第5話 ユナ:王都(2)


 周囲を警戒する様子もなく、ソフィーリア様へ近づく仮面の男。

 そこへ――


「とぉーっ!」


 とアカリさん。背後へ回り込み、仮面の男に飛びりをする。

 クハッ!――と仮面の男はり、木へと激突げきとつした。


 痛そう……けれど、今はソフィーリア様の心配をすべきだろう。


「大丈夫?」


 とアカリさんがソフィーリア様に手を貸すと、


「ええ、ありがとう」


 そう言って、彼女は手を取った。

 同時にアカリさんがワタシを見たような気がする。


 彼女は仮面の男を警戒しつつ、ソフィーリア様を後ろにかばった。

 一方で、倒れていた仮面の男の周囲が光る。


 回復用の〈魔法〉が込められた弾丸を使用したのだろう。まだ、アカリさんが与えたダメージが残っているのか、仮面の男は首をおさえつつも立ち上がる。


 さすがにもう、油断はしていないようだ。

 アカリさんは身構えると、銃を警戒しつつ飛び掛かる。


 ぐではなく、狙いが付けにくいように左右へと移動した。

 しかし、仮面の男は冷静だ。銃をおとりに使ったのだろう。


 アカリさんの動きを上手く制限していたようだ。

 飛び掛かったアカリさんだけれど、簡単にけられてしまう。


 そして、足をつかまれた。


「にゃっ!」


 アカリさんが猫っぽく声を上げるも、仮面の男はそのまま、彼女を投げ飛ばす。

 いや、投げ飛ばそうとした。


 腕を伸ばして、アカリさんが木の枝をつかんでいる。

 逆に仮面の男の動きが止まった。


 今だよ!――アカリさんの目がそう言っている気がして、ワタシは咄嗟とっさに〈魔法〉を発動する。


 〈魔力〉を変換する力場である〈魔法陣〉を展開――属性、範囲、威力、速度、効果――を設定。


 先程、手紙を修復した時もそうだったけれど、今日は失敗せずに出来ていた。

 【氷刃撃】アイスブランドを発動する。


 本来は冷気のかたまりを作り出し、相手にぶつける〈魔法〉だけれど、アカリさんを巻き込む可能性があった。ワタシはえて地面を狙う。


 しろな冷気が地面を凍らせながら、まるで生き物のように仮面の男をおそった。

 想定通り、相手の足元を凍らせることに成功する。


 正直、これほどスムーズに〈魔法〉を使えたのは初めてだ。


「えいっ!」


 とアカリさん。つかまれていない方の足で、仮面の男にりを入れる。

 両足が固定されているため、相手は上手くなすことが出来ないようだ。


 アカリさんを離し、両手でガードをする。

 そのすきいて、アカリさんは上へと飛んで逃げ出す。


 クルクルと空中で回転したかと思うと、ワタシたちの前に着地した。

 古武術の構えだろうか? 見たことのない姿勢で構える。


「ユナ……もう一発、行ける?」


 信頼されていることが分かった。そんなアカリさんの言葉に、


「は、はい!」


 今度は手加減する必要はなさそうだ。ワタシは再び〈魔法〉を使う。

 次の瞬間には『氷の柱』を生成し、完全に仮面の男を凍らせた。


 ――と思ったのだけれど。


「す、すごいよ、ユナ……」


 やったね!――とアカリさんが笑顔で振り返る。

 これじゃあ、アタシの出番がないや――という顔をしていた。


「いえ、相殺そうさいされました!」


 とワタシは慌てて答える。完璧だったはずだ。

 失敗した要因は、氷の〈魔法〉を使うことを読まれていたことと――


「相手の〈魔力〉がワタシより、高いです……」


 二人とも、逃げてくださいっ!――とワタシは声を上げた。

 〈魔力〉の制御があるため、二人に声を掛けることしか出来ない。


 ワタシの作り出した冷気を逆に利用されている。

 上手く制御しないと、今度はこちらが全員、凍り付く番だ。


 失敗してしまった。いや、それよりも――ワタシより高い〈魔力〉を持つ――ということは、相手も魔人族なのだろうか?


 嫌な考えが頭の中をグルグルと駆け巡る。

 せめて、二人には逃げて欲しいと思い、ワタシは顔を上げた。


 すると、アカリさんは〈魔力結界〉を展開する。

 医療用の防御魔法のようだ。


 物理防御や魔法反射よりも、空気の流れや振動を防ぎ、気温を一定の状態に保つことに優れている。


 一方でソフィーリア様はワタシの手に自分の手を重ねた。

 〈魔力制御〉を手伝ってくれるようだ。


 下手をすると、周囲の木々を凍り付かせてしまう所だったけれど、キラキラと輝く白銀の霧へと変わる。


 綺麗だった。暴走した冷気はダイヤモンドダストとなって、周囲に散らばる。

 ワタシは行方不明となってしまった兄のことを思い出す。


 泣き虫だったワタシを、いつも兄だけは見捨てないでくれていた。

 だから、そんな兄の力になれるようにと、この王都に来たのだ。


 ワタシの内側から、再び〈魔力〉が湧き上がるのを感じる。

 二人が一緒なら戦える――と心がうったえているようだ。


 相手の次の行動に備えようとワタシは立ち上がる。

 けれど、どういう訳か――


 仮面の男はそれ以上、こちらに近づこうとはしなった。

 林の中に飛び込むと、そのまま逃げてしまったようだ。


「あれ? 逃げた……」


 身構えていたアカリさんは腕を下ろす。一方で、


「助かった……」


 とワタシ。力が一気に抜け、ヘナヘナとその場にへたり込んでしまう。

 そんなワタシにソフィーリア様が――大丈夫?――と声を掛けてくれた。


 これではいったい、どちらが助けに来たのか、分かったモノではない。

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