第13話 センリ:病院(3)


 アカリの様子を見ていると、ソフィアに『いいように言いくるめられている』ようにしか見えない。都合よく利用されていないか、心配になってくる。


「嫌なら別に……」


 いいんだぞ――と俺が言い掛けると、


「い、嫌じゃない!――です。ただ、アタシ……その獣人で……」


 嫌じゃないですか?――アカリはうるうるとした眼差まなざしで俺を見詰める。

 むしろ、耳や尻尾をさわってみたい所だ。


 だが、それを正直に伝えるのは違う気がする。


「特に気にしない……」


 俺は短く答えた後、


「お日様のにおいがするな」


 とつぶく。いいにおいがする――と言うと気持ち悪がられるかも知れない。

 俺なりに配慮はいりょしてみたつもりだが、問題なかっただろうか?


「お、お日様ですか?」


 アカリは不思議そうに首をかしげていたが、


「それって、いいにおいってこと?」


 と聞いてくる。

 質問に答えるだけなのに、なんだかいけないことをしている気になってきた。


 彼女が純粋で無防備な所為せいだろう。


「そうだな、アカリが居てくれるだけで……」


 元気になった気がする――俺はそう答える。


「あはは☆」


 そうかな――とアカリは微笑ほほえんだ。

 危なく、変な空気になる所だったが、セーフだったらしい。


 正直、先刻の〈魔導兵器〉を相手にしている方が楽な気がしてきた。

 やはり、女の子の相手は気を遣う。


「では、私たちの三人の中でなら、誰のにおいが一番お好きですか?」


 とソフィア。


「お前は黙っていろ」


 俺は即答した。どうにも、彼女との会話は皇女殿下を思い出す。


「そ、そんな……」


 しゅん――と落ち込むソフィア。だが、今の質問は彼女が悪い。

 そのはずなのだが、どうにも『俺が悪いことをした気分になる』から不思議だ。


(美人はずるいな……)


「ソフィアのお陰で、だいぶ楽になってきた」


 俺がそうつぶやくと――まあ、それは良かったです♡――と彼女は笑顔になった。

 現金なモノだ。花が咲くような笑顔を見せられては、なにも言えなくなる。


(やはり、美人はずるい……)


「救世主様?」


 どうなさいました?――とソフィアが心配そうに俺の顔をのぞき込んだ。

 俺が再び『具合が悪くなった』とでも思ったようだ。


 こうも可愛い女の子たちにくっつかれて、気分が悪くなるはずもない。

 それより、問題なのは呼び方だろう。


「その『救世主様』というのを止めろ……」


 さっきも言ったが、俺は――と言い掛けると、


「クロキ・センリ様ですね」


 ソフィアはニコニコと答える。まるで主人にめて欲しそうな忠犬のようだ。

 さて、どうしたモノか――と考えつつ、結局、無難な回答をすることにした。


「分かっているならいい……」


 そんな俺の台詞セリフに対して、


「はい、救世主様♡」


 とソフィアは笑顔で返すのだった。アカリとユナが苦笑する。

 これは手強そうだ。


 多少は元気になったので、俺は三人に退いてもらうと立ち上がった。

 今度は大丈夫そうだ。


 ユナが心配そうに俺を見詰めていたので、手をつないでもらう。


「腹が減ったな」


 病室から出ても問題ないのか、確認する意味も込めた俺の台詞セリフに、


「つまり、私とデートがしたいのですね♡」


 とソフィア。どういう発想なのか、分からない。


「俺は標準語を話せているか?」


 アカリに確認してみると、


「大丈夫だよ」


 あはは☆――と彼女は笑顔で答える。

 どうやら、おかしいのはソフィアのようだ。


 俺と一緒に『食事をしたい』という解釈をすればいいのだろうか?


「外に出るなら、まずは着替えたい所だが……」


 その前に洗面所の場所を聞く。

 口をゆすぎたいのと、今の自分を鏡で確認しておきたい。


 筋力はおとろえているどころか、強化されているような気がする。

 これが〈ディアボロス計画〉の結果なのだろうか?


 さすがに洗面所の中まで、付いて来てもらう必要はない。ソフィアには着替えの準備をお願いし、付いて来てくれたアカリたちには、待っていてくれるように頼む。


 ここは大きな病院のようで、他にも患者は大勢いるようだ。

 ユナに確認すると『王立の病院』とのことらしい。


 軍人や貴族の連中も来るそうだ。未だ自分の置かれている状況が分からないので、下手に関わらない方がいいだろう。


 洗面所は〈魔石〉に〈魔力〉を与えることで、水を生成するシステムのようだった。俺は口をゆすぎ、顔を洗うと鏡を見詰める。


 そこには、改造手術を受ける前となんら変わることのない自分の姿があった。


(髪が少し伸びたくらいか……)


 前髪をつまみ、引っ張ってみる。


「切ってもらう必要がありそうだな……」


 正直、一人になって色々と考えたい所だが、あまり待たせても悪い。

 いや、大きい方だと思われるだけか――俺は早々に、洗面所から出る。


「待たせた」


 と俺は言って、病室へと戻る。ユナが手を引いてくれた。

 少なくとも三人の少女たちは俺の味方のようだ。


 アカリに髪のことを相談すると『切ってくれる』という話になった。


「そうか、助かる」


 俺は礼を言うと――任せてヨ☆――とアカリ。

 丁度、病室の前へと戻って来た時だった。


 なにやら中が騒がしい。

 俺は二人に待つように告げると、一人で中に入った。すると、


「姫様、お戻りください!」「嫌です!」


 恰幅かっぷくがよく、身形みなりの整ったひげのおっさんがソフィアの手をつかんでいた。

 護衛と思われる兵士が二人と秘書のような眼鏡をかけた女性も一緒だ。


 面倒な状況にしか見えない。

 俺は見なかったことにして、回れ右をしたのだけれど、遅かったようだ。


「救世主様!」


 とソフィアが俺の腕をつかむ。

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