ありふれた日常のお話(仮)

霜月サジ太

第1話

「ん……」

 隣にあるはずの気配が動く。

(あれ……今日は休みじゃ……)

 重りでしかない眠ったままの脳みそを何とか持ち上げ上半身を起こす。

「あれ? 起こしちゃった ?おはよ」

 おはようと可愛く返したくても「むー」としか声を発することができない。

 瞼も2ミリしか開いてない。ギリギリ視界に君を確認。今日もいい男だ。

 ボサボサ寝癖髪をポリポリ。


 せっせと出勤身支度する君を横目に台所に行く。

 テフロンの生きてるフライパンを火にかけ、冷蔵庫から卵とウィンナーを取り出し放り込みふたを閉める。

 昨晩仕込んでおいた海藻サラダはそのままテーブルへ。

 コーヒーメーカーに挽き置きの豆3杯と水を入れてスイッチオン。

 トースターのタイマーをひねり厚切り食パンを入れて5分に調整。

 焼きあがったであろう卵とウィンナーをお皿に移し、トースト用にももう一枚お皿スタンバイ。

 冷蔵庫からジャムの瓶を3つ取り出して並べる。おっと野菜スープも出してレンチン。


 ポーっとした状態でも支度ができるように組み立てた自分全自動朝ごはんシステム。

 考えなくても体が動く。今朝もばっちりだ。

 トースターが焼き上がりの音を上げたところに君がやってくる。

 3ミリくらい開くようになった目で君に微笑みトーストをお皿に乗せて差し出す。


 目覚めの悪い私が数少ない君との時間を共有できる朝ごはん。

 一緒に居たくて、お布団恋しいけどコーヒー注いでテーブル向かい合いに座る。

 よかった、今日も会えた。


「無理しなくていいよ」って言われたこともあったけど

 無理したってその顔を拝みたいんだっ!


 最初の頃はね、もっと凝った朝食を試してたんだ。

 でも、作る手際悪くて食べる時間が無くなったり

 寝ぼけて指切ったり。


 試行錯誤の末に包丁使わない、簡単焼くだけシステムになったわけです。

 サラダは前日作り置きにして、取り出すものは同じ場所に。

 おかげで失敗はうんと減って、君を眺める時間が増えた!ふふふ。


 君は意外と甘党だから、ジャムは飽きないよう常に3種類キープ。

 私は飽きられないように普段から新味求めて嗅ぎまわってる。

 マスカット、オレンジ、ラズベリーが今のラインナップ。

 次は桃が控えてるけどまだ内緒。

 どーだ、尽くすだろー。

 触れ合えるチャンスが少ない分、心で触れ合うんだっ。



 なーーーんて。順調に見えるでしょ?

 そうでもないんだなー、これが。


 先週末の夜デート。仕事が終わらなくてキャンセルになっちゃった。

 ずーんだよ。


 今度埋め合わせするからって。

 うん。わかってる。

 泣いたり怒ったりなんかしない。

 困らせるだけで解決しないもん。


 でもさぁー。わかっててもさぁー。やりきれないもんがあるよねぇー。

 今週こそはっ!って言ってたけど。

 今日がその金曜ですけど。

 不安だわ。笑


 君は今日はマスカットジャムを選んだ。

 爽やか爽快。初夏にはぴったりだね。

 なーんて、どれ選んでも似たようなこと言うけどね。



 私は家で待つしかできなくて。

 でも君が気持ちよく働けるように環境を整えてる。

 スーツもシャツも靴も、手入れの仕方を教わってからこれでもかってくらいやってる。

 時々「磨きすぎ」って突っ込み入るくらい。

 どーしてこんなに好きなんだろうね。

 私も正直わかんない。

 手放したくないのは確かかな。


 テレビから流れるのは朝の情報番組。

 他愛のないスイーツ特集や最新トレンド、ニュース。

 あれ?駅前の花屋に車が突っ込んだって。

 最近多いな、物騒だよね。


 君は営業、外回り。

 わたしは在宅で経理のバイト。

 もっと働かないのかって?

 そんなことしたらすれ違っちゃう。

 フルタイムにしたいとも思うけど、接点減るのが怖くて家で待ち構える作戦にっ。

 今んとこ嫌がられてる様子はない。


 子供がいるわけじゃない。

 籍は入れたけど、式はこっぱずかしくて挙げてない。

 ささやかな二人だけの世界。


 なんてぼんやりしていたら。


 ごちそうさま、と君が席を立つ。

 おやおやもうそんな時間かい?

 至福の時間、はい終了。


 身支度整えジャケットを持って玄関に立つ君。

 ほらほらネクタイが襟からはみ出てるぞ。しっかりしてくれたまえ営業部。


 赤とシルバーのチェック柄。今日は勝負の日だろうか。

 ささっと直して

「よし行ってこい!」


 ちゅーでもハグでもなく、背中をバンバンと叩いて送り出す。

「いってきます」

 と君が笑い、頭をくしゃくしゃっとしてくれる。

顔緩みっぱなしでひらひら手を振る。



 開けたドアから朝日が差し込み後光がさしているみたい。

 そのまま君が光に吸い込まれそう、だなんて小説の読みすぎね。


 今朝の君は5分早く出ていった。

 あっ!今夜のこと何も聞いてない。

 大丈夫、なんだよね……?


 猛ダッシュで家事を片付ける。

 洗い物して洗濯して、掃除機かけてアイロンかけて冷蔵庫のストックチェック!

 残り物でちゃちゃっと自分のご飯を作っちゃう。


 よしよし順調。これならびっくり大作戦も……


 ってここで着信!


 はい、はい、え!?

 急ぎの案件が一件!?

 あたくしデートの準備で忙しいんですケドーーーー!?


 心の中で叫びながらパソコン開くのだ。



 いつもはちゃっちゃと終わるのに

 今日に限って仕事終わんないし!


 いや、終わったの。

 そしたら元のデータ間違ってて。も一度作ってって!

 しかも週明け一発目の会議に必要で週末に準備するからどうしても今日中に必要って!


 無茶よこっちのデートどうすんのよぉ!

 乙女には入念な準備が必要なのよぉ!

 などと画面に向かって文句を吐きながら目線は元データを見たままブラインドタッチノンストップで機械のようにキーボードを叩き続ける私。


 せぃっ!!とエンターキーを叩く!

 表計算ファイルを乗せたメールが光の速さで飛んでいく。


 や―――――っと終わったと思ったらもうこんな時間!

 せっかくだからネイルくらい行こうと思ってたのに!

 普通の身支度さえあやしい時間だわ!


 えー!!どうしよどうしよ!

 ワンピース?スカート?パンツ?上はどうする?色は?アクセはっ!?

 こんなことならもっと早く準備しとけばよかったよ、と後悔しながら焦りに焦る。


 メイクするにもキーボード打ち込みすぎて手がうまく動かない!!

 だぁぁぁ!眉がずれたぁぁ!

 気合い入れて何日も前からメイク動画見て勉強してたのに生かす間もない!

 なんとか仕上げて小道具をポーチに片づける。


 ん……?


 床に落ちてる雑誌。

 開きっぱなしのページ。



 これなら、これならいける!?

 そうだよね、うんうん!



 自信の無さを感じつつ。

 戸締りOK、さぁ出発!

 駅に向かってやや速足。


 夕暮れになってもめちゃくちゃ暑い。

 毛穴という毛穴が一気に開いて汗が噴き出す。

 蝉は好き勝手吹き鳴らすオーケストラ。

 立ち止まれば蚊が寄ってくるし。

 不快指数はMAXですよ!

 それでも心はルンルンさぁ!


 なんたって、待ちに待ったデートだものっ!


 白Tシャツとジーンズにしちゃった!

 メイクも眉毛と目元くらい。

 でもこれが大正解!


 ロマンティックな雰囲気つくるデートも憧れるけど

 自然体がなんだかんだ一番!

 気合い入れるのはまた今度!


 気合い入れまくってずっこけてる場合じゃないのさ!




 待ち合わせは彼の職場のある近隣じゃ少し栄えた街。

 冷房の効いた電車内で体をクールダウンしたかったけど

 3駅なんてあっという間。


 駅に降り立つと再び熱気が襲い掛かる。

 帰路の人たちの流れをかいくぐって建物の外へ。



 ありゃ。



 物々しい黄色地に黒字のテープ。

 KEEP OUTってやつね。よくドラマなんかで目にするやつ。


 そっか、今朝車が花屋に突っ込んだってニュースでやってたなぁ。

 ここだったんだ……。けが人なしって、早朝でも人通り多いだろうによかったなぁ。

 しみじみと見つめる。

 操作は終えたのか人影は無いけど

 飛び散ったガラス片が事件を生々しく語る……。


 深緑色に塗られた街灯の柱に寄りかかって彼を待つ。

 約束の時間はそろそろだ。

 鏡を出して身なりチェック。

 あ、ピアスつけるの忘れてる……

 ちーん。



 いやいや始まる前からテンション下げてどうする!

 かわいい耳たぶ見せびらかすくらいの気持ちで行くんだ!


 どうしようもなく浮かれちゃってるの自分。

 いつも一緒にいるのにこんなに気分が高揚するんだから不思議なもの。


 早く会いたいなっ!!




 ところがどっこい。


 待ち合わせ時間5分経過。

 あれ?おかしいな。

 LINEもこない。

 何かあったのかな?

「遅れる?」

 ちょっと送ってみよう。

 ……。


 おや、反応が無いぞ


 どうした、大丈夫か。

 まぁ、忙しいのかな。


 来ない来ないと10分15分

 うーん、そわそわ。

 時間つぶしにネットニュース見てもインスタ見ても

 頭に入ってこないし

 推しのアプリゲームも楽しくない


 来ないかなー

 来ないかなー


 送ったLINEも未読のまま……うーん、不安になってきたぞ。

 30分が過ぎ、数えきれないくらい見返した画面に小さな変化。


 あ、既読になった!

「ごめん! 待たせた! もうすぐ!」

 よかった、生きてる!

 それだけで嬉しく

「うん!」

 とだけ送る。

 スタンプなんて探せやしない。


 彼が来る

 息を切らし、汗びっしょり。


「ごめん、ほんとに、ずいぶん待たせちゃった」


 絶え絶えに君が言う。

 いーよ、お疲れ!!

 その顔が拝めるだけで私は満たされてしまう。


「それでさ、あの……」


 気まずそうに言う。

 これ以上何言われても気になんない。


「花……」


 花?

 無残な事故現場を指さして口を開く


「そこのさ、花屋で、花束注文してたんだ」


「でも、今朝こうなっちゃっただろ。

 記念日なのに何も用意できなくて、

 探しに行こうと思ったけど仕事が立て込んで何もできなかった」


 なーんだ、私とおんなじ!

 いーの、いーのって彼に抱きつく!

 その気持ちだけで十分だっ!


 私たちにはこれが似合う。

 飾らないで、そのまんま。

 特別なことできなくても、お互いが居たら幸せ。


 そんなのいつか忘れて不満だらけになっちゃうって?

 そーかなぁ?


 もらうことばかり考えたらそうかもね!

 今のところ私たちは平気。


 こんな気持ちがずっとずっと続きますように!

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ありふれた日常のお話(仮) 霜月サジ太 @SIMOTSUKI-SAGITTA

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