第一章 悪魔の目覚め

第2話 ソフィア:王都(1)


 強い風が吹き、桜の花弁はなびらが雪のようにう。

 今はき女王であった祖母が、好きだった花だ。


 そのため、この王都周辺では、よく植えられている。

 私は風で飛ばされないように、帽子とスカートを手で押さえた。


 ――折角せっかくの変装がバレてしまう所だった!


 白を基調とした、石造りの整えられた街並み。

 資源の乏しい、この世界では〈魔力〉がエネルギーとして供給されている。


 夜を照らす街灯や移動手段としての車は〈魔石〉や〈魔水晶〉が動力源だ。

 国民へ、安定した暮らしを提供するためには〈魔力〉の供給が不可欠となる。


 いつしか、それを守るのが王族の義務となった。

 そのため、王族には〈魔導技術〉に関する知識を持つ者が多い。


 キャッ!――と女の子の短い悲鳴が聞こえる。

 悪戯いたずらな春の風におどろいたのだろうか?


 風で一枚の紙片が舞う。

 同時に、私の横を一人の少女が駆け抜けた。


 そして、おどろいたことに車道へと飛び出して行ってしまう。

 危ない!――突然の自殺行為に、私は目をうたがった。


 車道を走っていた一台の運送車がブレーキをみ、急停止する。

 人々が注目する中、飛び出した少女が車にかれることはなかったようだ。


 片手で近くの街路樹の枝にぶら下がっていた。

 その姿に私は――ホッ――と安堵あんどの溜息をく。


 一方で運転手が――気を付けろ!――とののしり、再び走り去って行った。


「ご、ごめんなさ~い!」


 あはは――と少女。すでに聞こえはしない謝罪の言葉を運転手へと述べる。

 彼女にとっても想定外の出来事だったようだ。


 やや茫然ぼうぜんとした様子で、運送車を見送る。

 枝をつかんでいない方の手には、一枚の紙片がにぎられていた。


 どうやら、風で飛ばされた紙片を取るために車道へと飛び出したらしい。

 通りすがりの人たちもしばらく足を止め、様子をうかがっていた。


 そして、何事なにごともなかったことを確認すると、次第に興味を無くしたのか、方々に散って行く。


「……よっと!」


 少女が枝から手を離し、地面へと着地したので、


「大丈夫ですか?」


 私は思わず駆け寄り、声を掛けた。

 すると、ほぼ同時に私の後方から、


「ご、ごめんなさぁ~い……」


 と少女のか細い声が聞こえる。

 最初に短い悲鳴を上げたのは、あの子のようだ。


 集まった人々がりなったため、人の流れに逆らう形になり、上手うまくこちらに来ることが出来ないらしい。


 一方で無事着地した少女は衝撃を和らげるため、かがんでいた。

 けれど、こちらを振り向くと、気不味そうに愛想笑いを浮かべる。そして、


「だ、大丈夫です!」


 そう言って、すっくと立ち上がると、


おどろかせてすみません」


 ペコリと頭を下げた。そこで初めて、少女の容姿が自分たちと異なることに気が付く。ピンととがった三角の獣の耳に、ゆらゆらと揺れる尻尾しっぽ


 少女は獣人だった。猫に近いのだろう。

 この王都では、まだ珍しい種族だ。


 身体能力が高く、小柄で素早く動ける――と聞いていたけれど……。

 彼女の動きは、どこか危なっかしい。


 つい声を掛けてしまったけれど、特に用事があった訳ではない。

 こういう場合、どう切り出せばいいのだろうか?


 私が戸惑っていると――ハァハァ――と息を切らせた幼い少女が到着する。

 人混みに揉まれたせいか、髪や衣服が乱れている。


 獣人の少女は、その少女の元へと移動すると、手に持っていた紙片を差し出した。

 紙片は獣人の少女の物ではなく、幼い少女の物だったようだ。


「あ、ありがとうございます!」


 お礼を言い、ペコリと頭を下げる幼い少女。

 そんな彼女に対し、獣人の少女は照れているようだ、


「いやぁ~」


 と言って後頭部をいた。状況から推測するに――先程の風で飛ばされた紙片に獣人の少女が気が付き、拾いに行った――という所だろう。


 『車道に飛び出す』という行為はいただけないが、私は微笑ほほえましく思い、その様子を見ていた。


 すると、獣人の少女は私の視線に気が付き、今度はこちらを向いた。そして、


「ごめんなさい、おどろかせてしまって……」


 あはは――と困った表情の笑顔を浮かべる。


「いいえ、私のことよりも、お怪我けがなどはされていませんか?」


 そんな私の言葉に、獣人の少女は一瞬目を丸くする。

 今度は私がおどろかせてしまったようだ。


 とがった耳をピクピクと動かした後、目を泳がせた。


「えっと……心配されるのはれてなくて……」


 彼女はおどろいてしまったことの言い訳をする。

 獣人種はまだ数が少ない。


 この王都では弱い立場的にあるようだ。

 祖母がかかげた人類統一の思想はまだ、この国に根付いてはいないらしい。


「私の方こそ、差し出がましいことを申し上げてしまって――」


「うんん、心配してくれたんだよネ☆ ありがとう」


 私の言葉をさえぎり、獣人の少女は慌てて両手と首を振った。


「「……」」


 お互いに沈黙した後、目が合うとおかしくなって、私たちはどちらともなく笑った。その様子を、幼い少女が不思議そうに見詰めている。


 私は一旦落着き、本来の目的を思い出すと、


「もう少し、お話しをしていたい所ですが、用事がありました」


 申し訳ありません――と謝る。


「あっ、ごめんなさい! こちらこそ、引き留めてしまって……」


 あ、あのっ!――と獣人の少女。意を決したように、


「アタシは『アカリ』です!」


 そう言って尻尾を立てた。緊張しているのだろうか?

 先程の行動といい、まだ王都にはれていないようだ。


「私は……」


 一瞬、本名を告げて良いものか言いよどむ。

 それから、幼い少女の視線に気が付き、軽く笑顔を向けると、


「ソフィーリアと申します……『ソフィア』とお呼びください」


 スカートのすそつままみ、軽くお辞儀じぎをした。


「お姫様と同じ名前ですよね?」


 わぁっ!――とアカリさん。

 彼女は私にではなく、幼い少女に同意を求めるように言った。


 最初は――姉妹なのかな?――と思っていたのだけれど、どうやら違うようだ。

 幼い少女はコクリとうなずいた後、


「あ、あのっ!」


 と声を上げる。

 私とアカリさんは、同時に視線を向けた。


 そのため、幼い少女はおびえたように一歩下がった。

 けれど、違うとばかりにフルフルと首を横に振る。


 一呼吸置き、意を決したのか、


「ゆ、ユナです!」


 と顔を真っ赤にして告げた。

 どうやら、彼女も友達になりたかったらしい。


 よく見ると国立の魔法学園の制服を着ている。

 真新まあたらしいことから、去年の秋から通っている新入生のようだ。


 ただ『特待生がいる』とは聞いていない。

 彼女の年齢は十五歳である可能性が高くなった。


 見た目が幼いだけのようだ。

 危うく、子供扱いする所だった。


「へぇ~、可愛い名前だネ☆」


 と素直に感想を述べるアカリさん。そんな彼女に対し、


「ユナさんですね。よろしくお願いします」


 私は手を差し出す。

 もしかすると、学園で会うかもしれない。


「こ、こちらこそ……」


 ユナさんは私の手を取り、握手あくしゅに応じてくれる。

 正直、友達というモノにあこがれていた。


 私は、この場から離れることが名残惜なごりおしくなったのだけれど、


「それでは、私はこれで……」


 急いでいるため、後ろ髪を引かれる思いで別れを告げる。


「うん、またね☆ ソフィアさん」


「き、気を付けて……」


 と手を振るアカリさんとユナさん。


「はい、さようなら……」


 私は二人の少女に別れの挨拶をすると、目的の場所へと向かうのだった。

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