第45話 センリ:天使(2)


 まだ一番厄介なのが残っているらしい。

 破壊された『白銀』から光の粒子が集まっているようだ。


(あれが情報だろうか?)


「それにしても、本当に〈魔力〉が回復するとはな……」


 とガルシーア。作戦にはしたがっていたが、半信半疑だったようだ。

 それはそうだろう。


 音楽で〈魔力〉が回復するなど、聞いたことがないのだから。


「〈魔力〉は循環する……」


 それを個人ではなく、集団で試しただけだ――と俺は語る。

 ソフィアたちが向った場所からは、巨大な桜の木が生えていた。


 あの黒い筒の中身は桜の苗だ。

 恐らく、皇女殿下たちが品種改良したのだろう。


 それをソフィアたちの〈魔力〉で急速に成長させた。

 また、あの場所はより多くの〈魔力〉がまっていた場所でもある。


 あっという間に『お化け桜』の誕生だ。

 獣人族は皇女殿下をしたい、皇女殿下は桜の花が好きだった。


 アカリの集落を訪れた際も、桜の木が多く植えてあった。

 食べられもしない植物を育てるとは、不思議な話である。


 しかし、答えは簡単だ。季節や花を楽しむ文化を皇女殿下が伝えたのだろう。

 アカリ母も庭の景観を楽しむ余裕を持ち合わせていた。


 であるのなら、満開の桜の花を見れば故郷の桜を思い出すのではないか?

 俺はそう考えた。加えて、そこに音楽だ。


 視覚と聴覚で人々の心をつなぎ、循環させることで、より多くの〈魔力〉を作り出す。この桜の花弁はなびらが俺たちに必要な〈魔力〉を運んでくれた。


 それはガルシーアやトウマたちに渡している〈魔法杖〉にも同様に作用する。

 こうして今、『白銀』を倒す舞台が整ったのだ。


 そうそう使える手ではないが、初見ではかなりの効果があったらしい。

 ただ『天使』とやらは理解できていないのだろう。


 それでも、この場で最強の存在がなにかだけは理解したらしい。

 残された最後の一機、それは人間の形を取った。


(形状だけを似せても、人にはなれないぜ……)


「ザファルっ!」


 俺はそう叫ぶと〈魔法杖〉を刀へと変え、彼の大剣に飛び乗った。


「おうよっ!」


 ザファルは呼応する同時に、大剣を振る。

 発射台カタパルト代わりだ。俺は人型の『白銀』目掛け、空を舞った。


 偽りの空、偽りの『天使』――漆黒の刃がそれらを斬り裂く。

 俺は素早く姿勢を整えると風の〈魔法〉で空中に足場を作り、体勢を整える。


「答えろ! お前たちの目的はなんだ!」


 俺は声を上げたが、相手に答える気はないようだ。

 いや、言葉など通じないのかもしれない。


 元々、対話をする気さえ、なかった連中だ。

 言葉ではない――別のなにか――が必要なのだろう。


「ちっ、無駄だったか……」


 そんな俺の言葉に反応したワケではないだろうが『天使』は方向転換をする。

 情報を持って帰るのが奴らの目的だ。逃げる気だろう。


 当然、俺はそれを読んでいた。

 しかし――四肢を斬り落とした――というのに素早い動きをする。


 こちらが『空中での動きに対応できない』というのもあるが、あっという間に距離を取られてしまう。


 奴は静止すると『白銀』に輝き、異空間への扉を開いた。最初に現れた時とは違い、随分ずいぶんと小さいが、そこへ飛び込もうというのだろう。


(だが、そうはさせない!)


 氷の塊となった〈魔導兵器〉が現れ『天使』に体当りをする。

 同時に異空間への扉をふさぐ。ジゼルだ――


(〈魔法杖〉による遠隔操作とはいえ、無茶をする……)


 彼女の目には『白銀』が出入りする異空間への扉が見えているらしい。

 機械が同化されないように、トウマの氷の〈魔法〉で覆っているのだろう。


 一方で逃げ場を失った『天使』。

 次に警戒しなければいけないのは俺からの攻撃だ。


 俺は〈魔力〉を込め、刀を構える。『天使』は俺から距離を取った。


(そうするよな……)


 だが、俺はおとりだ。

 次の瞬間、『天使』の胸をガルシーアの投げた槍がつらく。


 すると様子が変わる。なにやら苦しそうだ。

 丁度、そこがコアだったらしい。


(野生の勘というヤツだろうか?)


 俺では認識できなかったが、ガルシーアはいとも容易たやす仕留しとめてしまった。

 『天使』はもがき苦しみながら、慌てて腕を作り出す。


 そして、槍を引き抜くと捨てた。

 だが、今更どう足掻あがいても消える運命のようだ。


 光の粒子となり、散って行く。しかし、安心はできない。

 情報だけを転送する方法があるのかもしれないからだ。


 俺はすでに、左手の刀を銃の形態へと変えていた。

 動かない相手ならば、当てるのは難しくない。


「これで終わりだ!」


 引き金を引くと同時に漆黒の閃光を放つ。

 そして、光の粒子すら跡形もなく消し去ったことを確認すると、俺は落下した。


 その黒き光が――偽りの青空を引き裂く流星のようだった――とソフィアなら語るのだろう。人々の願いを乗せ、空を駆ける流れ星。


 俺は〈黒き流星〉のセンリ。

 救世主であり、魔王であり、願いを叶える者――


 これでソフィアの言う、救世主になれただろうか?

 ユナと約束した魔王になれただろうか?


 獣人族を救うという、アカリの願いを叶えることはできただろうか?

 再び気を失った俺が、その答えを知るのは、もう少し後になりそうだ。


 いつの間にか、復讐ではなくなっていた。

 俺の世界を滅ぼした『白銀』……それをてたというのに――


(今はこんなにも、心が熱い……)


 俺を心配してくれる人がいて、頼れる仲間がいて、帰る場所がある。

 皇女殿下のやりたかったこと――


 それは――人が人らしく生きられる――そんな世界を作ることだったのではないだろうか?


 今となっては、正解は分からない。

 だが、あながち外れてもいないと思う。


 気を失っているというのに、皆が俺を呼ぶ声が聞こえた。

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