もしこの世界に魔法があふれたとして

小鳥 遊(ことり ゆう)

全人類が魔法使いになれるとしたら

 『アマスタルはあなたの魔法ライフをよりよいものに ー株式会社セフィロトー』


都会の電光掲示板には、今の人間には欠かすことのできないアイテム=アマスタルの宣伝がされていた。それを見た子供が無邪気に掲示板を指さしながら父親に対して質問する。


「パパ! あれなに?」


それに対し、父親は彼女の背丈に目線を合わせて自分の腕につけられた奇妙な宝石のついた腕輪を見せる。


「ほら、これだよ。じゅりが10歳になったらつけてあげられる大切なものなんだ。みんなにはね、魔力っていう不思議な力が宿ったんだ。魔力はみんなのために使ったり、自分のほしいものに変えたりできるんだ」


「じゅり、早くそれほしー-! それつけて、自分でくまさん買うー--!!」


親子は笑いながら飲食街のネオンに消えていく。また、一人の男はその親子の様子を見て皮肉な笑みを浮かべて自分のアマスタルを眺めながらつぶやく。



「これがただの魔法の便利アイテムだとは到底思えんけどねえ......」


男は親子とは反対方向の暗い路地の方へと向かっていく。人目を気にするように顔を自分のコートで隠しながら薄暗いバー「れとろ」のドアノブを引いて中に入った。


「ようこそ、日向(ひゅうが) 葵(あおい)様。ご注文は?」


「もしこの世界に魔法があふれたとして、水がワインになることは奇跡か?」


「いいえ、石から力を引き出したものこそがメシアでしょう。どうぞ、こちらへ」


日向 葵と呼ばれた男は、バーテンの店主の足元にある地下への秘密階段を通り、怪しげなドアを通っていく。そこには日向よりも屈強で凶悪そうな人間が悪態をついてギャンブルを楽しんでいた。その中にあるVIP席に座る雰囲気に似合わない清楚な和装を着こなし、狐面を被った男が日向を見つめていた。


「探したぞ、ギルドマスター」


「日向ちゃん......。どう? MPの方は潤ってる?」


「あったらこんなとこ来ねえよ」


日向は狐面の向かいに堂々と座り、そのままにらみつける。だが、狐面はそっぽを向いた。


「......悪いけど魔獣の情報はないね。最近は新たに魔導特別警備隊が発足されてから魔獣災害率も減ったからね」


日向はその言葉を聞いて呆れかえる。


「あったとして、だれがやるものか。討伐依頼は命がいくつあっても足りん」


「残念なことだ。魔獣討伐が一番の稼ぎだというのに」


日向は、うなだれつつも通りすがりのバニーガールからカクテルを奪い飲み干した。


「それ、2000MPだよ」


「ぼったくりだな。150MPのカクテル缶開けてるだけだろ。くそが、悪酔いしそうだ。用は済んだからオレは帰るぜ」


日向は立ち上がり、狐面の男の仮面に軽くデコピンしながら席を後にする。


「おい、魔力払えよ!」


「悪い酒入れたオーナーであるあんたが悪いんだぜ? 自分で払っときな」


そういった日向は狐面と支払いを置いてギャンブル場を後にする。それを見てため息をつく狐面は、しぶしぶ自分のアマスタルをバニーガールの持っていたアマスタルに近づけた。


「おい、待てって日向ちゃん!」


階段をあがっていく日向を捕まえて必死に止める狐面はお面の隙間から荒息が漏れ出ていた。だが、日向はその手を振り払った。


「なんだよ、イナリ。お前にはもう用はない。ほかのギルドにあたる」


「そう言うなって。なら、とびっきりのいい話をしてやろう。貧乏人のお前でも正規のソーサラーになる方法をな」


狐面のイナリが言った言葉に日向は反応した。それもそうである。ソーサラーとは、魔力を自在に使役する権利を得て魔獣を倒す代わりに大量の魔力報酬がもらえる高給職だからだ。日向は、自分のコートのポケットから片手で持てるほどの本を取り出した。そこにはアマスタルと似たような宝石がはめ込まれていた。


「こんな魔導書からおさらばして、フリーランスからの大出世ってわけか。だが、こんな裏ギルドじゃなくて正規ギルドに加盟しないと無理な話だろ。それこそムリゲーだろ」


そういうと、狐面のつけていたアマスタルから警告音がなった。

日向はそれを見つめると狐面のイナリは妖しく笑った。


「ふふ、行けばわかる。エリアG-14に魔獣災害が発生した。まずはそこに向かうぞ」


和服とは思えない身のこなしで、イナリは近くに止めてあった自分の車まで走っていく。日向は置いて行かれないように走り、彼の車の助手席に乗った。


「いい車だな。どこで手に入れた」


「獲物を見るような目で見るな。さっさとシートベルトをしろ」


とてつもないスピードで車はカーナビの示す封鎖エリアとなった渋谷、もといエリアG-14へと向かう。数十分ほどでたどりつくとそこには、日向たち人間の背丈をも超えるアリが複数街を我が物顔で闊歩していた。


「蟲型の魔獣かよ......。で、これとソーサラーになることと関係があるのか?」


「ああ、ある。だから、今日も討伐依頼をお前に申請する」


「結局はこれか。お前は人を乗せるのがうまいな。だが、あんなへなちょこより稼いでやるさ」



そういうと日向は魔導書を開いた。そこにはどこの世界でもない記号のような文字が浮かび上がっていた。日向はそこになにかをささやくと、日向の身体に白い防弾チョッキと膝あてが纏われていった。そして右手には無から刀が現れた。


「アマスタル:フレイムソード! 炎よ、刀にやどれ」



抜刀するとともに、日向の持つ刀の刀身は燃え盛り始める。そして、刀を振り回しながら魔獣であるアリへと向かう。足を先に焼き切った後に日向は頭を一刺し。完全に動きが止まるまで彼は刀を抜くことはしなかった。


「所詮は蟲だな、気持ちが悪いってだけで動きが遅い」


次の獲物を探そうと、キョロキョロしているとアリの大群に追われる一人の青年を見つけた。青年はどこからきたのかと思ったのも束の間、その大群は日向のいる方向へと近づいていた。


「うわああああ! どいてくださいいいいいいいい!」



日向は、ふうと長い溜息をついて刀を放りだした。刀は地面に着く前に粒子のようになって消えていく。その後、日向は魔導書を取り出した後、何かを唱えると今度は大きな火炎放射器を背中に装備していた。青年は驚き、動きを止めた。



「な、なんですか!」


青年の片手には日向と同じ魔導書を携えていた。日向は、それを見つめながら火炎放射器のスイッチを押した。


「よう、お前。ソーサラーなりたてか?」


「は? なんですかそれ。もしかしてこの本のことですか!? ただ、僕はアルバイトに来てて......」


「裏バイトか......? そうは見えんが」


青年は社会の闇に手を出すようには見えない好青年という見た目をしていた。さすがの日向もそのようなバカはここには来ないと考えていた。そうこうしているうちにアリは火炎放射器によって殲滅されていた。


「た、助かりました」


「お前、名前は?」


「え、月見 爽です」


「そうか、月見か。いいこと教えてやる。 ここはおまえみたいなお子ちゃまが来る場所じゃねえ。その本渡してさっさと家に帰んな」


日向は思っていた。どんな人間にでも魔力はある。だから、この本を通じて彼の魔力を頂いて、先ほど使った火炎放射器分の魔力を取り戻したいと考えていたが、それを知ってか知らずか月見は首を横に振った。


「すみませんが、それはできません。僕の目の前であの巨大なアリに殺された人に託された大切なものなんです」


「そうかい。オレは優しいから、奪う気はない。さっさとそれ持って帰んな! じゃないと、その本ごと潰されて死んじまうぞ!」



アリは日向たちの会話も気にせずに街を暴れ倒している。警備隊も到着し始めてどんどんと倒されてい光景に焦りつつも彼は月見を放っておけずにいた。月見は本を持って立ち上がった。


「そ、そうですよね......。僕ができることなんて、なにも」


「聞き分けのいい子だ。じゃ、オレは行くから」


日向はアリの集団へと消えていく。一方で青年、月見はエリアに立ちつくし、現状を理解できずにいた。


「結局、僕はなにもできずにずっとアルバイトを続けていいんだろうか。魔力がもらえるってだけでバイトを続けていたけど、僕はこんなために生きたいわけじゃない!変わりたいから上京してきたんじゃないか!」


月見は走った。邪知暴虐を尽くすアリを見つめなおし、震える体を抑えてひたすらに走った。銃撃の流れ弾がこちらへ向かうこともいとわずに走っていく。


「僕もあの人みたいに人を守れる人になりたい! 目の前で人が理不尽に死ぬなんてもうみたくない! だから、力を貸してください!」


魔導書を天に掲げると、月見の身体が光りだしていく。人影がだんだんと大きくなっていき、巨人へと進化していった。巨人はアリと同等かそれ以上の体躯で高層ビルに張り付くそれらをはがしてはちぎっていく。


「なんだあれは!」


「あらたな魔獣か!? ステータスを確認しろ!」



警備隊たちは突如として現れた巨人に対して慌てふためきながらも情報を共有していく。それを見ていた日向は舌なめずりをしていた。


「魔獣だろうがなんだろうが、報酬の高そうなやつだ。今、倒しておくか!」


魔導書を取り出して、なにかの呟くと地面に魔法陣が浮かび上がる。魔法陣のまわりの地面がくりぬかれて乗り物のように浮遊していく。その上に乗った日向は巨人となった月見の脳天向けてチェーンソーをぎらつかせる。


「硬えなぁ、おい! ダイヤモンドかあ? ますます、欲しくなるじゃねえか! アリの報酬変わりだ! お前を殺す!」



巨人は、ふらつきながらも宙に浮く日向を振り払う。日向は、高層マンションの屋上に叩き尽きられる。その先に1匹のアリがいるものの、それをチェーンソーで切り刻んだ後巨人へと向かう。だが、急に巨人は粒子のように消えていった。


「うお!? おおおお!? アマスタル:アースグラビティ! 少し消費するが、俺の身体よ浮いてくれぇ!!」



そういうと、日向の周りにシャボン玉のような薄い膜が張り巡らされていく。ふわふわと半壊した街を浮かぶ日向をよそに、警備隊は一件の災害が沈下したとして災害復興活動に勤しんでいた。


「自分の魔力を使って、よくやるよ。だが、あの巨人なんだったんだ」


「おつかれ、日向ちゃん」


どこからともなく狐面のイナリがゆっくりと拍手しながら日向を迎えに来た。日向は彼の胸元の襟をつかんでにらみつける。


「イナリ......。いままでどこに消えてやがった」


「まあまあ、いいじゃない。ところで、きみの活躍みせてもらったよ。これで、君も警備隊と同じソーサラーの称号を得る」


「は? 何言ってるんだ」


「君の活躍により、私がオーナーをつとめるギルドが正規認定されたのさ。対魔獣殲滅部隊のね......。そして、君が正式に私と契約すれば晴れてソーサラーとして高給暮らしに早変わり。どうだい? 面白いだろ」



彼の言葉に血の気がひきつつも日向はイナリの襟を放した。イナリはふらつくも少し乱れた和服を整えつつ、日向に問い直す。


「どうだい? 命を懸けて、戦う気はあるかい」


「命を懸ける義理はねえ。だが、オレ自身のためだ。やってやろうじゃねえか」


「君の暮らしが魔法であふれますように」



そういうとイナリは、手を差し伸べた。日向は、一息ついて彼の手を取った。

だが、これは大きな戦いの始まりに過ぎなかった。


そうとも知らず、日向はイナリの車で自宅まで送迎してもらっていた。

助手席から出た日向は家へそそくさと帰ろうとするとイナリが助手席の窓を開けて声をかけてきた。


「じゃ、また災害が出たら教えるよ。それまでは自由にしてたらいい。すぐにこんなボロ屋ともおさらばできるさ」


「別にここが嫌いってわけじゃねえさ」


「? まあ、魔力を何に使ってんのかしらないけど派手に豪遊しないようにね」


そういうと、イナリは窓を閉めて車を出していった。それを見届けながら日向は金属音を鳴らしながらボロアパートの階段を駆け抜けていく。


「ただいまぁ」


がちゃと扉を開けても誰も返事はなかった。ただ、一匹を覗いて。


『にゃー?』


「ただいま、コマ。今日も、ツナ缶買ってきてやったぞ」



バッグから日向はツナ缶を出して、その缶を開いた。そして、その猫に差し出した。


「さあ、ディナーだ。召し上がれ」


そういうと、日向はなにもない畳の上に寝転んだ。すると、ねこは甘い声でツナ缶を日向の方に寄せていた。


「オレはいいんだって。おまえさえ、タマさえ生きてくれれば世界がどうなろうとオレは幸せなんだ。おまえもそうだろ? それに俺は、どんな小石でもパンに変えられるからさ」


そういうと、言葉が理解したのか猫はツナ缶をむさぼる。日向は、バッグに詰めた小石を一つ取り出して魔法を一つ唱えた。すると、石は小さなロールパンへと変わった。バターやジャムも塗られていない素材の味のロールパンを天井を見つめながら食いつくす。そして、猫のタマが食べ終わる前に食べ終わった日向は一人、寝入る。

 むさぼる音と日向の寝息だけがこのアパートにこだまし、夜をささやかに彩っていったのだった。



 もしこの世界に魔法があふれたとして、自身の生活は豊かになるのだろうか。キリストの成し遂げた水をワインに変えたり、石をパンに変えたりすることは奇跡とよべるだろうか。いや、生活と呼ぶものは個々の魔力量によってより文化的格差が生まれるだろう。そして、きっと奇跡や救世主と呼ぶものは魔法そのものやその使い手でなく、それを具現化させる石を発見したものに与えられる称号だろう。





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もしこの世界に魔法があふれたとして 小鳥 遊(ことり ゆう) @youarekotori

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