第18話 ソフィア:学園(1)


 学園への登校中に、


「あわわわわわっ!」


 ユナは壊れた機械のように一定のリズムで声を上げ、ふるえ出した。

 私のサプライズが余程、嬉しかったようだ。


「大丈夫か?」


 と救世主様の問いに対し、彼女はフルフルと首を横に振ると、


「ワタシが副隊長⁉」


 とおどろく。ユナなら問題ないはずだ。

 小柄で可愛くて、真面目まじめな性格をしている。


 〈魔力〉にいても『一般人より高い』とされる貴族と比べて遜色そんしょくない。

 ユナを副隊長にというのは救世主様の案だ。彼は続けて、


「俺になにかあった場合は、お前が指揮をってくれ」


 と伝える。さすがは救世主様だ。

 彼女の才能に気付いているのだろう。


 するとどういう訳か、ユナは再び固まってしまった。そんな彼女に、


「ユナの言いたいことは分かっているつもりだ」


 と救世主様が優しく声を掛ける。女性のあつかいにも慣れているようだ。

 当然、私にも見当は付いている。


 こういう場合、女性が気にすることと言えば――


「『二つ名』の心配ですね!」


 私は両手を合わせ、声を上げる。

 年頃の女の子なら、誰しもが一度は通る道だ。


 『二つ名』――それは青春にいて、欠かすことは出来ない称号。


「〈淡雪あわゆきの魔女〉というのは、いかがでしょうか?」


 私は今しがた思い付いた『二つ名』を提案する。

 当然、ユナの好みもあるので、


勿論もちろん、気に入らなければ……」


 変えて頂いても構いません――と付け加える。

 考える時間が必要かもしれない。私は、


「救世主様の『二つ名』はどうしますか?」


 と確認を取る。彼は一瞬、困ったような表情をしたけれど、


「その『救世主』というのが『二つ名』じゃなかったのか?」


 逆に質問されてしまった。


「私にとっての『救世主』様という意味ですので『二つ名』ではありませんよ?」


 おかしなことを言う救世主様だ。

 困ったモノである。


「そうか……」


 理解してくれたのか、彼はそう告げると、


「じゃあ、俺の分も考えてくれ……」


 頼む――と言われた。

 どうやら、救世主様は考えるのが苦手なようだ。


 そして同時に、私が頼られていることを意味する。

 嬉しさのあまり、ついニヤニヤとしてしまった。


 魂の名前とも言える『二つ名』。それを『決めてくれ』ということは――最大級の信頼の証――と言ってもいいはずだ。


『…………』


 気が付くと、救世主様とユナが私に対し、温かい眼差しを向けていた。

 これは――期待されている!――と取るべきだろう。


「なるべく、短いヤツを頼む」


 救世主様が付け加える。

 コホンッ!――と私はせきばらいをすると、


「思い付きました! 救世主様の『二つ名』は〈黒き流星〉です」


 と発表した。私を助けてくれた漆黒。『白銀』の世界を駆け抜ける光。

 それが、御祖母おばあ様から聞いた流星を連想させた。


 夜空を流れ、人の想いを運ぶと言う、一瞬の輝き。


「良かった……思ったよりも――いや、了解した」


 と救世主様。気に入ってくれたみたいだ。

 一方で、ユナもなにか思う所があるらしい。


「……」


 黙って救世主様を見詰めていたかと思うと、


「〈魔王〉……様?」


 そんなことをつぶやく。

 確か、魔人族であるユナにとって、特別な名称であるはずだ。


 確かに、それも救世主様には相応しい『二つ名』だろう。

 救世主様が、いつものクールな眼差しで私を見詰める。


(もしかして、意味を問われているのかしら?)


「す、すみません!」


 ユナはなにかを感じ取ったのか、そう言ってうつむく。

 救世主様はその場でかがむと、彼女の顔をのぞき込むように見上げた。そして、


「謝る必要はない」


 それより、教えてくれないか?――と告げる。

 やはり、ユナが口にした〈魔王〉について知りたいようだ。


 ユナは口をパクパクと動かしていたけれど、やがて、


「その、ワタシにとっての救世主は魔王様……」


 だから――と恥ずかしかったのか、絞り出すような声だ。

 どうやら、私の考えた『二つ名』が嫌だった訳ではないらしい。


 一安心。それを聞いた救世主様は、


「分かった」


 そう言って立ち上がると、ユナの頭をでた。


「いつか、ユナが自信を持って、そう呼べるように努力するよ」


 微笑ほほえむ救世主様。

 私が考えた『二つ名』を聞いた時よりも、嬉しそうなのは――


(気のせいかしら?)


「じゃ、改めてよろしくな――副隊長」


 救世主様が声を掛けると、ユナは再び固まってしまう。

 私の考えた『二つ名』の方で、呼んで欲しかったのかもしれない。


 心配になって、彼女の顔をのぞき込むと、


「ワ、ワタシには――無理ですよ……」


 そう言って、首をフルフルと左右に動かす。

 なにやら、今にも泣き出しそうだ。


 困りました――と言って、私は頬に手を当て溜息をく。


「私にはユナしか、頼りに出来る友達はいません」


 そんなことをつぶやくと、


「あ、アカリさんが居るじゃないですか……」


 とユナ。当然の意見なのだけれど、


「アカリは軍の所属なので、手続きが色々と大変なのです」


 また、三人で仲良く出来ると思っていたのに残念である。


「お願いです、ユナ……」


 貴女あなたしかいません――私はそう言って、いのるように両手を組む。

 そして、彼女の瞳を見詰めた。


「う、ううっ……」


 とユナは声をらすと、困ったような表情をする。

 どうやら、もう一押しのようだ。


「俺としても、ユナがそばに居てくれないと困る」


 救世主様が後押しをしてくれる。


「はうっ!」


 ユナは声を上げると顔を真っ赤にした。そして、


「わ、分かりました……」


 と了承してくれた。ヤッター!――と両手を上げる私に対し、


「誰かに見ていてもらわないと心配だからな……」


 お前が指揮をってくれ――救世主様はつぶやく。


「そ、そういう意味だったんですね……」


 とユナ。二人はなにか通じ合った様子で、私を見詰めていた。

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