第四章 闘争の後は

第24話 センリ:刑務所(1)


 リリス王国にある刑務所は、王都から離れた位置に建てられていた。

 比較的〈魔力〉が不安定な場所のようだ。


 大規模な〈魔法〉を使用するのが難い――というのが理由らしい。

 限られた人口しか生存できない――『白銀』の世界。


 この国では、凶悪犯罪が起こるようなことは滅多になかった。

 ただし、国同士の戦争は続いている。


 限られた資源を奪い合うことに、どの国も必死のようだ。

 そのため、協定を結び、戦争にルールを設けているらしい。


 全力で戦った場合、人が死にすぎてしまう。


「誰でも〈魔法〉が使えるというのも考えモノだな……」


 俺はつぶやく。それは戦争に限った話ではないようだ。

 一般人でも〈魔法〉が使える。


 そのため、市民たちが犯罪者に対し、過剰に応戦してしまうらしい。

 刑務所ではあるが、怪我人が多く、病院のようになっている。


(ひったくりに対し〈灼熱の矢フレイムアロー〉を撃つお婆ちゃんとか、怖いんだが……)


 盗られた鞄などが燃えてもいいのだろうか? 犯罪を働く側も、命懸けのようだ。

 逆に俺のようなイレギュラーな存在は、やりたい放題かもしれない。


「悪いな、付いて来てもらって……」


 俺は隣を歩くアカリに謝った。こんな場所に女の子を連れてきたくはなかったのが、俺の〈魔力〉を回復する必要がある。


 ソフィアは立場上、連れてくるのは論外だ。

 ユナは性格的に止めた方がいいだろう。よって、消去法でアカリとなる。


 一応、彼女は軍人なので、一緒に行動していてもおかしくはない。

 流石さすがに手をつないで歩く訳には行かないが、そばにいてくれるだけでも助かった。


「大丈夫だよ☆」


 とアカリは笑う。機嫌はいいようだ。残念ながら、今はローブで顔を隠してもらっているため、はっきりと顔は見えない。


 犯罪者に顔を覚えられるのは危険だと判断したためだ。

 また、女性であるため、男たちから性的な目で見られることになるだろう。


 ただ、そんな場所でも明るく振舞えるのは恐らく、ソフィアとユナが学園で起こしたトラブルについて、俺が話したせいだろう。思い出しているのかもしれない。


 ジゼルという仲間を得て、更にはユナの友達とも面識ができた。

 戦力というより、精神面で心強い。


(エレクトラは微妙な顔をしていたが……)


 ソフィアには一時的に学生として、学園に通ってもらうことにした。

 王宮にいる敵が分からない以上、ユナたちと一緒に行動する方が安全だろう。


 学生以外が学園に近づけば、すぐに分かる。また、国内の旧体制派が敵であるのなら、貴族の娘などが通う学園をわざわざ襲撃したりはしないはずだ。


 するにしても、時間を掛ける必要があるだろうさ――とはジゼル。

 自称軍師を名乗った分、少しは知恵が回るようだ。


「こちらです」


 案内で前を歩いていた看守が重い扉を開けてくれた。

 ここからは雰囲気が変わる。


 野生の勘か、アカリが一瞬――ビクンッ!——と反応した。

 ローブが動く。どうやら、耳と尻尾の毛が逆立ったらしい。


「待っていてもいいぞ」


 俺は伝えたが、彼女はフルフルと首を横に振った。付いて来る気らしい。

 俺の服を――ギュッ!――とつかんだが、それくらいはいいだろう。


 ここから先の区域エリアは、怪我をした連中は少ない。

 命令無視や規則違反を犯した軍人や元軍人が収容されているためだ。


 戦闘能力を補充する意味では、彼らを仲間にするのが手っ取り早い。

 また、ソフィアは軍人から人気がある。


 そのため、多少問題のある人物でも――言うことを聞くだろう――という算段だ。

 カツンカツン――と足音が響く。思ったよりも静かだった。


 今まで歩いてきた区域エリアと比べて薄暗い。

 しかし、見られているような感覚がある。


 囚人たちの部屋は個室になっていて、扉には小窓が付いていた。

 その小窓は、外からでなければ開けられない仕組みになっている。


 それなのに視線を感じるのは、おかしな話だ。

 職員が立ち止まり――ここです――と告げる。


 彼は扉をノックしてから、小窓を開いた。

 格子が付いているため、指や手紙ぐらいしか通すことはできない。


 部屋の奥にはアカリと同じ獣人族の青年がいた。

 赤毛の長い髪にとがった獣の耳。


 座ってはいるが、獣人族にしては長身な部類に入る。


「軍事行動中に命令無視をして、民間人の救助を優先したのはお前か?」


 俺の問いに――あぁん?――不機嫌そうに青年は反応した。

 細身だが目つきが悪いため迫力がある。背は俺より高いだろう。


 民間人と言っても、危険区域に住むのは、少数の力を持たない民族である。

 貴族たちからは、取るに足らない存在と考えられているようだ。


 そのため、戦争に巻き込まれた場合は、軍が助けることは滅多にない。


「ここはガキの来る所じゃねぇーぞ」


 とつぶやく青年。アカリは俺の後ろにいるため、彼の位置からでは見えないはずだ。

 童顔で身長の低い俺に対しての言葉だろう。少し――イラッ!――としてしまう。


「喜べ、俺がお前の新しい飼い主だ」


 俺が告げると天井をあおぐように上を向き――アッハッハ!――と彼は笑う。

 その後、


「笑えねぇー冗談だ」


 そう言って立ち上がると、俺を見下ろすようににらみつけてくる。

 実際、相手の方が頭一つ分、俺よりも背が高いので仕方がないが――


(笑ったじゃないか……)


 この手合いは力尽くで、言うことを聞かせるのが手っ取り早そうだ。

 俺は――フンッ!――と表情を変えずににらみ返す。

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