第26話 アカリ:刑務所(1)


 ガル兄は相変わらずのようだけれど、元気そうで安心した。

 あたしの兄とも、よく喧嘩をしていたけれど、まったく成長していない。


(センリくんが『挑発した』というのもあるけれど……)


 大丈夫だろうか? 近くにいると危ない――という理由から、あたしは看守の人たちと監視室モニタールームで様子を見ていた。


 彼が〈魔法〉を使用すれば、すぐに決着がつくだろう。

 なんと言っても、あの〈魔導兵器〉を一撃で破壊したのだ。


 けれど、人間相手の場合は被害が大きくなる。

 下手をすると、この刑務所が跡形もなく消し飛んでしまう。


 使うつもりはなさそうだ。

 ただ、その場合――どうやって、ガル兄に勝つつもりなのだろうか?


 獣人族全員が身体能力に優れているわけではないけれど――〈魔力〉が少ない――とされている分、他の種族よりは身体能力が高い傾向にある。


怪我けがをしないといいのだけれど……)


 センリくんが囚人の一人に、開始の合図を出すように指示したようだ。

 手を振り上げ――始めっ!――の言葉とともに、彼は両手で頭部をガードする。


 同時に体勢を低くして一気に距離を詰めた。

 どうやら、体格差を逆手に取った作戦のようだ。戦い慣れている。


 ガル兄の攻撃が届く位置まで詰め寄ると、動きにフェイントを加えた。

 長身痩躯の見た目だけれど、その筋肉は鋼のようだ。


 空振りした蹴りは――ヒュンッ!――と音を立てて空を切った。

 センリくんは防御しつつ、ガル兄との間合いを取り、更に攻撃を誘う。


 攻撃が来ない場合は、そのまま一気に詰め寄って、一撃を放つ。

 ヒットアンドアウェイの戦法を取っているようだ。


 攻撃を当てると、すぐに間合いの外に出てしまう。

 ガル兄は追撃するように大振りをするので、簡単に避けることができる。


(あれじゃあ、体力も削られるよ……)


 基本、殴る蹴るの応戦にしか見えないが、ダメージと疲労が蓄積しているのは、明らかにガル兄だ。脅威なのは『センリくんの技術』というよりも、集中力だろう。


 それを物語っているのは彼の目だ。

 絶対になにかを狙っている。


 そう思ってしまうため、ガル兄も、つい余計な攻撃をしてしまうのだろう。

 それにしても――


(二人とも楽しそうだな……)


 お互いに無傷ではないため、所々れているというのに口の端が時折、吊り上がる。なにがそんなに楽しいのだろうか?


 男の子って時々――バカだよなぁ――て思ってしまう。その一方で、


 ――ガルシーア、死ね!

 ――さっさとやられちまえ!

 ――くたばれ、ガルシーア!


 となにやら外野の罵倒ばとうひどい。

 相当、嫌われているようだ。


(ガル兄、なにをやったんだろう……)


 つい心配になってしまう。やがて、センリくんは構えを解くと、距離を取りながら、ガル兄の周りをゆっくりと歩き出した。


 ガル兄もそれに合わせて構えを解くと、センリくんの動きに呼応するように距離を保ちながら、ゆっくりと歩く。


 お互いに隙をうかがっているようだ。監視室の看守たちも二人の動きに注目する中、あたしは別のモニターで気になる人物を見付けた。


 比較的軽い罪で捕まっている囚人たち。包帯を巻いて、入院しているような姿の彼ら。三名がほぼ同時に寝台ベッドから起き上がった。


 そして、一斉に歩き出す。まるで最初から示し合わせたような動きだ。

 その内の一人に、あたしは見覚えがあるような気がした。


 皆は試合に夢中で気にしていないようだ。

 会場となっている広場は大いに盛り上がっている。


 いつの間にか、センリくんとガル兄が組み合うような位置になっていた。

 打撃主体の攻撃を行うのはガル兄。


 獣人がよく行う戦い方で、身体能力に優れているからこそ、効果を発揮する単純な殴り合いだ。殴り疲れた方が負けという、子供の喧嘩のような戦い方である。


 一方でセンリくんは両手を上手く使い、流れるような動きで攻撃の軌道をらし、打撃を受け流している。


 直線的な動きが主体のガル兄と比べて、彼は円を主体とした滑らかな動きだ。

 見ている者たちも、いつの間にか言葉を失っていた。


 やがて、ガル兄の攻撃のペースが落ちる。疲れたのだろう。

 それを見逃すセンリくんではない。


 ガル兄の腕をつかみ、背中を押し当てるように間合いへ入り込むと、そのままガル兄を投げ飛ばした。体格差を考えると、まるで〈魔法〉のようである。


「のあっ!」


 声を上げるガル兄だが、床に叩きつけられる前に、素早く足をつける。

 そして、逆にセンリくんを投げ飛ばした。


 身長差によるリーチと身体能力を生かした強引な反撃だ。

 そのまま、センリくんが床に叩きつけられてしまう――


 かと思ったのだけれど、彼は空中で身体をひねり着地した。

 けれど、完全に勢いを殺すことはできないようだ。


 ザザッ!――と床をこすりながら、後方へと下がった。


「へっ、やるじゃねぇか……」


 とはガル兄。口振りだけは一丁前だが、息を切らしている。

 余裕はないようだ。ただの強がりだろう。


 一方でセンリくんは腕を気にしているようだ。

 攻撃はほとんど受け流していたように見えたけれど、痛むらしい。


 先程、ガル兄を投げ損ねたのは、その痛みが原因のようだ。

 ダメージが蓄積して――力が入らなかった――のかもしれない。


 気になるのは、二人が〈魔力〉を使用していないことだ。

 どうやら、純粋に戦いを楽しんでいるらしい。


 そんな二人の様子に、周囲からはどっと歓声が上がる。

 なぜかあたしは誇らしくなった。しかし、そうも言っていられないようだ。


 再び、別のモニターを見ると、先程の包帯を巻いた囚人の一人とザファルが話をしていた。残りの二名は見張りをするように立っている。嫌な予感がした。


「試合をすぐに止めさせて……」


 ザファルの様子が変だよ!――あたしはそう言って、監視室を飛び出すのだった。

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