もう一度

「あら、早かったのね」


 まるでからかうような、半笑いの女の声がした。


 気が付くとリュウは、スナックのカウンターに座っている。

 顔を上げると、ピンクの派手なドレスを着たママが笑いながら俺を見ていた。


「え? お前は誰だ? みずきは?」

「やあねえ、私はそんな名前じゃ無いわよ。飲み過ぎたんじゃない?」


 そう言われて手元を見る。ちゃんと人間の手だ。

 その手にはしっかりと、琥珀色の液体と氷の入ったグラスが握られている。


 ああ、俺はこの店で飲んでたのか?


 わけわかんねえ。

 どういう事だ? 俺がチンチラだったなんて…… 酔っぱらって夢でも見てたんだろうか?

 そんな事を考えながら、手元のグラスをおもいっきりあおった。


 ブフッ!!

 これ、酒じゃねえぞ! 麦茶じゃねえか。


「うふふふ、お行儀が悪いわね」

 ママに笑われた。くっそーー


「死んでいるんだから、いくら飲んでも酔えるわけがないじゃない」

「やっぱり…… ここは天国か?」

「まっさか」

 そう言って、ママは俺のグラスに麦茶を継ぎ足した。要らねえって。


「前回あなた、ここで大暴れしたのよ。早く戻せーって。でも順番待ちだからすぐには無理よって言ったら、なんでもいいから戻せって。で、俺はチンピラだってうるさかったから、似たのにしておいたのよ」


 な、なんだそりゃ。覚えてないぞ。


「ちなみに、生まれた時から前世の記憶があると、面倒な事になりがちだから、大人になったら記憶が戻るようになってるわ」

「大人?」

「正確には時ね」


「目覚め……?」


 (きゅぽっ)


 あ・れ・か……!! まじかよ俺!!


 ママの顔を見ると、俺を見てニヤニヤしてやがる。知ってやがるな!くっそーー!!



「お、おい! また戻りてえって言ったらどうなる?」


「うーん、人間はまだ無理だけど、寿命の短い動物にならいけるわね」

「……チンチラは?」

「いいけど、なんでまた?」


「またチンチラになれば、みずきに会えるかもしれねえ」

 きっと俺が死んでみずきは泣いてる。


「でも今チンチラに転生しても、大人になって記憶が戻るのって5~6カ月くらい後よ?」


 なんだそれ! そんなに長い事待てねえよ!


「面白そうだから、少し時間を遡ったところに生まれ変わらせてあげるわ。でもその代わり、どこに行くかは運しだいよ」

 ママはフフフと笑うと、俺に向けて人差し指を向けた。


「女神ちゃん、大サービスぅ♪」

 視界が白い光で覆われた。遠ざかる意識の中、ママの最後の言葉だけがうっすらと聞こえた。

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