第10話 ソフィア:王都(4)


(今の内に、アカリたちが逃げてくれているといいのだけれど……)


 『天使』が私目掛けて突撃して来た。

 私は風の〈魔法〉を使い、一気に上を目指す。


 どうやら、相手は飛行能力になんらかの障害が発生しているようだ。

 先程から動きがおかしい。


 階段を上り切った先の出口は暗く閉じられていた。

 そのため、風の〈魔法〉の出力を上げて吹き飛ばす。


 バンッ!――と音を立て、扉が外れる。

 建物自体がもろくなっているらしい。


 『時計台』の中のようだけれど、すでに破壊され、空が見えている。

 そのため、どこに出たのか、よく分からない。


 少し無理な〈魔法〉の使い方をしてしまった。

 出来ることなら一息ひといききたい所だったけれど……。


 ――ズシャァァーッ!


 大きな音を立て『天使』が地下から飛び出してきた。

 機能は低下しているようだけれど、まだまだ戦闘は行えるらしい。


 しかし、これでアカリとユナからは引き離すことが出来た。

 少しだけ安心する。


 一方で王都の兵士たちによる『天使』への攻撃がない。

 私の存在を確認したからだろか?


 『天使』自体も、なぜか大きな〈魔法〉を使う様子はなかった。

 やはり『救世主』様の破壊が目的ではないようだ。


 だったら、なぜ、このタイミングで王都に現れたのだろう。

 いずれにしても、王国の兵士たちは動けずにいるようだ。


 自力でなんとかするしかない。

 私は再び、風の〈魔法〉を使用すると後方へと飛退とびのいた。


 やはり飛行能力に問題があるのか、『天使』は昆虫のような足を生やしている。

 鋏型のアームといい、益々もってかにのようだ。


 私は瓦礫がれきを使って隠れるように移動した。

 けれど、相手も私の動きに合わせて、身体を回転させる。


 視覚ではなく〈魔力〉で私の位置を特定しているようだ。

 広範囲に及ぶ攻撃をしてこないのは助かる。


 しかし、居住区へ向かわせる訳には行かない。

 今の所、狙いは私のようだ。


 この場から離れるのは、得策ではない気がする。

 私は『天使』の周囲をグルグルと回るように移動した。


 すると、何人なんにんかの兵士たちが現れ、私をかばうように〈魔法攻撃〉を行う。

 しかし『天使』に対して、有効とは言えないようだ。


 『天使』の前では〈魔法〉が上手く使えないらしい。

 火や雷の〈魔法〉は効果を打ち消されてしまう。


 『天使』は鋏型のアームを振り回すと、兵士たちをぎ払った。

 うわぁっ!――という声とともに、兵士たちは宙を舞う。


 同時に『天使』は私へと狙いを定めていた。

 もう一方からも、鋏型のアームを出現させる。


 そして、狙いを定めて射出した。

 どうあっても、私を捕まえたいらしい。


 鋏が飛んで来るとは思っていなかったので、油断していた。

 そのため、私は兵士たち同様、衝撃で飛ばされてしまう。


 地面を転がる破目になる。

 倒れて動けずにいる私に対し『天使』はゆっくりと近づく。


 アームを器用に動かし、私をつまみ上げた。

 『天使』の能力なのだろう。〈魔法〉が使えない。


(これまでね……)


 死を覚悟した私だったけれど――


 次の瞬間――キュイーン!――漆黒が放たれる。

 圧縮されたエネルギーだ――ということはだけは理解できた。


 けれど、それが『地下からの放たれたモノだ』ということまでは、頭が回らない。

 私には考える余裕がなかった。


 ただ――大きな影が横切った――という認識だ。

 次の瞬間には『天使』が開けた大穴から、私は地下へと落下していた。


 何者なにものかの攻撃により『天使』の腕が切断されたことにも気付かない。

 悲鳴を上げるひますらなかった。


 本当に死ぬんだ――ただ漠然と死を受け入れる。しかし、


「大丈夫か?」


 と青年の声。私は――ギュッ!――と目をつぶり、衝撃にそなえていた。

 それが、いつの間にか、抱きかかえられている。


 落下は続いていたけれど、私はゆっくりと目を開ける。

 そこには見慣れない黒髪の少年がいた。


 彼が助けてくれたのだろうか?

 先程の声は、大人びて聞こえたのだけれど、気の所為せいだったようだ。


「え、ええ……」


 と私は答える。同時に彼は地面へと着地する。

 衝撃は一切ない。不思議な感覚。


 しかし、それよりも、彼の言葉は御祖母おばあ様の祖国のモノだった。

 ならいい――と少年は笑う。


 その声はやはり先程、聞こえたモノと同じだった。

 どうやら、彼は童顔なだけのようだ。


 少年――いや、青年は目つきをするどくして、空を見上げる。

 その表情に――トクンッ!――と私の心臓がねた。


 彼に助けてもらった所為せいだろうか?

 どうやら、カッコイイと思ってしまったらしい。


 青年はするどい目つきのまま、


「逃がすかよ……っ!」


 そう言って、黒い刀剣型の〈魔法杖〉を構える。

 〈魔法杖〉は銃剣型に姿を変え――そして、銃型へと変形した。


 『天使』を狙い撃つ気らしい。

 腕を伸ばし、銃型の〈魔法杖〉を構え、引き金トリガーを引く。


 同時に、地上に居る『天使』へと向かって黒い光が放たれる。

 私を救った影だ。どうやら、さっきも彼が助けてくれたらしい。


 ただし、威力は先程の一撃を遥かにしのいでいた。

 黒い稲妻のようにも見えたそれは、一瞬にして『天使』を消し去る。


「しまった……」


 とは青年。彼は私を抱きめていた腕を離し、両腕をダラリとさせる。手に持っていた〈魔法杖〉は、描かれた〈魔法陣〉の中へ吸い込まれるように消えた。


「出力を間違えた」


 そう言って、彼は私の胸へと顔を埋める形で倒れる。

 これでは立場がさっきと逆だ。


 同時に彼が裸であることにも気が付く。

 一瞬、おどろいてしまう。


 けれど、生命維持装置の中に入っていたのなら、裸でもおかしくはない。


「もしかして、貴方あなたが『救世主』様?」


 と私は疑問を投げ掛けた。

 けれど、完全に気を失っているようで答えは帰ってこない。


「いえ……『天使』を倒してしまったのなら『悪魔』かしら?」


 そんな冗談をつぶやき、私は微笑ほほえむ。

 ふと、私を呼ぶ声がしたので振り向く。


 彼を目覚めさせるために〈魔力〉を使い切ってしまったのだろう。

 ユナがアカリに背負われている。


 現状、上へ戻る手立ては『助けを待つ』か『私の風の〈魔法〉』だ。

 そのためには、私自身も〈魔力〉を回復しなければならない。


 しかし、どうにも彼に〈魔力〉を吸われている気がする。

 これが――彼と契約した――ということの証なのだろうか?


 どうやら、助けが来るまで、この薄暗い地下で過ごす必要がありそうだ。

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