第30話 センリ:刑務所(5)


「いったい、なんのことだ?」


 俺はそう言って、ザファルをにらむ。

 するとザファルは口のはしり上げた。


 無愛想な武人のようなおとこだと思っていたが、違うようだ。

 感情を制御しているらしい。久し振りの闘争が楽しいのだろう。


「我々の間では――〈魔王〉――と呼ばれる存在がうわさされている」


 とザファル。魔人族だけの噂だと思っていたが、違うらしい。

 我々と言ったことから、組織が関係しているのだろうか?


 少なくとも、同じ蜥蜴とかげ族であるジゼルは言っていなかった。


「俺が――その〈魔王〉だと? だったら……」


 部下になって欲しいモノだ――俺はそう言いながら〈魔力〉の操作をこころみる。

 れない〈魔力〉の操作には、集中する必要があった。


 さっきは戦闘時であるため、一種のトランス状態に近いことから上手く行ったが、なかなかに難しい。


 ザファルが硬質化という一点にいてのみ〈魔法〉を使用しているのも、そのためだろう。


 〈魔力〉を操作するのではない。

 〈魔法〉という技術を使い、目的の事象を引き起こしている。


 ザファルは〈魔力〉で強化しているのではなく――〈魔法〉で変身している――と考えるのが正しい認識だろう。


 ユナが優れているのは、強力な〈魔力〉だけではなく〈魔法〉を使う技術を持っているからだ。こんなことなら〈魔法〉の一つでも習得しておくべきだった。


(どうやら、俺には『俺に合った戦い方』が必要なようだ……)


 しかし、ゆっくりと考えている時間はない。

 俺は再び、身体強化に〈魔力〉を使用する。


(今できることの中で、最善をくすしかない……)


 ザファルの方も、俺の攻撃が防御を突破することが分かったため、警戒しているようだ。いや――これで本気を出せる――と楽しんでいる可能性もある。


 ここはセオリー通り、素早い動きで攪乱かくらんし、相手のすきを作るのが有効だろう。

 だが問題は、それでは――戦いが長引いてしまう――ということだ。


 奴らは明らかに、この場所にこだわり、時間を稼いでいる。

 狙いが逃走なのだとしたら、確実に逃げるための手段があるはずだ。


 ザファルの傷が治癒すると、再び向き合い、お互いに構える。

 すると――ゴオォォォッ!――上空から音が聞こえてきた。


 次第に大きくなる音。エンジン音だろうか?

 なにかが、高速で近づいてきているらしい。


 空気が振動する。同時に運動場を影がおおった。

 エンジン音と風圧でなにも聞こえない。


「時間切れらしい」


 と言ったのだろうか? ザファルは残念そうに肩をすくめた。

 同時に構えを変える。両脇をしっかりと閉め、空手のようだ。


 身構えた直後、息を止め、目を見開くと地面にこぶしを叩き付ける。

 正拳突きだ。瓦割かわらわりの要領で地面を砕いた。


 ドシンッ!――と大きな音を立て、ザファルを中心に地割れが発生する。

 まるで、大砲のような衝撃と共に地面が光った。


(魔法陣か⁉)


 先程のおりといい、嫌な予感しかない。

 俺は瞬時に〈魔力〉を脚部へと集中するとガルシーアのもとへ走る。


 ザファルの〈魔法〉だろうか? 身体がヤケに重く感じる。俺たちの動きが鈍る中、奴らの仲間とおぼしき看守が二人の囚人を抱え、空を飛んだ。


 鳥人族らしい。隠していた翼を羽搏はばたかせ、上空で待機している黒い影へと向かう。

 形状は以前戦った〈魔導兵器〉と同じようだ。ただ、色は真っ黒だった。


 白い色よりも、その方が似合っている。まるで悪魔のようだ。


「センリくんっ! ガル兄っ!」


 アカリの声が聞こえたような気がする。契約によるつながりのためだろうか?

 見ると彼女は運動場へと飛び出そうとしていた。


「来るなっ!」


 無駄かもしれないが、俺は声を上げる。同時にザファルの〈魔法〉の効果によりひざいているガルシーアの衣服をつかんだ。


 そして持ち上げると、アカリのいる室内目掛け放り投げた。

 間一髪――といったところだ。俺の足元が凍りつく。


 襲撃者であるトウマの〈魔法〉だろう。

 ガルシーアとの戦闘中に〈魔法〉を使わなかったのは、これが狙いのようだ。


 ザファルの重力〈魔法〉にトウマの氷結〈魔法〉を上乗せしたらしい。

 最初は氷の塊が出現しただけだが、次第に地面から何本もの氷の柱が現れる。


 トウマとザファルはそれに飛び乗り、上昇した。

 上空で待機する〈魔導兵器〉へと向かうらしい。


 追い掛けようにも、俺の行く手を阻むように氷の柱が出現する。

 やはり、おりの時と一緒だ。俺は〈魔力〉をめて、足元の氷を破壊する。


 普通の氷とは違い〈魔法〉でできているため、壊すのは難しいようだ。

 ガルシーアと戦いながら、魔法陣を作っていたのかもしれない。


 完全にられた。

 ザファルではなく、俺がトウマの相手をすべきだっただろうか?


(いや、今はそれを考えても仕方がない……)


 完全に閉じ込められて身動きができなくなる前に、俺は〈魔法杖〉を銃型で召喚する。既に〈魔導兵器〉は飛び去ってしまったようだ。


 この氷を無視して追い掛けてもいいが、それだと刑務所が機能しなくなってしまう。


(やはり、壊すしかないようだ……)


 今日は戦闘で〈魔力〉を使ってしまった。恐らく、てるのは一回のみだろう。

 有難ありがたいことに急速に気温が下がって行く。迷っている時間はない。


 アカリや刑務所の連中が凍える前に氷を破壊することにした。

 俺は上空に銃口を向けて撃ち放つ。


(上手く行ってくれるといいが……)


 俺が上空に放った黒い閃光。それは一旦、運動場の真上で停止する。

 そして、砕けると同時に、槍のような形状で地上へと降り注ぐ。


 刑務所の運動場をおおっていた氷は、その槍につらぬかれる。

 罅割ひびわれ、砕け散り、キラキラと輝く光の粉となって、やがて消えて行く。


 規模が大きいだけに、崩れて行く氷はすさまじい迫力だ。

 こんな状況でなければ、細氷ダイヤモンドダストのように幻想的な景色を楽しめただろう。


 ソフィアが見たら喜ぶだろうか? つい、そんなことを考えてしまう。

 目の前がかすむ。


(やはり〈魔力〉の調整が難しいか……)


 俺は立ちくらみを起こし、ひざく。完全に〈魔力〉切れだ。

 だが、撃った〈魔力〉を別の形状に変化させることには成功した。


 今回の収穫は『これで十分だ』と思うことにしよう。

 薄れゆく意識の中で、


「センリくんっ! 大丈夫⁉」


 とアカリの声が聞こえる。どうにも、もう意識が持ちそうにない。

 刑務所の所長と話をしたかったが、無理なようだ。


 地面に倒れそうになった俺をアカリが抱き止めた。

 こんな時に――柔らかくていい匂いだ――と思ってしまう自分に笑ってしまう。


 俺はアカリに左腕を回し、抱きめると、


「急いで、王都に戻るぞ……」


 彼女の耳元にささやく。にゃっ♡――とアカリ。

 一方で右手の銃を魔法陣へと収納し、


「おい、しっかりしろ!」


 とうるさいガルシーアの胸座むなぐらつかむ。俺は、


「お前はアカリを守れ」


 とだけ伝えておく。それで安堵あんどしてしまったのだろう。

 俺の意識は闇の中へと沈んでいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る