第43話 センリ:国境(2)


 夜が明けたようだ。

 太陽のない、この世界でも不思議と夜はくる。


 女性陣にはトレーラーで休んでもらい、男性陣は交代で見張りを行った。

 ユナとトウマが『仲直りできる時間になれば』とも思っていたがむずかしいらしい。


 まあ、俺の〈魔力〉も回復したので、よしとしておこう。カエデたちが上手くやってくれていれば、旧体制派による革命は防げるはずだ。


 そうなれば、帝国が動く理由がなくなる。

 ただ問題は『帝国の狙い』が別にあった場合だ。


 こんなことなら、帝国の様子を視察しておけば良かった。

 残念なことに観光ツアーはなさそうだ。


「どうぞ、救世主様」


 とソフィアがお茶を持ってきてくれた。そして、俺の横に座る。

 よく眠れたか――と聞くのは止めておこう。


 砂漠の夜という程ではないが、それなりに冷える。

 人が住まない地というのは、相応の理由があるようだ。


「人々はそこまでおろかなのでしょうか?」


 とソフィア。争いが――この『白銀』の世界全体に波及はきゅうする――という話をしたからだろう。どうやら彼女は『話し合えば分かる』と思っているようだ。


「残念ながら、憎しみの連鎖を断ち切るのは容易よういなことではない」


 と俺は告げる。丁度、皆も起きてきたようだ。

 いい機会かもしれない。立ち上がると、昔話をすることにした。


「少なくとも、俺のいた世界では……」


 帝国が大陸を統一するまでは争いが絶えなかった。

 まあ、統一したからと言って、すぐに争いがなくなったワケではない。


 言葉を統一し、教育を徹底する。

 だが、それと同時にそれぞれの国が持っていた文化や信仰も認めた。


 最小限の自由と誇りを尊重したワケだ。

 いつしか世代が変わり、新しい価値観が生まれてくる。


 そんな中で、帝国の中枢は腐敗していた。

 栄華えいがきわめたとはいえ、人間である以上は仕方のない話なのかもしれない。


 このままでは帝国が分断してしまう危険もあった。

 となれば、再び『戦乱の世』に逆戻りだ。


 そこで俺が仕えていた皇女殿下が採った政策が『人類統一』である。


 簡単に言うと――人種や生まれに関係なく、仲良くできる人たちで集まって楽しいことをしよう――というモノだ。


 果たして――そんな考え方でいいのか?――と疑問に思ってもいたが、その時代には時代に応じた変革が必要となる。


 腐敗しつつあった帝国の貴族たちよりも、皇女殿下の求心力が勝り、一大勢力となって帝国が生まれ変わろうとした――その矢先だ。


 『白銀』が襲来する。

 皇女殿下が作った文化も愛した国も、彼女をしたう国民たちもすべては無に帰った。


「ソフィア、そんな顔をしないでくれ――皆も……」


 どうやら、俺の昔話のせいで、皆が落ち込んでしまったようだ。


「確かに俺の国は無くなってしまったが、皇女殿下の想いや意思はここにある」


 そう言って、俺は自分の胸を叩く。そして――


「俺はただ、あの子を守りたかっただけなんだ」


 一分一秒でもいい、彼女のための時間を作りたかった――と告げる。


「そのために兵器となるように志願したのにな……」


 結局、彼女に助けられてしまった――やや大袈裟おおげさに落ち込んだ後、


「だが、その意味と理由がようやく、分かった気がする」


 俺はユナが持っている黒い円盤状の〈魔法杖〉を見た。

 研究所に大切に保管されていたことから、俺の武器ではない。


 恐らく、それが『切り札』となるだろう。


「あ、あの……ワタシなんかでいいのでしょうか?」


 とユナ。


「俺はユナだからできると思っている」


 修復師レストレイターである彼女が始まりであるべきだ。

 最初はただの欠片だったそれを修復し、音楽が流れるようした。


 レコードの再生だが、同時に失われた文化の復活でもある。

 ユナが修復師レストレイターを目指した切っ掛けだ。


 音楽の力――もし、この状況を切り抜け、それを普及させることができれば、世界の在り方が一変するだろう。


「ユナなら大丈夫です」「そうだね、あたしも心配してないヨ☆」


 そう言って、ソフィアとアカリが勇気づける。


「トウマ、ユナの護衛は任せた」


 俺の言葉に、


「あ、ああ……」


 とトウマが歯切れ悪く答えた。

 ユナも言いたいことがあるのだろうが、性格上、強く出ることはできないようだ。


 その様子がれったかったのか、


「仕方ねぇーな……」


 とガルシーア。


「オレもつい先日、オヤジに頭を下げたが……」


 ぶっ飛ばされたよ――そう言って、頭をくと、


「こういう時は『ただいま』でいいんだとよ」


 家族って奴は――柄にもないことを言ったからだろうか?

 ガルシーアは背中を向ける。その様子に、アカリがクスクスと肩を震わせた。


「そうだな、考えすぎていたようだ」


 とトウマ。ユナの前に立つと――ただいま――と一言告げる。


「お帰りなさい」


 とユナ。今までの経緯を考えれば、それだけでは足りないだろう。

 だが、帰りを待っていた家族としては十分だったようだ。


「さ、積もる話もあるでしょうが、それは後にしてください」


 とジゼル。緊張しているのか、口調が普通になっている。

 そして、空気も読めるようになるらしい。


 なんです? その目は――俺の視線に気が付き、ジゼルはいぶかしむ。

 だが、すぐに自分の口調が標準に戻っていることに気が付いたようだ。


 ハッ!――とした表情になったかと思うと、魔女帽子を目深まぶかにかぶり直す。そして、


「クックック、我が〈魔眼〉を持ってすれば容易たやすいことよ……」


 そう言ったかと思うと、地図をアカリに、黒い筒をソフィアに渡した。

 どうやら、準備はできたようだ。後はどのタイミングで実行するかだが――


「待て、様子がおかしい」


 とはトウマ。空を見詰めている。肉眼でも確認できるようだ。

 偽りの青空に『白銀』の光が現れる。


 その光は次第に強くなった。直視してはいられない。

 トウマが〈魔法〉で闇の球体ドームを作り出し、俺たちを囲ってくれた。


「そうか、どうして時間を空けて〈魔導兵器〉を一台ずつ運んでいるのかと思えば……」


 そう言って、くやしがるトウマ。

 一方で、その光の中から巨大な白い物体が現れる。


 巨大なまゆのような形状。

 俺の世界では『コクーン』と呼んでいた奴らの母艦だ。


 同時に白い勾玉まがたまのような形状をした小型の飛行物体も出現した。

 遠目にははねのない昆虫のようにも見える。


 三対で行動する奴らの先兵だ。主に偵察を任務としているようだが、見掛けに寄らず素早い動きが特徴で、停止飛行ホバリングも可能だ。


 トウマの言いたいことは理解できた。


「帝国の狙いはこれか……」


 俺のつぶやきに――どういうことですか?――とソフィア。

 それに回答したのは俺ではなく、


「実験だ……」


 どの程度の戦力を投入すれば『天使』が介入してくるか――とトウマ。

 この世界では、調停者の意味合いが強い『天使』。


 奴らが現れれば、周囲は壊滅状態となる。

 どうやら帝国は『天使』を兵器として利用することを思い付いたらしい。

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