青春を切り取るお仕事
燦來
永遠に残すために
学校行事の目玉と言えば運動会。その運動会で最も忙しいのは誰なのだろうか?生徒会?グループ長?応援団?先生?みんなそれぞれの忙しさがあるのだとは思うけれど私は私たち写真部なのではないかと思う。重いカメラをぶら下げて、燃えるような地面に片膝をつきベストポジションで青春を切り取る。写真部はもう少し評価されても言い部活動だと私は思う。
写真部に入部して3年目に突入した。去年までなら運動会は2学期に実施されるため写真部としての仕事はなくなるはずだった。しかし、地球温暖化のせいなのかどうなのか分からないが年々最高気温が更新され2学期に運動会を行うことは生徒への体罰になると考えられたらしい。そのため、今年から1学期に運動会が開催されることになった。私は、現役写真部員として3度目の運動会を迎えることとなった。
「カメラは熱に弱いのでタオルをかけるなどして直接日光が当たらないように注意してください。それでは、撮影の割り振りをしていきたいと思います。」
バタバタと部室を出入りする部長を目の片隅に捉えながら私は部室を見回した。いつもよりも人が少ない気がする。人数が足りていないと後で面倒くさいことになってしまうのだが私は一応副部長なので後々の責任は取らなくてもいい。そう開き直ってきている部員にアンケート用紙を配る。
「自分の出場する種目に丸を撮影したい種目に二重丸をしてください。撮影する種目にこだわりがない方はこちらで勝手に決めさせていただきます。」
このアンケート用紙一つ作るのにもかなりの時間がかかった。部長が自由な人なので私がアンケートを作成し部長にその旨を伝えたところ何かが気に入らなかったらしく怒られた。そのあと部長が作ったアンケートにはいくつか不備がありそれを伝えると文句を垂れてきた。みんながアンケートを回答している間に部長を探す。3年間一緒に過ごしていると大体の行動は予測できる。大好きな先生を追いかけまわしているか付き人みたいな男子と話しているかのどちらかだ。どちらにしろ運動場にはいるだろうと思い運動場へと向かう。さっきまで室内にいたせいなのか外の暑さが異常に感じた。グラウンドでは陸上部がラインを引いていた。ラインを踏まないようにグラウンドの中に入り先生を追いかけながら男子に写真を撮らせている部長が見つかった。
「部長!!」
そう声をかけるとめんどうくさそうに近づいてきた。
「なに?」
「なにって、撮影種目決めしてるから部活来てよ」
「えー、勝手にしといてよ。面倒くさいし」
私は奥歯をかみしめながら来た道を引き返した。引き返している途中に自分のクラスの選抜リレーの選手とすれ違った。むこうはきっと私になんて気づいていない。明日の総練習で行われる予選のことしか頭にないのだろう。私も、そっち側に居たかった。なんて思いながら部室に戻る。
アンケートを回収しその場でアンケートを集計する。明日の総練習では撮影ポジションを確認するために絶好のチャンスだからだ。本当は、もっと早くに集計して余裕をもって総練習に臨みたかった。全部自由人な部長のせいだ。と心の中で毒を吐く。私がアンケートの集計をしている間暇なのか部員は皆グラウンドを見ていた。グループパフォーマンスと呼ばれる応援合戦の練習をしているようだった。私は、グループパフォーマンスのメンバーになりたかった。1年生の頃から3年生になったら写真部の活動がないからメンバーになると決めていた。しかし、いざふたを開けるとその夢は叶わなくなっていた。いや、叶わないと思っていた。部長はグループパフォーマンスのメンバーだ。私に何の断りも入れずに自分だけメンバーになっていた。自由人とかそういうレベルでもない。本当にあの人は部長なのだろうか。そんなことを考えながら集計をし終え皆に明日の諸注意をした。部長は結局こなかった。
総練習では部長、副部長は走り回る。人員不足の種目はないか、この種目はここから撮影したほうがいいのではないか、仕事を忘れている部員はいないか、そんなことを考えながら炎天下の中を駆け回る。昨日見た選抜リレーの選手よりも走っていると思う。タオルは基本カメラにかけているため自分の汗は体操服で拭う。水分補給も1時間に一度できるかどうかくらいのため塩分も摂れるスポーツ飲料でないと倒れてしまう。現に、お茶だけで乗り越えようとしていた部長は午前の部中盤くらいで私にそのあとの種目を託し保健室に向かった。
そんなトラブルにもなんとか耐えながら、無事に午前の部のラスト種目選抜リレーまでたどり着いた。この選抜リレーは本番のチームを決めるとても大切な競技だった。私は、本来撮影種目ではないのだが後輩が心細いというので補助に入っていた。私は、選抜リレーの選手に立候補していた。グループパフォーマンスのメンバーになれなかったから、せめてリレーの選手になって運動会の思い出らしいものを残そうと思った。足もクラスで遅いほうでもなく自分よりも持久走のタイムが遅い人が選手になっていたこともあり立候補した。それに、リレーの選手になりたがる人がおらず最後の一人が決まっていなかったのも理由の一つだ。私は、勇気を最大限に振り絞って立候補した。しかし、馬術で全国に名をとどろかせているらしいクラスの男子に裏で手を回され私はリレーの選手から外された。私は、クラスで明るい俗にいう陽キャではなくおとなしいタイプの人間だった。でも、そんな自分を変えたくて一度でもいいからクラスの人に応援してもらいたくて立候補した。どうやらそれが陽キャの彼によく映らなかったらしい。ごめんね。と謝ってきた3年間同じクラスのあの女の子はどんな気持ちだったのだろうか。変わりたいと思ったのに、変われると思ったのにそれを妨害された気持ちは今でも消化しきれていない。そんな気持ちのまま私はクラスを応援するわけがなかった。
「パン」
乾いたピストルの音が鳴り一斉にスタートした。私は先ほどまでの考えを頭から消し去りカメラを覗き込んだ。やけにフィルターの向こうがやけに滲んで見えた。私は、カメラの上に置いていたタオルで目元を雑に拭いた。その日の総練習は部長が倒れたこと以外何の問題もなく終わった。
総練習の3日後に運動会は予定通り行われた。部長にはスポーツドリンクを持ってくるようにきつく言い後輩にも熱中症には気を付けるよう喚起した。私のクラスは朝から祭りのような騒ぎだった。予選はギリギリで上位チームに入ることのできる結果だった。1位を取るぞとリレーの選手は円陣を組んでいる。ああいう青春を体験してみたかった。
私は、結局グループパフォーマンスと選抜リレーの撮影と長縄と俵上げの後輩補助が自分の仕事になった。総練習の後、部員全員から意見を聞き組み直した。部長はとても意地悪なので私が出たかった種目を撮影担当にしてきた。総練習の日よりも気温が高く感じる。みんなの熱気なのかただただ気温が高いのか分からない。担当外の種目もなんだかんだ理由が出来補助に入っているとカメラマンハイというのだろうか撮影をするのが楽しくなってきた。普段も楽しかったが格別に楽しかった。
午前の部が終盤に差し掛かりグループパフォーマンスが始まった。音楽に合わせてはやりの曲を踊る姿にシャッターを切るのが止まらなくなった。地面からの熱をもろに受けようが片膝を立て地面に水滴を落としながらシャッターを切るさまは、はたから見るとアイドルヲタクに見えたかもしれない。そこに立てなかった私はもしかするとただのファンになっていたのかもしれない。
グループパフォーマンスの後は、選抜リレーだった。第一走者は私に謝ってきたあの子だった。色んな気持ちを抱えながらフィルターを覗くとこの前のように滲んではいなかった。乾いたピストルの音を合図に一斉に走り出す。私が構えているところを通るのは一瞬だ。その瞬間を永遠に残すために私はカメラを構え直す。
私は、やっぱり運動会で一番忙しいのは写真部だと思う。誰だってみんな心の中に青春を刻むことは出来ても永遠に残せるわけではない。写真部は、そんな青春の瞬間をどんな思いを抱えていたとしても切り抜かなくてはいけない。そして永遠に保存しなくてはいけない。汗のように塩辛い液体が目からこぼれるような経験をしたとしてもカメラを構える時はそんなこと関係なくなるのだ。私は、3年間運動会を撮影出来て良かったと心から今思っている。
青春を切り取るお仕事 燦來 @sango0108
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