最愛の幼馴染が僕を暗殺するために送り込まれた刺客だった、それだけの話
コアラvsラッコ
第1話 最愛の暗殺者
「…………何も言わないのですか?」
暗がりの中で僕に話しかけてくる声。
とても身近で、とても安心させてくれる音。
それが今は突き刺さるような冷たさを感じさせる。
彼女がここに来た理由は分かっている。
もう、僕の近くに居る理由が無くなったからだ。
「うーん、そうだね言っていいならひとこと」
「ダメです」
「えっ、聞いておいて酷くない」
「だって貴方のことですから、また私の決意を掻き乱すような事を言うに決まってます」
彼女はそう言うと、音を立てることなくゆっくりと僕に近づいてくる。
なぜわかったのかと言うと、僕が贈った特注の香水の匂いが微かに香ってきたから。
「あっ、なんだかんだでその香水付けてくれてるんだね」
「うっ、それはその……最後の手向けになるかと思って」
「そっか、やっぱり君は優しいね」
幼い頃から僕の側付きとしてずっと一緒に居てくれた存在。僕の誰よりも大切な人。たとえそれが政敵となった公爵家から送り込まれた刺客だとしても。
「安心して下さい、苦しまないように仕留めて差し上げますから」
「うーん、別に僕は、君からの与えられるものなら痛みだって喜んで受け入れるけど」
「って、貴方はドMですか」
いつものように軽快なツッコミを入れてくれる。
そのタイミングに合わせて振り返る。
「ふっふ、そんな格好してても君は君だね」
いつもとは違う黒衣に見を包んだ姿。
顔はベールで隠してあるが僕に分からないはずがなかった。
「……どうして貴方は、そのように平然としていられるのですか!」
問いかける彼女の声には悲しみと怒りが混在していた。
「平然ではないよ、意中の幼馴染が部屋に忍び込んで来てくれたんだから僕の心臓はバクバクさ」
ある意味本気の言葉なのだが彼女にはふざけていると思われたらしい。
「貴方は!……何故です。恐ろしくないんですか? 怒らないんですか? 悔しくないんですか? ずっと幼馴染として側に居た私が裏切ってた事を、今ここで貴方を亡き者にしようとしていることに何も感じないのですか?」
「もちろん思うところはあるさ」
そう悔しさが無いはずがない。
彼女をここまでせざるを得なくなった自分自身の手際の悪さ。
彼女が公爵側の人間だと知っていながら切り捨てられなかった自分の甘さ。
こうなる前に彼女を救うことが出来なかった不甲斐なさ。
「……貴方でもそんな顔をなさるのですね」
どうやら表情に出ていたらしい、いつもは相手に感情を読ませないため、ヘラヘラと笑ってるのが僕のスタイルなのに失敗していたみたいだ。
「ゴメンね」
「なっ、なんで貴方が謝るのですか」
「だって君の手を血で汚してしまうから、望まぬ使命を果たさなければならなくなってしまったから」
「……くっ、私の事などを気に掛けるような甘さが貴方自身の命を縮める事になったと気づかないのですか? 仮にも王位継承権第一位の立場にありながら、私などを……私なんかを……どうして、どうして側に置き続けたたのですか」
「なんだそんなこと、いつも言っているのに分かってなかったのか、決まってるだろう僕は君のことが……」
「違う貴方の気持ちなんて痛いほど分かってます。でも貴方は国を治める者、帝位を継ぐ立場なのですよ、それが個にこだわっていては大衆は動かせません。私への感情など一時の気の迷い、飽きるまで抱いて捨てればそれで良かったのです。貴方にはそれが許されていたのに、そうすれば私だって貴方を……殺さなくても済んだのに」
彼女の言うことは最もだ皇帝としてなら。
「まあそこは、皇帝の立場より君を選んだってことで許してよ」
「なっ、なっ、なっ、なんですかそれ、嬉しいですけど……それでこの状況になってたら意味がないじゃないですか」
「まあ、そうだけどさ、どうかな、これから一緒に逃げない?」
「はぁぁぁあ? 正気とは思えません、そもそも逃げたところで皇家の立場すら失った貴方が逃げ切れるとは思えません」
まったくの正論だ。今更駆け落ちしたところで状況が変わるわけでもない事は僕だって理解している。
「いや、そこはほら、愛のチカラというか、二人の想いがみちを切り開く的な」
「想いで運命がどうにかなるなら、なぜこの状況を回避できなかったのですか?……甘い、甘いんですよ貴方は、この国は、綺麗事だけでは生きていけないんですよ」
政は綺麗事だけで済まされないのは、皇族として生まれた僕の方が百も承知している。
だから僕は、ある時期から子供の頃から被っていた能面を取り払って、したくもない腹芸を身につけ、ヘラヘラとした態度で、わざと侮られるように見せた。
「うん、分かってるよ」
「分かってません。むざむざと私ごときに追い詰めら、命を握られている貴方は、もう負けたんですよ。公爵家は弟君である第二皇子の後見人となることを決めました」
日和見主義の公爵がついに決断したらしい、まあ当然と言えば当然だろう、第二妃である自分の娘が産んだ子の方を選ぶのは。
僕の方にも血縁である彼女を送り込んでくれたのは色んな意味での保険だろう。
「ああ、だから君が来たんだろう。あっ、でも最愛の人に殺されるなら、まあいっか」
「…………嫌っ、嫌よ、簡単に受け入れないで、みっともなくていいから抗って見せてよ」
「そんなことしたら、君を傷付けてしまうだろう」
僕が微笑むと、彼女は信じられないと首を振る。
「……もういい、分かりました。やっぱり貴方と話していると決意が揺らいでしまう」
「なんだ残念。僕は君とならいつまでだって話していられるのに、ほら覚えてる初めて会った日」
僕は鮮明に覚えている。
初めて見た彼女は子供ながらに綺麗で美しいと思った。
澄み切った空のような薄い青色の髪。
そして僕を睨みつけるように見つめる、キリリとした切れ長の瞳は髪と同じ空の色。
年齢的には二つほど上。
公爵家の近親である伯爵家の娘で僕の側付き兼側室候補との事だった。
この時の僕は側室の意味なんてもちろん知らなかった。いつも一人の僕に、綺麗なお姉さんがいつも側に居てくれる。ただそれがとても嬉しかっただけだった。
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