第2話 愛しき死神
「覚えています。私は……怖かった」
それはそうだ突然見ず知らずの得体のしれない子供の世話を、まだ子供だった私が請け負わされた。
母方の実家である公爵家の威光に逆らえない父はなんの躊躇もなく私を差し出した。
最初は恨んだ、コイツのせいで父と母、弟妹から引き離されたのだと思って。だからお世話と言いつつ何度も意地悪をした。それなのにその子は笑って私の後を付いてきた。
何度も意地悪な事を言っても、それぞれに金と銀で色の違う不思議な瞳で私をニコニコと見つめてきた。
そして一緒に過ごしているうちに気がついた、その笑顔が私にしか向けられていないことに。
彼は私以外の人には酷く無表情だ、だからこそ私だけに向けられるその笑顔が特別に思えてきた。
いつの間にか彼の見せる笑顔を大切にしたいと思うようになってきた。
世間から彼が『死神』と呼ばれていたとしても。
それを私が知ったのは、公爵家から派遣された家庭教師からだ。
生まれ持った力で、見た相手を呪い殺す銀の瞳。
噂では最初に呪い殺したのは自らの母だと言われていた。
だから私以外の者に会うときは必ず銀の瞳を隠す眼帯をしていた。
家庭教師はこうも教えてくれた。
あの、忌々しい呪いの目に抗えるのはアナタだけだと。
あらゆる呪いを無力化出来る祝福を授かった特別なアナタには、いざというとき彼を止める義務があると。
合わせて護身術として戦い方も学ばされた。
表向きは側付きとして最低限の護衛が出来るようにとの名目で。
今となって、それが彼を殺すために培われてきたものだと気付く。
そして、あの日会った男の子があの家庭教師から教えられたとおりの『呪いを撒き散らす邪悪な皇子』なら躊躇なくその命を奪うことが出来たのに。
「少しは昔を思い出してくれた」
彼が笑って私を見る。
それは、あの時から変わらない純粋無垢な眼差しのまま。
私は答えることなく、覚悟を決めて彼に一歩近づく。
「あと、あの時のこと覚えてる。ほら僕が最初にプロポーズした時のこと」
無駄な時間稼ぎなのは分かってる。
本当なら無視して一直線に彼の胸元に走って心臓を一突きすれば終わる。
なのに私は振り払えない過去の記憶が頭を過る。
彼は私を女と意識するようになってからは、積極的にアプローチを繰り返すようになった。人目をはばかる事なく私に愛を囁やいては甘やかすように。
正直どっちが側付きのお世話係か分からないくらいに、そのくせ最後の一線は絶対に踏み越えようとはしなかった。
立場的に注意はされても問題になることはなかったのに。
そして私が社交界デビューを迎えた誕生日の日。
彼は最新のドレスと共に、大きなスタールビーのネックレスを私にプレゼントしてくれた。
同時に私は心臓が止まる思いだった。
なぜなら、この国でスタールビーは皇族の象徴。
皇家のもの以外の着用は許されない。
私が真意を尋ねると彼はいつものように私を見つめながら言ってくれた。
「僕の隣は君以外に考えられない、もちろん側室ではなく正妃として、僕は君以外は誰も要らないんだ。僕の唯一の人になってくれる?」
ハッキリと告げられた求婚の申し出。
おもわず『ハイ』と言いそうになり踏みとどまる。一応は貴族の娘として一存で決めていいことではない事ぐらい分かる。
直ぐに父と母に相談し、公爵家に伺いを立てる。
結論としては、当初の予定通り側室として婚約を受けるというものだった。
私自身が畏れ多くて、正妃として求婚されたことを告げなかったこともある。それに、もう一つの私の役割を考えると、正妃として彼の隣に立つ資格はないと思えたからだ。
「あの時の君は綺麗だった。まるで空の女神のように、年下だったせいでエスコート出来なかったのが何よりの心残りだけど」
思い出を懐かしみ、彼が微笑む。
それだけで、私の決意は揺らぎ挫けそうになる。
最初に言った通り彼と話をするべきではなかったのに、私の心は……。
「そうだ。あと、心配なのは僕が居なくなった後の君だよ」
「心配なさらなくても大丈夫ですよ、次は決まってますから」
彼に告げた言葉に、なにより私自身が傷付く。
大切な想いを自ら穢したようで。
「そっか、噂は本当だったのか」
温かかった彼の眼差しが一瞬だけ悲しく揺れる。
「ぐっ」
心の底から否定したい声を押し込める。
彼がこの状況に陥ることになったもう一つの理由。
それは私にあった。
あろうことか第二皇子が私を見初めて欲した。
公爵家といえど、既に第一皇子の婚約者として内定していた私を今更第二皇子の婚約者として、鞍替えさせるのは難しかった。
そこで私を手に入れる手段として取られたのが彼を暗殺することだ。
権力争いの駒として、親族の私を第一皇子の元へ婚約者としてねじ込んだ。
しかし、より血の繋がりが深い第二皇子が皇位を継承したほうが公爵家としてはより発言力が増すのは疑いようがない。
つまり公爵家からすれば一石二鳥の策だった。
酷い話だ、結局私が彼をここまで追い詰める事になるきっかけになってしまった。
もし、かれが好色で誰とでも肌を重なるような輩なら私など等に抱き飽きて捨てていただろうに、
いや、もっと私がふしだらで彼を誘惑するような毒婦なら彼も私に幻滅して嫌いになってくれたかもしれない。
そんな、たらればな思いがいまだに頭に浮かぶ。
憂いを含んだ彼の眼差しに耐えきれなくなり、全部終われせるため、さらに一歩近づく。
腰から片刃の剣を抜き、あえて抵抗を促す。
側付きとして、護衛として、本来守るべき相手に剣を向ける。
しかし彼は抵抗しようとしない。
呪いの目も私には通用しないことは承知しているはずだ。
後は武を持ってでしか、この窮地は抜け出せないのは彼も分かっているはずなのに。
先程から何を言っても、その眼差しで微笑むだけ、私が近いても怯えることなく。
彼は最後まで何もしないままに、私との距離がほぼゼロになる。
「最後にひとつだけワガママを……」
溢れそうになる涙を堪えて彼を見上げる。
「なんなりと僕の愛しき人」
そう言って最後に見せてくれた彼の笑顔は、昔と変わらない私だけのものだった。
「最後に、最後に抱きしめてキスをして」
私の願いに無言のまま抱きしめてくれると私に初めてのキスをしてくれた。
我慢していた涙が勝手に溢れる。
私は抱きしめられたまま剣に力を込める。
「さよなら、永遠に貴方を愛してます」
彼に最後の別れの言葉を告げる。
私は手に持った剣で、彼を背中から私ごと貫いた。
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