第35話 センリ:集落(2)


「くそっ、なんでオレまで、こんな目に……」


 ガルシーアが庭の片付けをしながら愚痴ぐちる。


「岩にり込んだり、池に飛び込んだり、遊んでいるからだ」


 花壇かだんはこんなモノでいいだろうか?

 俺は庭の片付けをしながら、ガルシーアの疑問に答える。


 ぐぬぬっ……!――とガルシーア。やはり納得がいかない、そんな顔をしている。

 一方でコウガは黙々と作業を行っていた。


 熊を連想させるような巨体だが、哀愁あいしゅうただう背中がなんとも言えない。

 俺は見なかったことにする。


「それより、ガルシーアも同じことができるのか?」


 先程、俺とコウガが行ったような『〈魔力〉を使った戦闘ができるのか』を質問すると、


「当たり前だろ! 刑務所じゃ〈魔力〉がほとんど使えなかったからな」


 ガルシーアは『心外だ』とばかりに答える。

 〈魔力〉が使えない状態でも、あれだけ戦えるのなら問題ないだろう。


 やはり、ザファルの戦闘能力が異常なだけのようだ。

 むしろ、互いに万全の状態で戦っていたら、負けたのは俺の方かもしれない。


 庭は滅茶めちゃ苦茶くちゃになってしまったが、ここでの経験は得難えがたいモノだった。

 それに〈魔法陣〉の発見も大きい。


 どうやら、俺の身体には〈魔法陣〉が複数個所に隠されているようだ。手足など、特定の部位に一定以上の〈魔力〉を流すことで〈魔法陣〉が解放される。


 今までは〈魔法杖〉の出し入れにしか〈魔法陣〉を使っていなかったのだが、戦闘のための機能が隠されているらしい。


 〈魔力〉を体内に循環じゅんかんさせることで、それが判明した。

 色々とためしてみたが〈魔力〉の量がトリガーとなっているようだ。


 これにより、属性の付与や〈魔法〉の使用が可能になった。

 戦術が『大幅に広がった』と言ってもいい。


 流石さすがに『これ以上、庭を荒らすことはできない』のと『アカリに〈魔力〉の供給負担をかけてしまう』ので、確認は王都に戻ってからの方が良さそうだ。


 俺は立ち上がると身体を伸ばし、腰をひねる。折れた木々などは――元通り――とは行かないが〈魔力〉を流せば、ある程度は元気になるらしい。


 これはアカリがやってくれている。そんな彼女の姿を見ていると――本当は軍人なんかよりも、医者のような仕事の方が合っているのだろう――と思ってしまう。


 俺の担当分はアカリが手伝ってくれたお陰で早く片付いた。

 アカリ母に頼み確認してもらう。


 なんとか『お許しを頂けた』ので、お昼の心配はしなくてもよさそうだ。

 その一方で、コウガとガルシーアは力仕事に精を出していた。


 くだけた岩を撤去てっきょしたり、穴を埋めたり、吹っ飛んでしまった砂利を集めるのに翻弄ほんろうしている。庭に置く、新しい石を取ってくるようにも頼まれていた。


(これは時間が掛かりそうだな……)


 身体が汚れたので、アカリにお風呂に入りたいむねを相談すると――すぐに沸かすよ――と言ってくれた。


 家主よりも先に風呂を頂くのはどうかと思い、俺はその申し出を断る。

 アカリとしては好きで俺の世話を焼いてくれているのだろう。


 だが、それを当たり前のように享受きょうじゅする関係にはなりたくなかった。

 彼女は俺のマスターであるべきなのだ。


 それに俺ほどではないが、アカリも汗をいている。

 そんな彼女を差し置いて、俺がゆっくり風呂に入るワケにも行かない。


「この集落に大衆浴場とかはないのか?」


 大衆浴場――つまりは銭湯だ。


「あるヨ☆」


 とアカリが言うので、食事の前に二人で入ってくることにする。

 ついでに集落の様子も見ておきたい。


 集落と言っても、ちょっとした町程度の規模はあるようだ。

 恐らく、食料に合わせて人口を調整しているのだろう。


 集落には獣人族以外の種族の姿もあった。

 また、他の民家と比べるとアカリの住む屋敷は立派で大きい。


 この集落の顔役なのだろう。


「こんな世界でなければ、アカリも『お姫様』だったのかもな……」


 俺が、そんなことをつぶやくと、


「まあ、救世主様……嬉しいです♡」


 アカリはソフィアの真似まねをした。


「ソフィアが二人いると考えると頭が痛くなりそうだ……」


 やめてくれ――と俺が言うとアカリは楽しそうに笑った。

 そんな彼女は、この集落では人気があるようだ。


(当然か……)


 歩いている途中で『子供たちに囲まれる』というハプニングが発生する。

 遠巻きに見ている分には微笑ほほえましい。


 だが、余所よそものである俺が子供たちに近づくのは、よく思われないようだ。


(視線が痛い……)


 子供たちは子供たちで好奇心旺盛おうせいなようだ。


「アカリ姉ちゃんの恋人か?」


 などと聞かれる。


「運命の人だよ」


 とアカリが言った途端とたん、今度は明確な殺意を感じた。

 集落の男たちだろうか? 早々に、この場を立ち去った方が良さそうだ。


 俺はアカリをうながし、なんとか目的の銭湯に辿たどり着いた。


(やっと、のんびりできる……)


 お互いに時間を確認して、待ち合わせをする。


「本当に恋人同士みたいだネ☆」


 とアカリ。返答に困るのでやめて欲しい。


「恋人というより、夫婦のような気もするがな……」


 なぜか俺も真面目に答えてしまった。アカリと別れた後、急に恥ずかしくなる。

 これも皇女殿下の罠だろうか? いや、考えすぎか……。


 しかし、脱衣所やロッカー、瓶に入った牛乳のようなモノまで売っている。

 どう考えても、和の文化を伝えたのは皇女殿下だろう。


 やはり、うたがわずにはいられない。

 さっさと服を脱ぎ、俺は洗い場で身体を洗うと、湯船の中で少し考える。


 この『白銀』の世界で水や土、植物を作り出せるのは〈魔法〉のお陰だ。

 あの庭があるのも、こうして銭湯に入れるのも――


(すべては〈魔法〉があるからだ……)


 人々の生活は〈魔法〉に依存している。この世界で暮らす以上〈魔力至上主義〉になるのは、仕方のないことなのだろう。


 ただ、人々が豊かになるための〈魔法〉が『争い』や『差別』を生み出す原因にもなっているのは、心境として複雑だ。


(皇女殿下は、この世界でなにそうとしたのだろうか?)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る