第28話 センリ:刑務所(3)


 痛いな――なにも殴ることはないだろう。

 俺は殴られた箇所をさすりながら、アカリの姿を探す。


 〈魔力〉の反応から、この辺りにいるはずだ。すると、


「もう、二人とも、なにやってるのっ!」


 彼女の方から駆け寄ってきた。

 一人で飛び出していった――というから心配していたが、どうやら無事のようだ。


「お、お嬢?」


 そう言って目をパチクリとさせるガルシーア。

 やはり、気付いてはいなかったようだ。


 独房暮らしで嗅覚が麻痺しているのだろう。俺は、


「アカリ、大丈夫か?」


 と問い掛ける。

 う、うん――とうなずく彼女の様子に安堵すると同時に、


「良かった……危ないから下がっていろ」


 と告げた。アカリは、


「気を付けて、包帯をしている方はソフィアを襲った奴だよ」


 そう言うと素直におりから離れた。

 分かった――と俺は眼前の敵を確認する。


 一人はザファル、その隣にいる囚人がアカリの言っていた襲撃者だろう。

 詳しいことは分からない。


 だが、ザファルと襲撃者が一緒にいるということは――


(再び、王都でなにかをするつもりか……)


 アカリの近くに強い〈魔力〉の反応があったのだが、この襲撃者のようだ。

 なぜかユナの〈魔力〉に似ている気がする。


 ソフィアを襲撃した後『逃げた』と聞いているが、それは誘拐をあきらめたのでなく、ユナの姿を見たからだとすると――


(いや、この場で追求するのは不味いか……)


 刑務所ということもあり、至る場所から監視されてるような気がする。

 迂闊うかつなことは口に出さない方が良さそうだ。誤魔化す意味も兼ね、


「急いで来て、正解だったな……」


 と俺はつぶやく。アカリとは契約をしているためか、妙な胸騒ぎがした。

 急ぐ必要があると考え、刑務所の壁を壊してしまったが仕方ない。


(これではソフィアのことをどうこう言えないな……)


 俺は反省しつつ、更に周囲を警戒する。あの看守も仲間だろうか?

 な、なんなのよ! もうっ――と言いながら、逃げようとしていた。


 そのため、透かさず壁の破片を拾って投擲とうてきする。命中したのか、


「ぎゃひんっ!」


 その場に倒れた。まずは弱い奴から倒すのが鉄則だろう。

 俺はおりを蹴り上げると、そのまま浮き上がった。


 やはり〈魔力〉を込めると筋力に関係なく力を発揮できるらしい。

 段々とコツがつかめてきた。


「またかよっ!」


 とはガルシーア。俺は気にせず、更におりを蹴って方向転換させる。そのまま、看守のもとへ向かおうとしたのだが……ザファルによって、止められてしまった。


 片手だけでおりつかんでいる。やはり『化け物』のようだ。

 その怪力で今度はおりごと地面に叩きつけられた。


「のあっ!」


 とガルシーア。俺はおりの動きに合わせ、滞空することで衝撃をしのいだ。

 だが、彼の方はもろにダメージを受けたようだ。


「そんな所にへばりついているからだぞ」


 そう言って――スタッ――と着地する俺に対し、


「誰のせいだ……誰のっ!」


 オレを汚れみたく言うな――と文句を垂れる。元気そうでなによりだ。

 それより、今の衝撃でおりが壊れかけている。


 一方で、看守はゆっくりと起き上がった。

 痛いわねぇ! プリプリしちゃうっ!――と怒っているようだ。


 どうやら、逃げようとしていたのではないらしい。

 目的は倒れている囚人のようだ。二人のもとへと向かう。


 この看守がおりの鍵を持っている可能性もあるが、ザファルに叩き壊してもらう方が確実だ。


 まさか、こんな古典的な罠に掛かるとは思わなかったが、錬金術の一種だろうか?

 床に魔法陣が出現したかと思うと、おりの中に閉じ込められていた。


 〈魔法杖〉である銃や刀を使えば脱出するのは容易たやすいが――


(加減が難しいんだよな……)


 刑務所を壊すのはまだいいが、アカリや囚人たちを巻き込み兼ねない。

 一先ひとまず、おりごと移動してきたという訳だ。


「おい、ガルシーア――最初の命令だ……」


 手伝えっ!――俺の言葉に、


「仕方がねぇなっ!」


 とガルシーアは立ち上がる。

 視線がザファルに注がれていることから、俺と同じことを考えているのだろう。


 俺とガルシーアは左右反対に飛び、おりを蹴飛ばす。


「どうやら、意思の疎通そつうができていないらしい……」


 と襲撃者の男はつぶやくが、


「いや――」


 ザファルが腰を低くして身構える。勘のいい奴はこれだから嫌いだ。

 俺とガルシーアは尚も蹴り続けるとおりがグルグルと回転し始めた。


 そのまま回転した状態で上空へ跳ぶと、ザファル目掛けておりをぶつける。

 もう一度、投げ飛ばされる可能性もあったが、その心配はしなくて良さそうだ。


 この行動を予想していたのだろう。

 ザファルの身体が漆黒に染まり、光沢を帯びる。


 同時に――ガキンッ!――大きな音が響いた。

 まるで金属同士がぶつかったような、嫌な音だ。


 獣人族のガルシーアは嫌そうに顔をしかめている。

 『硬質化』というヤツだろう。


 ザファルは自分の皮膚を硬くすることで俺たちの攻撃を受け止めたようだ。

 回転したおりはゆっくりとだが減速する。


 そして――ミシミシ――という音を立てながら、やがて止まる。

 その瞬間――バリンッ!――音を立てバラバラとおりが砕け散った。


 〈魔法〉によって造られたおりだからだろうか?

 役目を終えたかのように、光の粒子なって空中へと消える。


 どうやら、この世界で戦うためには――


(〈魔法〉のことを詳しく知る必要があるらしい……)

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