第3話 キズモノの死神
「さよなら、永遠に貴方を愛してます」
最愛の人の嘘のない言葉に、嬉しすぎて思わず気を取られてしまい一瞬の判断が遅れる。
そのせいで剣を受けてしまい、彼女の体にも多少の傷を負わせてしまった。
もちろん致命傷になる前には止めた。
彼女を銀の瞳で仮死状態にさせて。
皆勘違いしているが僕の銀の瞳に宿る死神の力は既に任意でコントロール出来ている。
一時的な仮死から永遠の眠りまで僕の望む死の形を対象に与えてくれる。
しかも力は増しており、既に彼女の祝福では意味を成さない程に。
彼女の胸にハンカチを当て軽く止血する。
気を失った彼女の瞳から零れた涙を拭い、そっと僕のベッドへと運ぶ。
控えていた暗部を呼び寄せ、彼女と僕の傷の手当をお願いする。
幸い急所は外していたがそれなりに出血しているので少し危なかった。
でもゆっくり休んでいられるほど時間はない。
目の前に跪く暗部に号令を発した。
「彼女の気持ちは確認した今。僕は……我は皇位を望むこととする」
僕の願いを受け、暗部が頷き散って行く。
彼らは、母上の実家である大公家時代から仕える者達で、母上の意志に従い僕にも仕えてくれていた。
そんな彼等に申し訳ない事だが、もし彼女が僕との関係を終わらせ、次の未来に進むつもりなら、止めることなく殺されるつもりだった。それで彼女が幸せになれるなら。
彼等に当てた遺言書にもその旨を記載していた。
でも実際の彼女は、公爵家の命令を遂行させた上で自らの命を絶とうとした。
家族を助けた上で、第二皇子の元には向かわず、僕と共に居ることを選んでくれた。
勿論彼女をここまで追い込ませたくはなかった。
もう少し猶予があればもっと穏便にことを成すことも可能だったのにと後悔しつつ、こうなってしまえば仕方ない。
かなり手荒なことになるが、彼女のためにも、とっとと決着をつけてしまわないといけない。
これ以上、彼女の悲しみを深くしないように。
僕は覚悟を決めると現皇帝である父上の元に向かった。
そこからはあっという間にケリはついた。
第一皇子を暗殺しようとした容疑で第二皇子を捕縛し、皇命の元で皇位を剥奪し斬首。
重い処罰だとの意見もあったが、人の命を狙っておいて自分は安寧と生きてるのは理が通らない。
なにより、僕の最愛の人を奪おうとした挙げ句、苦しめたのだから当然だ。
さすがに公爵家をまるごと潰すことは出来なかった。そのかわり粛清を敢行し、その影響力はかなり削がれた。
それだけでなく、皇太子の不況をかったのだから利権に敏い者達は次々と離れて行くことになった。
今や名前だけの何の力も持たない公爵家と成り果てた。
しかし、それでも公爵家の最後の意地なのか、僕の命を狙って何度か暗殺者が差し向けられたことがあった。
その都度、僕の目の餌食になるか、暗部の者が人知れず処理してくれていた。
あまりにうっとおしいので、直接公爵家に出向き釘を刺しておいた。
話している最中、眼帯に手をかけるたびに怯えて「ヒィ」と声をあげる老人には、過去の威厳などなく惨めなものだった。
さすがにそれで懲りたのか、それからは暗殺者が向けられることはなくなった。
それから彼女の実家ではある伯爵家にも、今後の憂いがないようにしっかりと対処した。
まずは、半ば人質にされていた彼女の弟妹をこちらの保護下に置いた。
僕も会ったことのある子達で、中々に聡明な弟と可愛らしい妹。
僕にも物怖じせずに懐いてくれていた、僕にとっても大切な子達だ。
彼女の両親には、隠居して療養地にてのんびりしてもらうことにした。あんなのでも彼女の親なのでかなり甘い裁量だ。
公爵家と縁の深い伯爵家だが家は取り潰さずに、家督を弟君に継がせた。
伯爵家が潰れる事で利権を得る者からは、反対もあったが叔父に後見人になってもらって黙らせた。
どうしても、聞き分けの悪い輩には直接僕が出向いて目で脅してあげたら素直になった。
そんな感じでバタバタと二週間が過ぎた。
「今日の調子はどうだい?」
僕はいま部屋で軟禁状態の彼女に声を掛ける。
彼女は、お気に入りの椅子に腰掛け、お気に入りの庭園を眺めていた。
部屋に入ってきた僕に気付きこちらを見る。
「……ぷい」
しかし、直ぐに視線を庭園の方に戻して顔を横にそむける。
彼女は目を覚ましてからこんな感じでお冠だ。
ある意味、当然と言えば当然かもしれない。
死ぬ覚悟で僕と対峙して、色々な想いを振り切って最後の一線を超えたのに、こうしておめおめと生きているのは彼女からすれば屈辱なのだろう。
「そう怒らないでくれ、確かに自ら手を汚す決断が遅れたせいで君を辛い目に合わせてしまったことは謝るから……ゴメン」
僕はベッドの彼女に向けて頭を下げる。
彼女はそっぽを向いたままだ。
反応のない彼女に僕は言葉を続ける。
「その上で、やはり君には責任を取ってもらわないといけない」
神妙な面持ちの僕にようやく彼女が向き合う。
「その言葉を待っていました。私は自国の皇子を手に掛けようとした大罪人。いかような処罰もお受けいたします」
彼女は椅子から地面に膝をつくと首を差し出すような体勢を取る。
「うーん、勘違いしてるみたいだけど、君の罪は殺そうとしたなんて些細な事じゃないよ」
僕の言葉を聞いて思わず彼女は首をあげる。
そんな彼女に僕は笑いながら言った。
「君の罪はね……もちろん、僕を傷モノにしたことさ、だからちゃんと責任取ってもらわないと」
「なっ、そっ、そう言うのは不埒な殿方が淑女に対して言うセリフではないですか」
「でも本当の事だろう。だって、ほらこの傷見てよ」
僕はあえて彼女に刺し傷を見せる。
それは霊薬を飲めば完全に傷跡を消し去ることも出来たがあえて残した。
「あっ…………私は何てことを」
その傷は、彼女からすれば、忌々しい記憶を呼び起こすもので、早々に消してほしいモノなのかもしれない。
でも僕からすれば逆だ。
これこそ彼女が自分の死を選んでまで愛してくれた証拠。
「この傷は君からの熱烈な愛の証だよ、お揃いのね」
悪いとは思ったが彼女の胸の傷もまだ消していない、ただこちらは彼女が望めば貴重な霊薬だろうが関係なく使って治しても構わない。
「どうして、とうして罰しって下さらないのですか……私が許せないのは……私が一番許せないのは、何より私自身です。弟妹が人質に取られてたからって言い訳にはなりません」
「悔いることは無いだろう、家族を守る、それの何が悪いんだい?」
「なぜですか、私は貴方への想いより家族への想いを優先させたのですよ」
「まあ、確かにそうかもしれないけどさ、最後の最後で僕も選んでくれただろう」
だからこそ、彼女は共に死のうとしてくれた。
約束された地位や報酬より、冥府への旅路に付き従う事を選んでくれた。
「……あと、それです。あんなことを最後に言っておきながら、おめおめ生きてるなんて、私かっこ悪すぎて、情けなさ過ぎです」
彼女はあの時の言葉を思い出したのか、両手で顔を塞ぎイヤイヤと首を振る。
「えっ、なんで僕なんて、あの言葉を思い出すだけで嬉しすぎて、昇天しそうになるのに」
実際、今も思い返して顔が自然とニヤけてしまう。自分でもだらしない顔になっているのは自覚している。
「だっ、駄目です。私を置いて昇天しないでください」
イヤイヤしていた手を止め慌てて僕に呼び掛ける。比喩表現なのに僕が本気で天界に召されると思ったらしい。
「ハハハハ、嫌だなー、もう僕が君を置いて行くわけないだろう……もう二度と、絶対に」
僕は強い意志を込めて彼女を見つめる。
彼女も目を逸らす事なく見つめ返す。
「はい、私ももう二度と貴方の側から離れません」
「うん、だから僕は皇帝の座につくことにするよ」
「なるほどおめでとうございます……って、いま、なんと仰いました?」
彼女が今日一番驚いた顔を見せる。
「だから帝位に付こうと思うというか付く、誰からも君を奪われないようにするために ハッハハッ」
僕が笑いながら告げる。
驚いたままの彼女は口をポカンと開いたままで、そんな表情でさえ僕にとっては愛らしくてたまらないものだった。
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