第32話 トウマ:隠れ家(2)


 かく、今は情報の整理が必要なようだ。


「やはり、気になるのは護衛騎士プリンセスガードであるセンリという男だな……」


 どういう人物だった?――オレはザファルにたずねる。すると、


「少年のような見た目の割に落ち着いている。特にあの目が印象的だ……」


 あれは死線をくぐっている者の目だ――と饒舌じょうぜつに語る。

 どうやら、奴のことを気に入ったらしい。


きたえれば面白い戦士になるだろう」


 と付け加えた。それに対し、オレは、


「それは――叩くのなら今――という意味か?」


 そう質問する。強くなる前に倒しておくべきだろう。

 いや、オレとしても気付いていた。問題は戦闘能力ではない。


 奴の〈魔力〉は他の人間と比べて、なにかが違う。

 異質――そう、きわめて異質なのだ。それは本来、有り得ない程に……。


「倒すには惜しい男――という意味だ」


 とザファルは返す。かすかに浮かべた笑みは再戦を確信しているのだろう。

 刑務所とオレたちの関わりを追及されないために準備していた『氷柱結界』。


 それを――逃走のために使用する破目になるとは――計算外だった。


「どの道、『氷柱結界』へ閉じ込めたからな……」


 すぐには出て来られないさ――そんなオレの言葉に、


「あら、そうでもないみたいよ」


 とパスクアーレ。まさか!――とは思うが、確認しないワケには行かない。

 パスクアーレは報告するのも嫌だという感じで、


「あの後、すぐに結界が壊されたのよ」


 そう言って悩ましげに溜息をいた。確信があったワケではないが、


「やはり、あの漆黒の〈魔法〉か……」


 嫌な感じのする〈魔力〉と共に刑務所の真上に放たれた漆黒の〈魔法〉。

 少なくとも一人の人間が扱える〈魔力量〉ではなかった。


「確かに破壊できない結界ではないが……」


 自分の中で納得できる理由が見付からない。いや、一つだけ心当たりがある。


「あの〈魔導兵器〉を破壊したのも……」


 漆黒の〈魔法〉だったな――オレの言葉にパスクアーレも沈黙する。


「なるほど――〈魔法〉を破壊する〈魔法〉か……」


 それが奴の〈魔法〉の正体らしい。


「だとするなら――この世界の〈魔法〉の在り方を……」


 根底から変えてしまうのではないか?――そう言ったオレの口から思わず笑みがこぼれる。〈魔法〉優位の世界の在り方が変わるのだ。


 しかし、同時に怖くなる。


「オレは組む相手を間違えたのか?」


 これまで自分がやってきたことを否定された気分になった。

 そんなオレの疑問に答えるかのように、


「戦えば分かる……」


 次は本気だ――とザファル。そう言えば、刑務所が建っている『あの場所』では上手く〈魔法〉が使えないのだったな。


 そのため、普段から〈魔力〉を少しずつ、体内にたくわえていたのだ。

 当然、そんな状態では十分な能力ちからを発揮できない。


 次は〈魔力〉を十分に回復してから『戦う』という意味だろう。

 つまり――本気で戦うことで見極みきわめる――と言いたいようだ。


「あら? 冗談だと思っていたけれど……」


 本当に〈魔王〉だと思っていたの?――パスクアーレはザファルに確認する。

 確かに、あの戦いの最中さなか、ザファルはそんな会話をしていた。


 オレもにわかには信じがたい。ただのうわさ話だろうと思っていた。

 だが、情報がそろった今となっては、その可能性を考えておくべきだ。


「我は多くを失った……」


 ただの希望だ――そう言ってザファルは目を閉じた。

 最早もはや、彼にとっては強者と戦うことのみが希望なのかもしれない。


 解放軍こちら側には来てくれた。だが、理想や信念が同じワケではない。

 利害が一致するだけで、ザファルにはザファルの目的があるようだ。


「最後に――彼女にだけは謝っておきたいがな」


 ザファルはつぶやく。このジゼルという少女にだろうか?

 彼はゆっくりと語り出す。


 ザファルの軍人としての最後の戦い。

 軍人とはいっても、蜥蜴とかげ族をまとめているにすぎない。


 一番強い者が種族を率いる――という程度のモノだ。

 ザファルは王国に利用されていると分かっていた。


 それでも、仲間を連れて死地へとおもむいた。


さとい者がいて、それを止めようとしていた……」


 蛮勇ばんゆうだと忠告してくれたのだ――とザファル。

 後悔とは違う。別の想いがあるように見える。


 ザファルはそんな部下の説得を一蹴いっしゅうしたそうだ。

 それが少女の父であり、その者との最後の会話となった。


「あの時の我は、仲間も自分のように強くなれる……」


 そう考えていた――と静かに語る。

 どうやら、ザファルは自分が強者であることをゆるせないらしい。


「しかし、それは間違えであった……」


 誰もが我のように強くなれるワケではないのだ――そんな当たり前のことをつぶやく。つまり、ザファルが強くなければ、悲劇は防げたということだろう。


(強過ぎるというのも、いいことばかりではないようだ……)


 ザファルの強さにおびえ、ついてきた者。

 強者であるザファルにしたがっていれば安心だ、と考えを放棄ほうきした者。


 ザファルと同じく、強者との戦いを望む者だけが彼の周りにいた。

 そして、自分は人の上に立つような人物でないことを知る。


 ただの蛮勇であったことを『仲間の死』と共に知った。


「あの時、勇気を持って我を止めようとした者こそ、英雄である」


 とザファルは語る。

 彼は復讐ふくしゅうではなく、自分をってくれる強者を探しているようだ。


 自ら独房に入り、それを待っていたらしい。


「英雄の娘ジゼル……」


 彼女が選んだ人物であるのなら――ザファルはそこで口を閉じた。

 どうやら、センリに倒されることが、彼の今の望みらしい。


 ザファルが倒されてしまっては、オレたちが困るのだが――


(それが望みであるのなら仕方がない……)


 彼がオレたちに力を貸してくれる条件は強者との一騎打ちだ。

 どうやら、その相手をセンリという騎士に決めたらしい。

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