろうが!」

 極限まで高まった内圧は、沸点をトリガーに爆発。岡島が手を叩いたときなんて比較にならない程の破裂音が響き渡り、神林さんは光の粉となって霧散していった。

 ——にげ、なきゃ。

 誰のものともわからない悲鳴が続き、一瞬のうちにパニックに包まれた体育館。

 足元に転がってきた神林さんの鍵を反射的に拾い上げ、一斉に走り出したみんなと混ざり合い外を目指した。

「華夜ちゃん!」

 どこかから、確実に届いた弼の声は、聞こえなかったフリをして。


×


 煮谷さんに触発されたのか、体育館から出ても戦いは次々と巻き起こった。

 刃が見えず、さらにリーチを変えられるバタフライナイフ。

 なんでも斬ることができる刀。

 絶対に弾道が変わらないスナイパーライフル。

 さまざまなトンデモアイテムがぶつかり合い、特にゲーマーの國木くにきと演劇部の倉崎くらさきさんが校内で暴れ回っている中——私は、

「……」

 神林さんの残した鍵を活用して自分の教室に隠れていた。

「夢だよねこれ、なんでこんな怖い夢みてんの私……」

 教卓の内側に潜り込み、膝を抱きかかえて体育座りのまま息を潜める。

「あっ開いてる」

「っ」

「この教室以外全部閉まってたのにぃ、ここだけが開いてたらバレバレじゃん?」

 その声は、すぐ前に聞いた倉崎さんのものだった。彼女は確か、なんでも斬れる刀を所持していたはず……。

「お喋りしようよぉ。どうせここかー」

 金属音と木材が倒れる音。たぶん、掃除用具箱が斬られた。そして倉崎さんの、足音が次に向かう先は――

「ここにいるんだし」

「ひぃっ!」

 教卓の鉄板を貫通して、目の前を白銀の刃が横切る。

「あは、出てきた出てきた」

 反射的に転げ回る私を見据え、片手で腹を抱えて笑う倉崎さん。

 慌てて廊下に飛び出すと――

「今度は鬼ごっこ? いいよ〜」

 ――マシンガンのような足音を鳴らして——

「華夜!」

 ——猛スピードの吾妻がこちらへ駆け寄ってくる。

「しゃがめ!!」

「っ」

 言われたとおりにしゃがんだ私を、勢いに乗った吾妻は悠々と飛び越え――「はぇ?」廊下に出てきた瞬間の倉敷さんへと飛び蹴りをかました。

「はっ……あ……あぁ……」

 吹っ飛んで横たわった倉敷さんは、朦朧としたままバッグをあさり、眠気覚ましの入った小瓶を取り出すも――

「悪いね、華夜を襲ったやつは許せない」

 近づいた吾妻がソレを没収し、彼女は静かに瞳を閉じて、光の粉となって霧散した。

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