第21話 センリ:学園(4)


「嫌な風だね――どうやら再び、この王都に危機が迫っているみたいだ……」


 そんなことをつぶやいたようだが、俺以外には聞こえてはいない様子だ。

 漆黒のローブにつばの広いとんがり帽子。


 一番、魔法学園の生徒らしい格好なのだが、なぜか周囲からは浮いている。


「とうっ!」


 そんな掛け声と共に、外灯から飛び降りようとしたのだろう。

 次の瞬間には下を見て怖くなったのか、飛び降りるのを躊躇ちゅうちょする少女。


 それを誤魔化すようにローブをひるがえすと〈飛行魔法〉を使い、制服のスカートを押えながら、ゆっくりと着地した。左手と左目には包帯を巻いている。


(そっち系か……)


 思わず、額を手でおおう仕草をする俺に対して、


「只者ではありません!」


 と嬉しそうにはしゃぐソフィア。俺のそでを引っ張らないで欲しい。

 その反応に気を良くしたのか『魔女っ』は、


「我が名はジゼル――〈魔炎竜〉の担い手であり、黒炎を従える者!」


 と華麗にポーズを決めた。普段から鏡の前で練習しているのだろう。

 パチパチとソフィアを含め、数名が拍手をした。


(どうしよう……)


 単純に――学園の問題児を押し付けられた――そんな気がしてきた。

 さて、どう切り出したモノか? 俺一人だったら、悩む所だが、


「まあ! 〈魔炎竜〉ってなんですか?」


 どうして、あんな所にのぼっていたのですか?――と質問を浴びせるソフィア。

 同時に少女が包帯をしていることに気が付いたのか、


「あら、怪我をしているのであれば〈魔法〉で治療しますよ?」


 心配そうに声をかける。単なる善意と好奇心だろうが効果は抜群のようだ。

 ジゼルと名乗った少女は一歩後退する。怖気づいたのだろう。


 だが、思い直し踏み止まると、


「一度に聞かないでくれ――〈魔炎竜〉とは我が体内に封じられし……」


 黒き炎の魔物だ!――バサッと音を立て、ローブをひるがす。

 本人は格好を付けたつもりのようだが、


「体内に魔物がいるのですか? 病院の手配をしなくては……」


 あら、大変⁉――とソフィア。ぐぬぬっ……とジゼルは歯痒はがゆそうにする。

 しかし、すぐに切り替えると、


「その必要はない。我は忙しいのだ――この街に危機が迫っている」


 そう言い放つ。『街の危機』などと言うモノだから、


「まあ、それは大変です! 詳しくお聞かせください」


 ソフィアは更に前のめりになる。真摯しんし眼差まなざししでグイグイと迫った。

 ここまで興味のある反応をされたことはないのか、ジゼルの目が泳いだ。


 軽く罪悪感でも覚えたのだろうか?

 まあ、美少女に見詰められたのでは仕方がない。


 単純に急に恥ずかしくなっただけだろう。


「ゼルちゃんは高い所にのぼって、風を感じることで……」


 これから起こる出来事を予測できるんですよ――とユナ。

 フォローのつもりだろうが、追い込んでいるようにも見える。


 案の定――そんなことも出来るのですね!――ソフィアは口元に手を当ておどろく。


「クックック……〈魔力〉の流れを読めば、造作もないことよ」


 などとジゼルは手で顔を覆うようなポーズを取り、格好を付ける。その言葉に、


「まるで救世主様みたい」


 とソフィアは喜んだ。

 先程、ユナの〈魔力〉を感知したことを言っているのだろう。


 あれは契約による影響だと思われる。

 俺をジゼルと一緒に扱うのは止めて欲しいのだが……。


 いや、彼女が『嘘を言っている』と判断するのはまだ早い。

 ここは様子を見るべきだ。


「俺とは違って――視覚でとらえる――ということみたいだな」


 同レベルの扱いをされないように予防線を張る。

 それと同時に、詳細を確認するための言葉を選んだ。そんな俺の台詞セリフに、


「でも、片目しか見えていないのに不思議ですね?」


 あごに人差し指を当て、ソフィアは首をかしげる。


「フンッ、この目は〈魔力〉を感知するためにわざと封じているのだ」


 より集中するためにな!――そう言って、ジゼルは包帯をしている瞳を押さえた。


「〈魔力〉の流れはそちらの瞳で見ているのですね」


 ソフィアは――なるほど――と納得する。しかし、


「でも、それでしたら、もっと高い場所から見渡した方がいいのでは?」


 当然の疑問を口にする。

 流石さすがに学園の外灯の上から街全体を把握するのは無理があるだろう。


なにを言っている? 今は授業中だぞ」


 ジゼルは急に真面目なことを言い出した。

 白けるようなことを言ったので、空気が変わる。それに気が付いたのか、


「クッ! 静まれ我の腕よっ……‼」


 と言って、ジゼルは苦しそうに包帯をしている腕を押えた。

 どう考えても、誤魔化したようにしか見えない。


「気を付けてください、ゼルちゃんの黒炎が暴走します」


 とユナ。多分、本気で言っているのだろう。

 頃合いを見て――ふぅーっ、危ない所だった――ジゼルは額を拭う仕草をする。


「〈魔炎竜〉……どうやら、危険な存在のようです」


 ソフィアはかすかかにふるえながらつぶやく。

 しかし、同時に納得したようだ。両手を合わせると、


「実は、お願いしたいことがありまして――」


 と護衛騎士プリンセスガードへの勧誘を始めた。

 どうやら、彼女の琴線きんせんに触れたようだ。


「ん? 我が盟友であるユナと一緒なのか?」


 よかろう――とジゼルはすぐに同意する。

 まさか、部活の勧誘と勘違いしているのではないだろうか?


 心配になってきたが、ユナが嬉しそうにしているので黙っていることにする。

 同じ学園の生徒がいた方がユナも気が楽だろう。

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