第1章 赤の項
第1話 初めての編入
春先の編入日は清々しいほどの晴天だった。
雲一つ無い晴天、多くの人はこの天気を喜ぶだろう。
校舎の正門の前に立つ黒い制服を着た一人の少年。
そんな俺の心の中には土砂降りの雨模様だった。
……行きたくない。
そんな思いが重いため息に変わる。引き籠りにとって眩しい日差し、そしてそびえる校舎は青春を謳歌する若者たちの活気で朝から賑わっていた。
再び重いため息をつく。
「……ねぇ、あの人が噂の編入生?」
草木の掠れる音と共に聞こえてきた、俺と似た制服を着た女子生徒達の話し声に思わず、びくりと反応してしまう。
「あの噂って本当なの?」
「本当みたいだよ、理事長が直々にスカウトしに行ったとか……」
「えっ、ほんとに?!」
女子生徒の噂話が怖いと思ってしまう。噂が噂を呼び、誤解をどんどん招く。
それに耐えきれなくなった俺は足早に職員室へと向かった。
職員室の扉をノックする。
木製のドアを叩いく乾いた音が廊下に響く。
「失礼します。ローウェン・グライト入ります」
名前を名乗り扉をゆっくり開ける。
職員室に入った瞬間、十数人の教員たちの視線がこちらに向き、場所によっては内緒話を始める。生徒だけでなく職員も先程と同じような反応をする。
……あぁ、帰りたい。
心の底から湧き上がる感情。いつもはため息をつきたくなるが、ぐっとこらえて引きつった笑顔の状態をキープする。
誰かこの空気を変えてほしい。
しばらくすると、俺の気持ちを汲み取ってくれる人が現れた。
「ローウェン君!」
俺の名前を呼んだ若い女教師は短な薄いピンク髪の女性。小さな背丈に合わない量の書類を持ちこちらに駆け寄ってくる。クラスの担任であろうか?この空気を打開してくれるその姿は、可愛らしい天使のように見えた。
しかし、そんなに物を持ったまま走ると……。
「きゃっ!」
全員の注目がさらに強くなる。木製の床のわずかな段差に足を取られた先生は、前のめりに倒れ込み、持っていた書類は花吹雪のように宙に舞う。
前言撤回、注目を集める悪い天使だ。
慌てながら床に落ちた書類を拾う先生を手伝う。初日からあんまり目立ちたくない思いがあった為、手伝いざるを得なかった。落ちていた書類を拾い集め終わり、職員室から二人揃って出ようとする。先生がこのまま書類を持ったまま歩くと危険な気がしたので説得して俺が持つようにした。
「自己紹介が遅れてごめんね。私はFクラスの担任で魔法生物学を教えているフレイア・コゼットです。気軽にフレイア先生って呼んでね」
「ローウェン・グライトです。よろしくお願いします」
「編入って緊張すると思うけど、不安にならないでね!」
そう言って胸元でガッツポーズをするフレイア先生。
数分前の先生のハプニングで不安になります……。
とは口が裂けても言えなかった。
先生と共に廊下の端にある教室にたどり着いた。俺が持っていた書類を受け取り、器用に教室のドアを開ける。
「合図をしたら教室に入ってきて自己紹介をしてね」
とだけ言い廊下に待たせられる。
緊張と不安で心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
しばらくすると、
「それでは転校生の登場です!」
という少し大きな先生の声が聞こえる。
その声の合図の後に教室のドアを開け教室の前方、先生のいる教卓の付近まで歩き出す。教室内の約三十人くらいの生徒の視線がこちらに向いている。
平常心・平常心・平常心……。
心の中で何度も呟きながらなんとか目的の場所までたどり着く。正面を向くと全員の視線と目が合った。
あぁ、帰りたい。
そんな気持ちを表情には出さないように頑張った。
「それでは自己紹介をお願いね」
先生の前振りに続いて自己紹介を始める。
「えっと、ローウェン・グライトです。好きなことは魔法研究です。よろしくお願いします」
俺は深く一礼する。生徒の間で、騒めきが起こる。
”グライトってあの魔導書で有名な?”
そんな言葉が飛び交う。
先生が静かにする呼びかけ、自分は指示された席に向かい歩き始める。
指示された席は窓際の一番後ろにあった。
席に着き鞄を置こうとすると右隣の席から視線を感じる。ふとその視線の先を見るとそっぽを向く一人の女子生徒がいた。長い赤色の髪の持つ女子生徒に挨拶をするが返事が返ってくることは無かった。母親と似た雰囲気を持つ彼女。これは何を言っても無視される流れだと察し、
……まぁ、いいか。
俺は黙って席に着く。
「かわいそう、あの女の隣なんて……」
そんな声がどこからか聞こえ、辺りを見渡すが誰が言ったのか知ることはできなかった。
……。
これから始まる学院生活に暗雲が立ち込めた気がした。
生徒たちは授業に対して真面目に向き合っていた。先生の話を聞き、わからないことは素直に質問する。そんな授業の間、隣の彼女はこちらを睨みつけては目を逸らすを繰り返していた。こちらからしてみれば気になってしょうがなかった。
長い授業が終わり、休憩になると生徒達が俺の座っている席の周りに押し寄せる。それを見た隣の彼女は席を外し、話しかけるタイミングを失ってしまった。
「ねぇねぇ、ローウェン君ってあの魔導書ブランドの関係者?!」
俺の机の上に乗り出すように女性生徒が興味津々に聞いてきた。周りの人とその勢いに圧倒されてしまう。戸惑ってしまった俺に気が付き、その女子生徒は落ち着きを取り戻す。
「ごめん、自己紹介がまだだったよね。私はサシャ・コゼット、気軽にサシャって呼んでね」
……コゼット?
確か担任の先生はフレイヤ・コゼットと名乗っていたことを思い出し、
「俺もローでいいよ。コゼットってもしかしてフレイア先生の……」
「担任のフレイヤ・コゼットは私のお姉ちゃん。編入生の君の事を全然教えてくれなくてさ~」
姉と同じ髪色で長い髪をして少し大人びた雰囲気をしていた為、サシャさんの方が姉と言われても信じてしまうかもしれない。
「えっと、魔導書のブランドの関係者っていうのは事実。母親と俺がそれぞれ作ってるから、魔導技師本人って言われても同じなんだけど……」
教室がどよめく。
――魔導技師。魔道具と呼ばれる魔法を簡単に発動できるようにした物を作る職人の事。《魔剣》《魔導書》《魔導杖》《魔法ペン》《箒》《魔導窯》の六種類の魔道具が存在し、魔導技師になるには多くの専門知識と経験が必要になるためその人数は多くない。
「えっ、本物?やっば、超テンション上がるんだけど!」
様々な声が飛び交い、どうやってこの騒ぎを治めようか悩み始める。次第には私に魔導書を作ってよ!などと言う生徒も現れ、事態が混乱して収拾がつかなくなっていた。
「……邪魔」
その一言で周囲の生徒は一瞬で静かになる。
言葉を放ったのは右隣の席の彼女だった。いつの間にか戻ってきた彼女の鋭い視線はみんなを集まっていた生徒達を自分の席に戻らせる。周りに対する圧が母親とそっくりで自分も少し怖いと思った。
「私、貴方みたいな人嫌い」
「……ごめん」
彼女は席に着く。迷惑をかけてしまった謝罪の言葉は、聞き入れてはもらえなかった。
その日の授業は坦々と進んでいった。魔法生物学や魔法座学、退屈させない授業内容でこの学院の生徒全体の学欲が高まりその結果、魔法使いとして優秀な人材が出来上がる。
そんな中、大事なことは濁していた。魔道具の存在によって魔力が少ない者でもある程度活躍できる。しかし、最終的には魔力を多く持つ者が上に立ち、下の者は魔道具を使う者と認識されることになってしまっている。
だからこそ俺が頂点に立ち、この世の常識を変える。魔力が少なく、魔道具の存在に頼ってでも最強を名乗れることを証明する。それが魔導技師としてできる俺の役目だと感じていた。
結局、隣の彼女と話すことは無く、真面目で平凡な初日の授業は終わりを迎えた。
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