第33話 トウマ:隠れ家(3)


「このまま、計画を実行しよう」


 もし、本当に〈魔王〉だというのなら、それにけてみるのも悪くはない。


「あら、それでいいの?」


 とパスクアーレ。


「構わないさ……」


 ザファルが勝てば、奴は〈魔王〉ではない――そんなオレの結論に、


「じゃあ、負ければ?」


 分かっているくせにパスクアーレは質問をする。簡単なことだ。


「ソフィーリア姫のがわにつけばいい……」


 その場合は旧体制派と帝国側の両方を敵に回すことになる。

 だが、こちらの計画がこうもつぶされてしまっては、取れる方法は限られていた。


 パスクアーレは溜息をくと、


「リーダーの考えにしたがうわ」


 そう言って肩をすくめる。ありがとう――とオレは礼を言う。


「だが、少し計画を修正する」


 そのためにも引き続き、情報を整理する必要があった。

 オレはパスクアーレの持ってきてくれた資料に目を通しながら、


「ガルシーアを利用する計画についても失敗だな……」


 まあ、計画という程のモノではないが――そう付け足す。

 本来、刑務所とは名ばかりの場所だ。


 前女王が『ある目的のために建てた』というのが、オレたちの間での常識だった。

 それは貴族たちに目をつけられた獣人族や蜥蜴族など――〈魔力〉が低い者を保護するための場所――というモノだ。


 刑務所から出ない限りは『貴族に処分されない』ということらしい。

 ザファルのように一部の者からは英雄視されている傑物けつぶつも収容されている。


 自然と刑務所はオレたちのような存在が集まる場所になっていった。

 勿論もちろん、ザファルと同じように獣人族にも一目置かれている人物はいる。


 ただ、獣人族は忠誠心が高いためか、そういった者が刑務所に収容されることはなかった。そこでガルシーアを利用することにしたのだ。


 ガルシーアはその人物に対し『オヤジ』と呼んでしたっていた。

 刑務所から釈放しゃくほうされた際、その獣人のもとへと帰るだろう。


 そうんでいた。そして、戻った奴は王国貴族の非道について話すはずだ。


(獣人族の間で『意見が割れればいい』と思っていたのだが……)


 現在、獣人族の多くはソフィーリア姫――前女王の孫――の味方をしている。

 だが、王国貴族の非道を身内であるガルシーアから聞けば、どうだろうか?


 一時的でもいい――その足並みは乱れる――はずだった。

 少なくとも、帝国軍との衝突と囚人たちの反乱のタイミングに重なればいい。


 獣人族の動きが鈍って援軍が遅れるだけで、旧体制派による反乱の成功率も上がるというモノだ。


むしろ、そこまでお膳立ぜんだてをしなければ成功しないとは……)


 旧体制派の無能振りにもあきれてしまう。

 しかし、無能だからこそ――なにをするのか分からない――というところもある。


 獣人族が危険を感じ、ソフィーリア姫を連れて国から逃げてくれれば、なおのこと好都合だ。王族がいなくなれば、国の支配も容易たやすいだろう。


 勿論もちろん、そこまで都合よく事が運ぶとは思っていない。

 だが、旧体制派を納得させるには机上の空論で十分だった。


 しかし現状では、その手を封じられてしまったことになる。


「やはり、こちらの計画を読まれているとしか思えないな……」


 刑務所自体は、表向きは『更生のための施設』だ。

 同時に、反乱分子を監視かんしする役割もねていた。


 少なくとも、ガルシーアはいつでも釈放できるように――囚人たちから嫌われていて、反乱を起こす意思も統率力もない――そんな印象操作を行っていた。


 だが守護騎士プリンセスガードが――このタイミングで動いた――ということは『ソフィーリア姫はこちらの行動を読んでいた』と考えるべきだろう。


 獣人族の代表ともいえる人物――その娘であるアカリ――という少女まで刑務所に来ていたとは……。


 オレは資料に目を通して、ゾッとする。

 彼女になにかあった場合、獣人族を敵に回していたかもしれない。


 もしくは――解放軍が獣人族と敵対関係にある――そんなうわさが流れてしまうところだった。それだけでも、こちらには大打撃だ。


「計画をつぶすと同時に戦力までごうとするとは……」


 たった一手で盤面をひっくり返してしまった。

 しかし、これが『ソフィーリア姫の策』と考えるのは早計かもしれない。


 知的指導者ブレーンがいる可能性もある。

 恐らく、姫である彼女の名を使って人材を集めているのだろう。


 となると、ジゼルという少女があやしい。

 オレは再び資料に目を通す。


(戦争で住んでいた集落を焼かれ、たった一人、生き延びているのか……)


 当然、後ろ盾などあるはずがない。


(独力で一国の姫に近づき『軍師』になったのか⁉)


 更には国立の魔法学園にまで所属している。

 知力だけではなく〈魔力〉までも備えているらしい。


 流石さすはザファルが英雄といった男の娘だ。


(これは益々ますますって、勝てる見込みがないな……)


 オレは資料を手放し、天井てんじょうあおいだ。


「最初は『お飾り姫』程度の使い道しかないと思っていたのだが……」


 ここまでされてしまうと、いち早く彼女の軍門に下るのが最善の策だろう。

 助けるべき妹を敵に回す理由はない。


 ユナを手元に置かれている時点で、オレの負けは確定していた。

 むしろ、妹と連絡を取り、姫と交渉できるように取り成してもらうべきだ。


 こちらを追い込むだけではなく、逃げ道も用意している。

 まるで彼女の手のひらでおどらされているようだ。


「決まったの?」


 とパスクアーレ。レニエとレムスもオレを見詰めていた。

 どうやら全員、オレの考えがまとまるのを待ってくれていたらしい。


「ああ」


 オレは短く答えた後、


「一度、本部へ戻る」


 そこで――帝国につくのか、ソフィーリア姫につくのか――を問うとしよう。

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