第2話 移動

数日後


 荷物をまとめる。といっても大した量ではない。荷物は中型ドローンで運ぶ事になっている。空箱となっていく部屋はどこか寂しげな空気をまとっている。ダンボールに詰められた荷物をアンドロイドが運んでゆく。


「ありがとうございました」


 見送りに来てくれた大家さんに挨拶を述べる。大柄な男性は無言で頷いた。


 一人階段を降りる。


 2000年代、車は将来的に無くなるとある小説家は語った。

 

 しかし飛行技術は発展するも安全性の問題とイカレた地上乗用車至上主義エンジリズムが飛行車両を否定する動きによりパラダイムシフトは起こらなかった。


 現在、交通手段は自動交通車タクシーが主流となっている。そして中流階級以上になりようやく車を買えるという歪な社会になっている。


 高度100メートルは飛行車両専用となっており、極小数の富裕層が独占している。


 黒いSUVが地下の駐車場に止まっている。洗練された暴力的なデザインと真逆の静音性は高い評価を受けている。


 これは退職金を使って買った「ベトソンPHANTOM」だ。日本製無駄に馬力がある水素エンジンのV8ターボチャージャーは最高品質言い換えれば時代遅れ。グリップが効くため繊細な走りが出来る一品だ。頑丈な車体は外部の攻撃を弾く。


 何故こんな法執行機関が乗るような車を何故買ったのか。田舎に行くまでは治安が非常に悪い。暴走し野生化したアンドロイドやドローンから身を守るのにはこのくらい頑丈なやつが最適だからだ。


 まぁぶっちゃけると、一目惚れしてしまった


 マットブラックの車体に頬擦りする。



 運転席に乗り込む。車内のライトが付き気分が上がる。



「これからよろしく頼むよ」


 そう呟きながらエンジンを掛ける。静かな起動音。アクセルを踏み込み加速する。


 見慣れた景色が少しずつ遠ざかる。



「そろそろ自動運転で大丈夫そうだな」


 目的地は既に設定してある。ハンドルから手を離す。


 目を瞑り、vuの中に移動する。


 ──目を覚ます


 狂騒の中に降り立つ。インターフェースを開きブックマークからいつもの喫茶に移動する。


「いらっしゃいませ……ってロイさんじゃないですか。今日出発では?」

「どうも。今車から繋げてるんですよ」

「なるほど、ではいつもので?」


 ロイは頷く。ウイスキーが出される。軽く口につける。


 電脳世界vuではお酒や食べ物を食べると満足感を得る事が出来る。お酒の場合は特殊で酔う事も出来る。これは電脳酔いと呼ばれている。脳が錯覚して酔っているような感覚に陥るのだ。


 ここvuは大規模メタバースと呼ばれるものであり、様々な情報がやり取りされている。高校生の明日の遊ぶ予定から軍の機密情報まで幅広く扱われている。


 この一つのプラットフォームがインターネットを独占しているのには訳がある。


 それはvuの異常性だ。このプラットフォームは250年前に作られている。

 

 しかもアップデートが今までに行われた形跡がないのだ。最初は個人のサイトから生み出されたワールドとされているがコードの言語も不明、サーバーにハッキングするのも不可能なのだ。


 アップデートもせずに通信速度にほとんどラグがなく、超容量のデータもコンマゼロ秒で行われる(これはあくまで理論値でありハードの読み取りに最適な速度で受信される)。過去に何人か有名なハッカーが言語の解読に成功したらしいが発狂したという伝説がある。


 サーバーへの直接攻撃は禁止であると暗黙の了解になっているのだ。


「旅に出て最初の一杯は格別です」


 マスターが同意するように頷く。グラスに残ったウイスキーを飲み干す。喉が焼けるような刺激が走る。この瞬間がたまらん。



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