白昼夢の逃避行〜耽溺と悲恋、あるいは友愛と悲願〜

燈外町 猶

第一話・遣り得の タタカイ だよ〜ん。


 冷たい弾丸は、きっと今でも彼女を貫き続けている。


×


 明日から始まる夏休み。その直前の儀式として行われている終業式は酷く退屈で、とんでもなく、眠たくて。

「おはようございまーす」

 確かに、まばたきよりは長い時間、瞳を閉じていたかもしれない。

 それでも一秒にも満たないはず。だのにこんな——校長が訥々とつとつと喋っていた壇上にはクラスで最も目立たない岡島が腰を下ろして踏ん反り返っており、全校生徒が集まっていたはずの体育館に私達2年B組しか存在しない——状況へ移り変わっていることから、今現在、夢を見ていることを確信した。

 体は、動かせる。思考もできてる。明晰夢ってやつか?

 辺りを見渡すと、クラスメイト達も同じように周囲を窺っていた。

「ここは白昼夢。私にとってはなんだって思い通りな世界。あなたたちにとっては、り得バトルが行える舞台だよ〜ん」

 ……変な夢。現実と岡島のキャラが違いすぎる。

「まずはお足元をご覧くださ〜い」

 言われて視線を落とせば、傍になんの変哲もないスクールバックが置かれている。

「それにはなんでも、いくらでも入るよ〜ん。チャック開けて〜希望のモノを想起すればそれを出し入れできる優れ物〜」

 意味不明なことを言われながらも、違和を叫ぶものはいない。みんな呆気に取られているのだろう。

「その中には既に、夢の中ならではのアイテムがランダムで一つ入ってま〜。クラスメイト三十人分でダブりはなし。いやぁ考えるの大変だった!」

 ……凝ってる夢だなぁ。

「目的は何?」

 ここにきて初めて、岡島以外の存在が声を上げた。

 神林かんばやしさんだ。親が金持ちで、真面目で、頭が良くて、仕切りたがり屋で……言ってしまえば苦手なタイプ。だけど岡島とは違って、現実と遜色ないことに安心した。

「後継者探し、かな。最後まで残っていた人には、この夢の管理権限をプレゼント。文字通り思いのままの世界が手に入るよ〜ん」

「最後まで残ったらってことは、脱落するような要素があるのかしら。それにそんな世界を手放して後継者を探す理由は?」

 すごいな神林さん、荒唐無稽な話の中からピンポイントで重要事項聞き出してる。

「この世界で寝てしまったら現実に帰ることになるから脱落だよ〜ん。後継者探しの理由は『限界がきたから』とだけ言っておくよ〜ん」

 限界っていうことは、管理者もなんかしらの代償を払うんだろうか。

「注意してね〜この世界では通常の睡眠欲のほかに、あらゆる事が眠気に変換される。傷や痛み、苦しみ、疲労とか。まぁ脱落するって言っても目が覚めるだけなんで! ここでの記憶も最後まで残った人以外なかったことになるし〜」

「……」

「他に質問ないなら……あっ、アイテムの他に小瓶もバッグに入ってるけど、それは眠気覚ましだよ~ん。この世界での回復薬的なやつ。じゃ、開始〜!」

 パン、と。岡島は手をたたき、鋭い音が体育館中に反響するも動き出す者はいない。

「……みんな」

 と、思いきや。司会進行の立場に成り代わったらしい神林さんは——

「ふ、不思議な夢ね!」

 ――沈黙を払拭させるために、極めて明るく言ってみせた。

「まずはどうかしら、配られたアイテムを確認してみない? 私は、これ。なになに『どんなロックでも開けられる鍵だよ〜ん』、ですって」

 彼女の行動は些かの安心感を生んだのかそれとも同調圧力か、みんなも動き出し、私も遅れないよう続く。

 鞄の中には、普通の黒縁眼鏡が入っていた。

 輪ゴムで括り付けられた名刺サイズの紙にはトリセツと書かれており、さらに『心の中が見える眼鏡だよ〜ん』『この眼鏡をかけて片目を瞑って片目で対象を見れば、心の中が見えちゃうよ〜ん』との記載がある。

華夜かよ〜」

吾妻あずま

 私の名前を呼びながら駆け寄ってきたのは吾妻あずま紫穂しほ。このクラスで最も仲のいい友達だ。

「見てみて、『とんでもない速度で走れるスニーカーだよ〜ん』だって。どんくらい早いんだろうね」

 吾妻も現実と遜色ない快活な笑みを浮かべていて、ざわついていた心が少し、落ち着く。

「華夜は? どんなとんでもアイテムだった?」

「えっとね」

 トリセツに従って片目を瞑って吾妻を見てみると、彼女の周囲に画用紙サイズの一枚絵がポツリポツリと浮かび上がる。

 それはいわゆる心象風景と呼べるものらしく、様々なシーンが浮かんでは消えていく。中には私との仲が深まった球技大会の光景もあり、嬉しいようなむず痒いような。

「華夜?」

「あぁ、私は——」

 促されて、その詳細を語ろうとした時、

「——華夜ちゃん」

 細く、か弱く、されど明確な意志を持ったその声に振り返ると。そこにはかつての親友がいた。

「——ひつ

 片目を閉じたままだった私は、彼女から滲み出たシーンの数々に、鳥肌が立つ。

 そのどれもに、私がいたから。

 中でも二つのシーンはいつまで経っても消えない。

 一つは、幼い私が幼い弼を抱き締めているもの。そしてもう一つは――私と彼女の距離が決定的に生まれた——あの夏祭りの景色。

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