第6話 アカリ:王都(2)


「ねぇ、大丈夫?」


 ほうけているユナにアタシが声を掛けると、


「あ、はい」


 と彼女は返事をした。良かった、どうやら大丈夫なようだ。

 魔人族の〈魔力〉は高いと聞いてはいたけれど――


(あれほどとはおどろきだよね……)


 恐らく、街中なので手加減したのだろう。

 そのことをかんがみると、この人工林ごと凍らせることが出来たのかもしれない。


 アタシはユナに手を差し出す。

 ソフィアも同様に手を差し出していた。


 一瞬、キョトンとしたユナだったけれど、


「ありがとうございます」


 と言って、アタシたち二人の手を取る。

 よいしょ♪――ソフィアと一緒に、へたり込んでいたユナを立ち上がらせると、


「ソフィアも……ソフィーリア様も大丈夫?」


 相手がお姫様だったことを思い出し、アタシは言い直した。


「ありがとうございます――アカリさん、ユナさんも……」


 ソフィアはそう言った後、少し悲しそうな表情で、


「後、ただのソフィアで結構ですよ」


 と告げた。どうやら、お姫様扱いはいやなようだ。

 わざわざ変装して、護衛も付けずに街へと出掛ける。


 アタシも人のことは言えないけれど、相当な変わり者なのだろう。

 信用できる人間が少ないのかもしれない。


「でも……」


 とはユナで、真面目な彼女らしい。

 しかし、ソフィアはユナの手を包み込むようににぎると、


「二人とも、どうか私のお友達になってください」


 と懇願こんがんする。先程、仮面の男に追い詰められていた時よりも、真剣な眼差しだ。

 それが可笑おかしくて、アタシはつい笑ってしまった。


 首をかしげ――変なことを言ったかしら?――と考えるソフィアに、


「ごめんごめん――て言うか……アタシたち、もう友達だよ」


 ネ☆――とアタシはユナにウインクする。

 彼女も空気を読んでくれたようで、


「そ、そうですよ」


 と同意した。

 ここで否定すると、困っているソフィアを突き放すような態度になってしまう。


「あ、ありがとうございます」


 ソフィアは満面の笑みを浮かべる。

 お姫様といっても、アタシたちと同じ女の子ようだ。


「えっと……さっきの人は誰だったの?」


 アタシの質問に、


「分かりません」


 ソフィアは首を横に振ってから、


「ただ、私を誘拐ゆうかいしようとしていたようです……」


 と告げる。先代の国王――いや、王妃が優秀だったと聞いている。

 ソフィアの祖母に当たる人物だ。


 多種族を嫌う祖父が、珍しくめていたので覚えている。

 二人を失った今の国では、国王の求心力が弱い。


 そのためか、父と兄も最近、忙しそうにしていた。

 内部で、ごたついているのだろう。


 ソフィアを失うにしても、新しい旗印としてかかげるにしても――


(色々と利用しやすいんだろな……)


「やっぱり、お姫様だから?」


 とぼけたアタシの質問に、


「そうでしょうね――私は妖精族です……」


 この国を治めるのを面白くないと思う者は多いでしょう――と答える。

 妖精族は長寿のため、政権としては安定するはずだ。


 けれど――現状を変えたい――と思っている種族にとっては辛い日々が延々と続くことになる。そう考えると短命種は強硬手段に出てもおかしくはない。


「ご、ごめんなさい」


 なぜかユナが謝った。彼女が魔人族だからだろう。

 妖精族としては、自分たちに取って代わる存在は好ましくない。


 魔人族が今の政治体制に不満を持っているのは明らかだ。ソフィアは、


「ユナさんのことを言った訳では……」


 そう言い掛けて――いいえ――と首を横に振ると、


「魔人族への差別をなくせないのは、王族の責任でもあります」


 ごめんなさい――そう言って謝った。

 王族が軽々しく頭を下げるべきはないのだけれど――


(まあ、アタシが黙っていればいい話か……)


 軍人の娘としては、どうかと思うけれど仕方がない。


「い、いえ、ソフィアさんの所為せいでは……」


 とユナ。この分では話が長引きそうだ。

 襲撃しゅうげきを受けた場所に長くとどまるのはこのましくない。


「まあまあ……二人とも、その辺で」


 アタシは二人の間に割って入る。

 まずは自分たちの目的を果たすことの方が先だ。


「で、これからどうするの?」


 アタシはソフィアに問い掛ける。

 恐らく、目的は一緒のはずだ。


 軍の〈魔力検査〉の結果、王都へ向かうように指示を受けた。

 先程の戦闘では、普段よりも〈魔力〉を発揮できた気がする。


 父がアタシを『安全な王都へ移動させたかった』と考えていたのだけれど――


(きっと、偶然ぐうぜんじゃないのだろうな……)


 ソフィアは自分の胸元へと手を当てた後、


「祖父が私に残してくれた遺産があります。それを探しに……」


 そこまで言い掛けて、次はポケットに手を入れた。

 しかし、次第に顔が青褪あおざめる。


「あ、あれ?」


 とソフィア。恐らく、探し物はブローチと手紙だろう。

 アタシとユナは顔を見合わせると、


「これ……ですよね?」


 ユナはおずおずと、先程のブローチと封筒を差し出した。


「これです! ありがとうございます」


 ソフィアは――ホッ――とした表情でそれを受け取る。


「手紙はげていたけれど、ユナが修復してくれたよ」


 とアタシは説明しておく。


「アカリさんが一緒だったから、渡すことが出来ました」


 ありがとうございます――ユナはアタシにお礼を言った。

 見付けたのは彼女なのに、おかしな話だ。


 改めて言われると、ちょっと恥ずかしかったのだけれど、


「どういたしまして……」


 とアタシは頭を下げる。そして、


「フフフッ」「あはは☆」「えへへ♡」


 アタシたち三人は、誰からともなく笑った。


「よしっ!」


 最初に言ったのはアタシだ。


「目的地は、この先の時計台だよね?」


 その言葉に――どうしてそれを?――とソフィアはおどろく。


「実はワタシたちもそうなんです」


 とユナ。彼女は学園の〈魔力検査〉で引っ掛かったようだ。

 先程の戦いでも〈魔力〉の調和が出来ていた。


 〈魔力〉の相性が悪いと、上手く〈魔法〉が使えないことがある。

 しかし、そんな感覚は一切なかった。


「では、貴女あなたたちがそうなのかしら?」


 だとしたら嬉しいわ――と花が咲いたように微笑ほほえむソフィア。


「実は私の誕生日に、御祖父様おじいさまがプレゼントを用意してくれると……」


 約束してくれていたのです!――と声を上げた。

 その瞳は宝石のようにキラキラと輝いている。


(別にアタシたちがプレゼントって意味じゃないよね?)


 きっと、お祖父じいちゃん子なのだろう。

 アタシの場合、厳格げんかくな人だったので、祖父のことはあまり好きではない。


 どうしようか?――とアタシがユナへ視線を向けると、


「確か先代の国王は〈魔導技師〉としても有名な御方おかたでしたね……」


 と考え込む。


「ご存じでしたか!」


 再び、ソフィアはユナの手を取った。アタシは、


「取りえず、歩きながら話そうか?」


 二人をうながす。『女三人寄ればかしましい』とは聞く。

 けれど、会話に終わりの気配が見えない。


 そうですね――とソフィア。ユナと手をつないで歩き出す。

 どうにも、この二人と一緒に居ると――


(自分がお姉さんのような気分になってくる……)

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