第36話 センリ:王都(1)


「魔王様! ここのお店のドーナツが美味しいと評判なんですよ」


 〈魔力〉を供給するという理由で、俺と手をつないで歩いてくれているユナ。

 空いている右手で、楽しそうにお店を指差す。


 今日の彼女は少しはしゃいでいるように見える。

 ソフィアと一緒に学園へと通う内に自信がついたのかもしれない。


 いい傾向けいこうではある。

 また、食文化は豊かなのは、ユナたちが通く学園のお陰だろう。


 あの学園では〈魔力〉による研究を行い、植物を育てている。

 その植物は加工品や動物のえさになるのだろう。


 人間の持つ〈魔力〉が他の動植物へと循環じゅんかんすることで、人々の暮らしがいい方向へと向かっている。


 資源を巡る争いをしなくても、人々はこの世界で十分に暮らして行けるのではないだろうか?


 少なくとも皇女殿下は戦争にルールを決めた。

 それは単に、死者の数を減らすためだけではない気がする。


「どうしました? 魔王様……」


 とユナが俺の顔をのぞき込む。


なんでもない、少し考えごとをしていた……」


 俺は少し、言いよどんだ後、


「ユナの兄に会った」


 と告げる。先日、無事に刑務所から戻ってきた俺たち。

 今日、ユナと二人きりになったのは、このことを伝えるのが目的でもあった。


 ユナは顔を曇らせ、うつむいたが、


「そうですか……兄と戦ったんですね」


 と答える。どうやら、気付いていたようだ。

 恐らく、最初に時計台で襲撃を受けた時からだろう。


 俺が気付いたくらいだ。妹であるユナなら、分かっていたのかもしれない。


「気の利いた言い方ができなくてすまない」


 謝る俺に対し、ユナは首を横に振ると、


「ワタシのせいなんです……」


 ワタシが泣いてばかりいたから――と静かに言葉をつむぐ。

 彼女は周りと比べ、高い〈魔力〉を持っているのに自信が持てなかった。


 その理由はそこに集約されるのだろうか?

 少なくとも、魔人族という理由だけではなさそうだ。


 自分のせいで兄がいなくなり、犯罪に手を染めている。

 すべては弱い自分のせいだと思っているのかもしれない。


「ユナは十分に強いさ」


 そんな俺の言葉が信じられないのか、


「ワタシが強い?」


 ユナは首をかしげる。


「俺がいない間、ソフィアを守ってくれていたじゃないか……」


 ユナの周りの人たちは笑顔でいられる――と言って俺は彼女を見詰めた。

 誰かと共に笑い、誰かのために泣ける。


 それがユナの強さだと思う。その証拠に彼女の周りには人が集まっている。

 世界を変える方法は争いだけではない。


 ソフィアのようなカリスマ性も、アカリのような勇気も、ユナのような少女がいてくれるから輝くのだ。


「俺はそう思う」


 なにやら、人通りの多い場所で熱く語ってしまった。

 色々と見てきたせいだろう。俺の中でも、なにかが形になろうとしているようだ。


 最初、ユナはきょとんとした表情でおどろいていたが、すぐに笑った。

 口元を手で押さえ、肩を震わせている。


「ごめんなさい、魔王様……」


 ワタシは大丈夫になりました――そう言って、目の端に浮かんだ涙をぬぐう。


「分かっていたんです、兄がいなくなった理由も……」


 やはり、魔王様はワタシの希望です――とユナ。


「兄を止めるのを手伝ってください」


 彼女はそう言うと俺の両手を握った。最初は、ユナの兄とおぼしき人物と刑務所で会ったことを『どう伝えようか?』と迷っていたが、余計な心配だったようだ。


 やはり、彼女は強い。

 俺は心に火がともるのを感じた。


 ユナは俺なんかよりも、すごい〈魔法〉を使える。

 彼女の力になりたい。そう思うからこそ、人が集まるのだ。


「任せておけ」


 そう言って、俺はユナの手を強く握ったが、同時に多くの視線を感じた。

 こんな通りで男女が手を取り見詰め合っていたら、そうなるだろう。


なにやら愛の語らいみたくなってしまった……)


 ユナは一瞬にして顔を真っ赤にする。

 そんなところも可愛いのだが――


「どうやら、ドーナツは帰りにした方が良さそうだな」


 俺の提案にユナはコクコクとうなずいた。

 これ以上は彼女が恥ずかしさで、どうにかなってしまいそうだ。


 しかし、その手はしっかりと握られたままだった。


「戦略的撤退だ」


 と俺たちは、その場を後にする。

 恥ずかしさで一杯だと思っていたユナだったが、顔を上げて、


「はい♡」


 と微笑ほほえんだ。そんな彼女は本当に可愛らしい。

 本来の『天使』とは、彼女のような存在を示す言葉ではないだろうか?


 残念なことに、この『白銀』の世界では『天使』は――畏怖いふの対象――という意味合いの方が強そうだ。


 そのまま駆け足で、俺たちは目的の場所へと向かうことにする。

 俺が眠っていた――という地下の研究施設だ。


 先日までは、いつくずれても、おかしくはない状況だったのだが、補強が終わったらしい。周囲に建物がないことも幸いしたのだろうが、やはり〈魔法〉は便利だ。


 研究施設へと向かう建前としては『武具の回収』だとソフィアには伝えてある。

 予想では俺の〈魔法杖〉を作成する過程でできた試作品が眠っているはずだ。


 ある条件下においては、既製品の武器よりも性能は上だろう。

 少なくとも〈魔導兵器〉と遣り合う可能性が出て来た。


 ジゼルとガルシーアにも身を守る手段が必要となる。

 早急に、彼らに合う武器が必要だ。


 俺たちが時計台のあった森林区へと入った時だった。

 一瞬だけ、強い〈魔力〉を感じる。


 俺とユナは互いに顔を見合わせうなずくと、その〈魔力〉の気配がした方角へと向かう。そこにはベンチに座り、読書をしている青年の姿があった。


 この区画の一部は事件のせいで、進入禁止となっているが人通りもある。

 俺たちは青年の背後にあるベンチへと腰を掛けた。


 互いに背中合わせの状態で、


「兄さん、久し振りだね……」


 ユナが声を掛ける。青年ことトウマは、


「用件だけを伝える」


 そう言って、静かに口を開いた。

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