【短編版】サイバーパンクの田舎で”町おこし”しようと思う。
ウミウシは良いぞ
第1話 転機
落ち着いた雰囲気のバーのカウンター。心地のよいジャズが流れ、周囲には統一感のないアバターがお酒を楽しんでいる。ここは電脳世界vu(virtual universe)のとある喫茶点。知る人ぞ知る名店。カウンターで細身の男が突っ伏しながら店員に絡みながら酒を飲んでいる。
「はあ...マスターお代わり」
「これで10杯目ですよ。身体に害はないとは言え電脳酔いは控えてくださいよ」
「それは仕方ないだろ。今日、俺、会社クビになったんだし」
マスターと呼ばれた老紳士は、グラスを拭く手を休め、やれやれといった様子で度数の高い酒を慣れた手つきで注ぐ。
ウイスキーをボトルからグラスに注ぐトトトトッという音。カラン、と音を立てる氷。熟成樽の木の香りとウイスキーそのものの持つスモーキーフレーバー。
会話は進む。
「俺はそこそこ優秀な研究者だったんだぞ」
「現実の話は控えた方がいいのでは?」
細見の男は顔を動かさず目だけで周囲を確認する。
「いいんだ。誰も気にしちゃいないよ」
「今日はいつものメンバーもログインして無いですしね」
滑らかなシロップの甘みと豊かなスパイス、そしてピートの風味が絶妙なバランス。氷だけになったグラスを置く。
アバターを殆ど現実のままの姿にしている細見の男の名は狭間ロイ、今日のお昼にリストラを告げられ電脳世界vuで愚痴を溢している。
ロイの職場は四井重工・
しかし、ここは2303年。
平気で人権を無視する時代。超資本主義という金と暴力が全てのような潮流。大企業はどこも裏で兵器を平気で売りさばく。四井重工も漏れずに兵器を開発している。社員の生体改造に目を瞑ればまだホワイトになるのだから、イカレてる。
だが何故、ロイがリストラされたのか。
先日、新入社員(四井重工の社長の親族)が入ってきたのだ。これがまた無能で研究のサンプルをパァにし、無断欠勤しまくり、おまけに傲慢と来た。
ロイは今年で23歳、若いが大人の一人である。長い物には巻かれろ。触らぬ神に祟りなし。もちろんそんなことは知っている。しかし余りにも度が過ぎていた。既に彼の同僚はロイに新入社員の世話を押し付けて逃げてしまっていた。
「あの…非常に言いにくいのですがもう少し。ほんの少しばかり態度を改善してほしいんですが」
それが傲慢な新入社員の気に触れ、激怒。人事部に圧力を掛けて無理やりリストラにした。
理不尽極まりないリストラ、ロイは上司に掛け合ったが手の施しようがないと言われる。しかしタダで転ばないのがこの男。ゴネにゴネ、最終的にかなりの退職金を吹っかけて退職。機密保持の為にその場で殺されてもおかしくなかったが、意外なことに殺されなかった
しかし、気に入っていた職場から離れるのはかなりのストレス。コネが無いので再就職は難しいか。ロイはそれを悟り、こうして電脳世界でマスターに泣きついているのだ。
「そうだ。いいアイデアがある、というより直接お仕事のお願いがあるんですが」
マスターはカウンターの内側を少しばかり漁り、一枚の紙(といっても電子上なのでテクスチャだけだが)を取り出す。
「これ、リアルの友人が作ったものなんですけど一向に応募が来ないので私の方で適任者を探してくれとお願いされていまして…」
「なになに。え〜『キメラ農家募集。町おこしをする手伝いをしてください』」
「場所がドが付くほどの田舎なのが問題なんですけど住みやすい所ですよ。ロイさんは生命科学の研究者で確かキメラ制作もできるとか」
「まあ本職は少し違うんですけどね」
ロイは古臭いフォントで書かれた紙を手に取る。国の中央都市で働いてたが現在無職、身寄りもなく、お金にも余裕があるがいつかは底が尽きる。
正直に言ってしまえば都会の喧騒にはウンザリだ。治安も悪いし、電子ドラッグも流行っている。おまけに大企業が下町を支配し、力のない人間はただ搾取される。どうせなら田舎暮らしもいいかもしれない。
「ロイさん、ぜひ私達の町で生活しませんか」
田舎、キメラ牧場、スローライフ。
「わかりました。この仕事、引き受けましょう」
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BBS喫茶/Bar「黒の輪」
「チャットからお酒まで」をモットーに経営している喫茶店。
一見さんお断りの隠れ家的な店。世間話からネットの深いところまで情報が集まっている。この店のマスターは現実で趣味で喫茶店を経営している。
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