第29話 センリ:刑務所(4)


 俺とガルシーアはその勢いのまま、ザファルへと殴り掛かるが、


「いってぇーっ!」


 とガルシーア。拳から血を流している。俺も同様だ。

 お互いに〈魔力〉を込めて殴ったはずだ。


 だが、ダメージにすらなっていないらしい。


(この差はなんだ?)


 俺たちとは違い、ザファルはおりを壊すことができた。

 ここでは――〈魔法〉は上手く使えない――そのはずだ。


 しかし、ザファルにはまったく影響が無いように見える。

 〈魔法〉により硬質化をしているからだろうか?


 その姿は蜥蜴とかげ族だけあって、漆黒の恐竜のようだ。

 ご丁寧ていねい尻尾しっぽまで生えている。


 ビタンッ!――その尻尾で地面を打つと、


「なぜ、手加減をした?」


 とザファル。その目は俺に問い掛けていた。

 確かに〈魔法杖〉を使えば、傷を負わせることができただろう。


 しかし――俺は溜息をくと、


「俺は、ここに殺しに来たんじゃない……」


 仲間を探しに来たんだ!――と返す。

 確かに本気を出せば、ザファルを倒すことは可能だ。


 けれど――それでは『この刑務所ごと破壊してしまう』ことになるだろう。

 力が無くて困った経験はあるが『力があって困る』という経験は初めてだ。


(冷静になるんだ、俺……)


 そもそも、ザファルの能力を考えると脱獄はいつでもできた。

 それが今ということは、俺がここに来たことが引き金になっているのだろう。


 最初から刑務所の連中もグルだったのではないだろうか?

 この刑務所にも、皇女殿下の部下が配置されているのなら、なにかあるはずだ。


 少なくとも、俺はそれを確かめなければならない。

 立場上、ザファルの脱獄を見過ごすワケにも行かなかった。


「〈魔法〉について知るには、いい機会だな」


 そっちは任せた――俺は視線を送り、ガルシーアに合図をする。

 ユナの生き別れの兄『トウマ』といっただろうか?


 彼女を悲しませないためにも、食い止める必要があった。

 しかし、これほどの騒ぎの中、他の看守たちが出て来ないのも気になる。


(味方はアカリとこいつだけか……)


「仕方ねぇーな」


 とはガルシーア。襲撃者――ユナの兄――である男の方を向く。

 その仲間と思しき看守は倒れている囚人二人をかかえ、素早く身を隠す。


 時間がてば、彼らの方が不利だろう。

 だが、逃げる素振りはない。


 この運動場でなにかを待っているようだ。

 むしろ、ここにとどまる理由があるのだろう。


(どうやら、悠長ゆうちょうに戦っている時間はないらしい……)


 ザファルと殴り合うのは明らかに不利だが、


えて、そうさせてもらうっ!」


 俺はそう叫ぶと同時にザファルへと飛び掛かる。

 しめし合わせたワケではないが、ガルシーアも同様だ。


 襲撃者と格闘を始めた。

 高い〈魔力〉のためか、すでに手の怪我けがは治っている。


 学園での植物事件の時もそうだったが、どうやら〈魔力〉には生命力を強くする効果があるらしい。


(妖精族が長寿なのも関係あるのだろうか?)


 自分の身体とはいえ、傷がすぐにふさがるのは気持ちが悪い。

 だが、今は好都合だ。


 こぶしでの攻撃は通らないので、掌底しょうていに変えてみるが意味はなかった。

 ザファルの剛腕から繰り出される攻撃は強力で、直撃はけたいところだ。


「ほう、上手うまくダメージを逃がしているな」


 とザファルは感心する。冗談ではない。こっちは必死だ。

 俺は相手の攻撃を利用して、後方に飛び退く。


 ギリギリでかわしても、拳圧けんあつすごい。

 まるで格闘漫画の世界だ。これも〈魔力〉のせいだろうか?


「ここまで当たらないのは初めてだ」


 そう言って、ザファルは更に感心した。

 ガルシーアとの戦闘を経験したからだろうか?


 素早さはガルシーアの方が上だ。

 むしろ、ザファルの攻撃がゆっくりに見える。


(これなら、なんとかかわせる……)


 だが、それだけでは勝てない。


 俺はかく、動いて相手のあらゆる箇所に攻撃を当てる。

 しかし、効果はない。


「なら、これはどうだ!」


 こぶしを手刀に変えて、一点に〈魔力〉を集中する。

 たしか、皇女殿下が好きだった漫画でも、こんな展開があった。


 指先に力を込めて、エネルギーのたまっていたはずだ。

 なにやら、この世界に来て――漫画関連の知識にばかり頼っている気がする。


 覚悟を決めて、俺は手刀を繰り出す。

 ただし直接、当てるのではない。


 指先に集中させた〈魔力〉ででるように――触れるか触れないかの距離で――高速の一撃を振り下ろす。


 シュパンッ!――気のせいかもしれないが、そんな音がした。

 効果はあったようだ。あれ程までに硬く、まったく歯が立たなかった漆黒の皮膚。


 それを切り裂いた。ザファルの傷口から血がき出る。

 傷口を押さえ、後退するザファル。追撃を加えたいところだが、今のはまぐれだ。


 俺は自分の右手を見詰める。血が指先に集まっている以外、異常はないようだ。


(これなら通用する……)


 だが〈魔力〉を集中すると身体能力が一時的に低下してしまう。


「くっ、この短時間でわれにダメージを与えるとは……」


 おぬしがそうなのか?――とザファルはワケの分からないことを聞いてきた。

 〈魔力〉の使い方が分かってきたところなので、余計な質問な遠慮えんりょして欲しい。


 一方でガルシーアはいい戦いをしていた。

 俺との戦闘があった後なのに、よくもまあ動けるモノだ。


 むしろ、相手がすごいのかもしれない。

 身体能力の高い獣人相手に、体術のみで互角の戦いをしている。


 気になるのは、相手が〈魔法〉を使わないことだ。

 魔人族は〈魔法〉が得意なハズだが――


(それを使わないのは、どういうことだ?)


 確かに刑務所は〈魔法〉が使いにくくなる場所だが、魔人族には然程、影響があるとは思えない。なにか理由があると考えた方が良さそうだ。

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