第25話 センリ:刑務所(2)


 相手の青年は青く澄んだ目をしていた。

 ソフィアと同じ瞳の色だ。どうやら、まだ目には光が宿っている。


 『ガルシーア』――元は街の不良らしい。彼の粗暴な態度に困った街の住民たちが、同じ獣人族であるアカリの父親に相談したようだ。


 異種族同士のいざこざは、後々問題になると考えたのだろう。

 結果として、彼はアカリの父親にボコボコにされ、軍へと放り込まれる。


 そこで根性を叩き直されたようだ。以来、アカリの父親をオヤジと呼び、慕っている。アカリとも面識があるようで、彼女を使うのは最後の手段にしたい。


 まずは上下関係をはっきりさせるため、力でじ伏せる必要がある。


「本命は別にいたんだがな……」


 さっきから、妙な圧力プレッシャーを感じる。看守は止めたが、俺は更に奥へと進んだ。

 他の部屋の扉と比べて、そこだけ頑丈な金属の扉だった。


 俺はノックをすると小窓を開ける。

 そこから、目的の男の姿がのぞけた。しかし――


(近づくのは危険だな……)


 〈魔法〉は封じているようだが、どうにも筋肉量が違う。

 腕など俺の腰ぐらいの太さだ。


 逆に〈魔法〉がなければ、俺の方がひねつぶされるだろう。


「あんたが『ザファル』か?」


 俺の問いに、その大男は視線だけをこちらへ向けた。

 戦闘能力という一点においては、この男がダントツだ。


 しかし、ジゼルに相談した所――彼だけは止めた方がいい――と言われた。

 ジゼルと同じ蜥蜴とかげ族だが、復讐にりつかれているようだ。


 かつては軍の一部隊を指揮する立場だったが、任務で部下を全滅させてしまった。

 証拠はないが状況から言って、彼の活躍をねたんだ上官の罠の可能性が高い。


 彼は上官に歯向かっている。

 上官の男は半身不随となり、彼はこの刑務所へ投獄されたらしい。


 相手は貴族だったようで、貴族殺しは一族も罪の対象となる。

 家族を人質に取られているようなモノだ。彼はえて、殺さなかったのだろう。


 今は大人しくしているが――解き放つのは危険だ――というのがジゼルの見解だった。この国自体を憎んでいる可能性もある。


 貴族たちも彼を恐れているようだ。下手に刺激したくないらしい。


『なら、家族をこちらで保護すれば……』


 そんな俺の言葉に、


『死んだよ……』


 戦争に巻き込まれてね――とジゼルは告げる。

 どうやら、知り合いだったようだ。


 恐らく、もう誰も、彼を止めることはできないのだろう。


「あんたも俺の部下にならないか?」


 俺の問いに対し――オレはお前の部下になった覚えはねぇぞ!――と後ろでガルシーアがキャンキャン吠えた。耳はいいらしい。


 一方、ザファルは無言だ。今は彼を仲間にするための材料がない。

 そこそこ使えて、確実に仲間にできるガルシーアで手を打つべきだろう。


「振られてしまったか……」


 俺はそう告げると小窓を閉め、きびすを返す。

 そして再び、ガルシーアの独房の前で足を止める。


「お前、失礼なこと考えてなかったか?」


 とガルシーア。勘は鋭いようだ。


「そんなことより、出してやる……」


 俺と勝負しろ――そんな俺の言葉に、彼はニヤリと口の端を吊り上げた。

 どうやら『俺が勝ったら言うことを聞く』ということで成立したようだ。


 看守には、すでに話は通してある。渋い顔をされるのかと思っていたが、娯楽の少ない刑務所においてはむしろ歓迎のようだ。


 俺が考えている刑務所とは、在り方が違うらしい。

 街から離れた場所にある時点で『厄介者を集めた』ということなのだろう。


 収容されているのは、立場の弱い種族が目立つ。

 ある意味、彼ら自身が人質のようにも見える。


(考えすぎだろうか?)


 看守からは――囚人たちの前で行うことを条件に――許可をもらっていた。

 つまり、この展開は予定調和ということになる。


 囚人たちは独房から出され、屋内の広い部屋へと移動させられた。

 普段は軽い運動や遊技場として開放されているのだろう。


 観客である囚人たちとは格子で仕切られているが、現状ではどっちがおりの中か分かったモノではない。


「まるで動物園の動物になった気分だ……」


 口に出してはみたが、果たして動物園や水族館が、この『白銀』の世界にあるのだろうか? 案の定、ガルシーアは首をかしげる。


 動物を閉じ込めておくおりがあって――と説明してもいいが、彼は獣人だ。

 勘違いされる可能性もあるので、止めておこう。彼を怒らせるのが目的ではない。


 今回は戦闘能力を確認する意味もあるので、えて挑発した。危険な任務になる可能性が高いため――早めに衝突しておいた方がいい――というのが俺の考えだ。


 ジゼルの場合は、ソフィアやユナとの相性が良かったこともあり、あの場の流れに任せて採用とした。


 王立魔法学園の生徒ということもあり、ある程度の教養も保証されている。

 それに比べて、眼前の彼はどうだろうか?


 獣人とはいっても、アカリとは違って犬……いや、狼の特徴を持っているようだ。

 大型犬を相手にしている――と考えた場合、勝てる気がしない。


 しかし、不思議と怖くはなかった。

 自分が『人間ではなくなった』ということなのだろうか?


 いずれにしても、俺自身の能力について把握もしておきたい。

 それには戦うのが一番だ。悪いが、彼には実験台になってもらおう。


「おい、どうしたチビ助?」


 こっちはいつでもいいぜ、かかってこいよ――とガルシーアは俺を挑発する。

 どうらや、遠慮はいらないようだ。

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