第二章 白銀の世界で

第11話 センリ:病院(1)


『センリ――おい、センリよ……起きぬか』


 気が付くと、ベッドの上に居た。白い天井に消毒薬の臭い。

 どこか懐かしい気がする。


(そうか、夢か……)


 どうやら『学校の保健室』での夢を見ていたらしい。

 彼女が無茶をする所為せいで、護衛の俺はよく倒れていた。


(小生意気な少女ガキだったな……)


 『白銀』が攻めてさえ来なければ、普通に学園生活を送れていたのだろう。

 皇女殿下を守るため『ディアボロス計画』に参加した俺だったが――


(守れなかったな……)


 それだけは理解できた。いや、最初から気が付くべきだった。

 皇女殿下の性格を考えるのなら――


(俺たちを死地へ向かわせるはずがないか……)


 俺が生きている――ということは『なんらかの方法』を見付けたのだろう。

 それは勝つための方法ではなく、生き延びるための方法だ。


 白いカーテンが揺れ、心地良い風が吹いていた。

 一旦、落ち着こう。まずは自分の置かれている状況を確認すべきだ。


 ここは『学校の保健室』という訳ではない。

 『軍の医務室』か『病院の一室』といった所だろう。


 思考を巡らせたいが――どういう訳か、頭がガンガンする。

 俺は頭を押さえつつ、上半身を起した。


 そこでようやく、横で眠る女性の姿に気付く。


「……っ!」


 かろううじて、声を上げることはしなかった。

 いや、出来なかった――と言うのが正しいだろう。


 頭痛もあったが、どうにも身体が重い。

 まるでドロドロとした重たいモノが、全身にまとわり付いているようだ。


 自分の身体ではないような違和感がある。混乱する俺を他所よそに、ベッドの上では、安心しきった表情で金髪ブロンドの女性がスヤスヤと寝息を立てていた。


 その容貌ようぼうは美しく、人をまどわす妖精のようだ。

 起こすのは忍びない。だが、今は情報が欲しい。


「おい、起きろ……」


 俺は声を掛け、肩を叩く。

 すると気が付いたのか――う~ん――と軽いうめき声を上げ、目を開いた。


 青く輝く蒼玉サファイアの瞳。

 彼女は寝惚ねぼまなこのまま、上半身を起こすと、じっと俺を見詰める。


「…………」


 しばしの沈黙をて、ようやく意識が覚醒したようだ。

 女性は――ハッ!――とおどろき、目を大きく開けた。


 その後、蒼玉サファイアの綺麗な瞳で俺を見詰めたかと思うと、笑顔で抱き付いてくる。

 抱き付かれる理由に心当たりはないが、不調のため、ける余力もない。


「救世主様!」


 なにがそんなに嬉しいのか、彼女は俺に抱き付いたまま、顔をスリスリと擦り付ける。まったくって、意味不明な状況だ。


「そのせつはありがとうございました」


 彼女はそう言うと顔を上げ、瞳を輝かせて、俺を見詰める。

 正直、鬱陶うっとうしい。俺は彼女の額に手を置くと、そのまま引き離した。


「ああんっ♡」


 と変な声を上げる女性。ますます頭痛がひどくなりそうだ。

 彼女は再び俺に抱き付こうとしたが、俺は気にせず、ベッドから降りた。


 入院服だろうか? 見覚えのない服を着ている。


「おい、ここは――」


 どこだ?――そう声を上げようとして、急に力が抜ける。

 俺はその場にひざいてしまった。


(どういう訳だ? 力が入らない……)


「大丈夫ですか⁉ 救世主様……」


 ベッドの上で四つんいになって、心配する女性。

 彼女はベッドから降りると、俺へと手を差し伸べる。


 俺は彼女の手を取り、なんとか立ち上がった。

 不思議な感覚だ。


(彼女に触れていると身体が楽になる……)


「無理をしないでください……」


 まだ〈魔力〉が回復していません――そう言って、俺の腕にギュッとしがみ付く。

 俺が『男性だ』ということも関係ありそうだが、心地良い。


 身体が楽になったからか、同時に疑問がく。


(……〈魔力〉?)


 聞き覚えのない単語に質問をしようとするも、身体がだるいままだ。

 そんな気力はなかった。


 貧血に近い気もするが、重たい拘束具こうそくぐを着けられている――

 そんな感じとも言える。


「ですから、こうして私の〈魔力〉を供給しているのです」


 女性はそう言うと、ピタリと俺に寄りう。

 介護されている――と言うより、恋人同士のようだ。


 段々と記憶がよみがえる。

 黒いひつぎから目覚めた俺は、猫耳の少女に懇願こんがんされ、彼女を助けた。


 誰に教わった訳でもないのに、言葉や武器の使い方が分かる。

 頭痛は、その所為せいかもしれない。脳が血液えいようを欲しているのだろうか?


 俺の中に『白銀』に対して、忌々いまいましく思う気持ちがあったのは否定しない。

 怒りに任せて『白い〈魔導兵器〉』とやらを撃破した。


 よって、彼女を助けた理由は、決して善意だけではない。

 ただ感情のまま、あの武器ちからを使ったことを少しだけ後悔する。


 目覚めたばかりで『力の根源』を理解していなかった。


(どうやら、それが〈魔力〉というモノらしい……)


 危険な力のようだが、今は考えている余裕はない。

 詳しいことについては後で説明してもらおう。


 少なくとも〈魔力〉を回復するためには彼女との接触が必要不可欠らしい。


(そういう意味があったのか……)


 確かに、指先が動くようになってきた。

 だが、このペースではぐに動けそうにない。


 歩き回るのは断念した方が良さそうだ。


「もっと、効率のいい方法はないのか?」


 今は問題ないが、人前でも、この状態では恥ずかしい。

 俺の問いに、彼女はうつむく。


 考え込んでいるのかと思ったが、恥じらうようにモジモジとしていた。

 変な質問をしてしまったのだろうか?


 彼女の姿が、なぜか皇女殿下と重なって見えた。


(嫌な予感がする……)

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