第12話 センリ:病院(2)


 やがて、意を決したかのように彼女は俺の方を向くと、


「あ、あの……はしたない女だと思わないでください」


 そう言って、目をつぶったかと思うと唇を突き出した。

 つまり、口付けをすることで〈魔力〉が回復するようだ。


 医療行為と思えば断る理由もない。

 自分をしたってくれる女性からの有難ありがたい申し出とも言える。


 しかし――ぜんわぬは――と言うが、そんな気分にはなれない。

 すでに取り返しのつかない状況だ。


 もし、キスをしてしまえば、より深みにまりそうな気がする。

 そもそも、彼女が何者なにものなのかも分かってはいない。


 上手うまく断る方法はないか?――と思案していると、病室の扉がノックされた。


「ソフィア、居る?」「お邪魔します」


 扉が開くと同時に、二人の少女が入って来る。

 そして、俺と彼女の状況を見ると――


「わぁーっ!」


 と声を上げ、猫耳の少女は両手で顔をおおう。

 俺が目覚めた時、そばに居た少女だ。もう一人の小柄な少女の方は、


「お、お邪魔しました」


 そう言って、そそくさと帰ろうとする。

 どうやら、免疫めんえきがないらしい。


 一方で、ソフィアと呼ばれた女性は嬉しそうに、胸元で両手を合わせ、


「二人とも、丁度いい所に来てくれました」


 と微笑ほほえむのだった。


なんだろう? 状況がより面倒になった気しかしない……)


 自己紹介もそこそこに、俺はベッドの上に座らせられる。

 そして、ソフィアはアカリとユナに耳打ちをした。


 二人ともおどろいていたが、意を決した様子で俺に近づいてくる。


(そこまでおびえなくてもいいと思うのだが……)


 女子にそういう反応をされるのは、いささかショックである。

 しかし、彼女たちはおびえていた訳ではなかった。


 ソフィアとアカリが俺をはさむ形で座り、ユナがひざの上に乗る。

 いったいなにが始まったのだろう?


 ソフィアは俺に耳打ちをする。くすぐったい。


(別に、普通に話してくれれば良くないか?)


 ソフィアの話によると俺の〈魔力〉を回復するには『接触するのが効率的だ』と言う。ただ、それを行えるのは、契約したマスターだけらしい。


 つまり『ソフィア』『アカリ』『ユナ』の三人だけだ。

 俺には彼女たちの〈魔力〉が必要となる。


 よって、触れ合う必要があった。それは理解したのだが――


「あ、あの……」


 重たくはないでしょうか?――とユナ。

 ソフィアに言われるがまま、俺のひざの上に乗っている。


 嫌という訳ではなく、単にずかしいようだ。

 ユナは顔を真っ赤にしながら、俺に質問した。


 小柄なため幼く見えるが、年齢は十六だという。


「問題ない……」


 むしろ軽過ぎるくらいだ――と俺が答えると、


「はい、すみません」


 なぜか彼女はうつむいたまま謝った。

 手持ち無沙汰ぶさたなのか、足をブラブラとさせる。


 正直、頭をでたくなる衝動しょうどうられたが、今は両手がふさがっていた。

 その理由は、


「あ、あのー、ソフィア……」


 と猫耳少女のアカリ。俺の左腕に抱き着いている。

 こちらも顔を真っ赤にしていた。


 今にして思えば、裸を見られてしまっている。

 その所為せいもあって、俺が男であることを余計に意識させているのかもしれない。


 生命維持装置から目覚めた俺に――お願い、ソフィアを助けて!――と懇願こんがんしたのは彼女だ。


 耳は猫耳のため『耳まで真っ赤』なのかは分からないが、緊張しているのは伝わってくる。


 ソフィアの言うことに対しては、素直に従っているようだ。

 そのあたり、猫というより、犬っぽい気がする。


 ただ、三人の中では常識の概念がいねんが俺に一番近いようだ。

 ここは病室のベッドの上で、俺は男である。


 医療行為という言葉に納得はしたモノの、異性に接触するのは抵抗があるらしい。


なに、アカリ?」


 とソフィアは答える。とぼけているのか……いや、天然なのだろう。

 先程の説明の際は『四人で一緒に寝てもいいですよ』と言っていた。


 さすがに、それはぎである。

 俺は――今度な――と遠回しに断っておいた。


(やれやれだ……)


 しかし、今後も彼女たちの〈魔力〉が不可欠となる。

 付き合って行くうえで、ソフィアの言動には注意が必要だ。


「い、いつまでこうしていれば……」


 とアカリは疑問を述べた。

 俺の〈魔力〉が回復するまで――と言いたい所だが、無理強いは良くない。


 ただ、現状のままだとトイレに行くのも、ままならない。

 試しにソフィアに確認すると笑顔で尿瓶しびんを取り出す。


 正直『キスをしようか?』と本気で考えてしまった。

 長い間、眠りについていたとはいえ、俺の精神年齢は十代だ。


 さすがに女の子に下の世話をされるのはキツイ。


「悪いが、もう少しだけ我慢してくれ」


 と俺はアカリにお願いする。

 彼女は『仕方がないか』といった表情で苦笑した。


 しかし、このハーレム状態をいつまでも続ける訳にも行かない。

 俺の理性にも限界はある。

 

 ただ、体調が良くないうえに動けないのでは、ヌイグルミの気分に近い。

 ある意味、俺が遊ばれているだけのような気もする。


「いえ、嫌な訳じゃなくて……」


 アカリは耳をピコピコと動かし、尻尾を揺らした。

 困っているが、喜んでいるようにも見える。


 一方で、そんなアカリの心情をさっすることが出来ないのか、


「アカリ、彼は病人なのよ……」


 これは治療なの、頑張って!――とソフィアは現状維持をうながす。

 間違ってはいないが、女性として、それでいいのかは気になる所だ。


「治療――そ、そうだよね……」


 頑張るよ!――とアカリ。

 俺としても尿瓶問題――いや、死活問題なので、その回答は助かる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る