6時間目
スマホのロック画面を解除して届いたばかりのメッセージに既読をつける。
『思い出の場所で待ってる』
たったそれだけの文章を送られても困る。
これまでに彼女との思い出をたくさん作ってきたのだから、今更一つの場所を特定することは難しかった。なんてことはない。
約五年ぶりに訪れた母校は思い出のまま綺麗に残されている。
いくら卒業生とはいえ、無断で校舎に侵入することは不可能だが今日は違う。
僕が在籍していた頃と異なり、他校の生徒や一般客を招くことができるようになった文化祭の二日目にお邪魔させてもらっているのだ。
この校舎で僕は彼女に一目惚れして、ハンカチを拾い、交際が始まって、体育祭や文化祭、修学旅行などのイベントを楽しみ、受験に備えた。
そんな高校生活はあっという間に過ぎ去り、僕は都会の大学へ、彼女は地元の大学へ進学した。
けっこうな時間を離れて過ごしたけど、慣れというのは恐ろしいものだとつくづく思う。
「遅かったね」
「やっぱりここだった」
「ほかに選択肢あった?」
「そうだな。視聴覚室、音楽室、進路相談室、図書室とか……かな」
「羅列されると、けっこうひどいね」
「僕もそう思うよ。僕たちは若すぎた。今では考えられないよ」
「でも、楽しかったでしょ」
「うん」
「今はどう?」
小首をかしげながら上目遣いに質問されると、その破壊力にドギマギしてしまう。
前言撤回。人間はなかなか慣れないものだ。
「会えなくて寂しかったかな」
「良かった。わたしも」
あの頃と同じシチュエーションで瞳を閉じた彼女が唇を尖らせる。
僕もあの頃と同じように唇を迎えに行きたかった。
「ダメだよ」
「どうして?」
「どうしてって。そんなこと、わざわざ聞くようなことじゃないよ」
「なんで、ダメなの?」
彼女の表情から察するに意地悪をしているわけではなく、純粋な疑問を抱いて質問している。
「だって」
「だって、なに?」
「こんなにも人がいるのに」
そう、ここは僕たちが放課後に密会した美術室ではない。
今は美術部員の作品が展示されていて一般公開されているのだから当然、人が大勢いるわけで、そんな教室の真ん中でなにを致そうと言うのか。
「そんなこと知ってるよ。ずっと待ってたんだもん」
彼女の言う通りだ。
僕は彼女を待たせすぎた。
「遅くなってごめん」
「もう待てないかも」
「さすがにこれ以上、待たせるつもりはないよ」
「じゃあ、順番通りにどうぞ」
「僕と結婚して下さい」
「はい。よろしくお願いします」
まるでこの展開を予測していたかのように彼女は左手を突き出す。
いつまで経っても敵わないな。
僕はそっと彼女の左手の薬指に指輪をはめた。
鳴り止まない拍手の中に僕と彼女が立っている。
まさか公開プロポーズをする羽目になるなんて思いもしなかったけど、目の前にいる好きな子が笑顔ならなんでもいいように思えた。
「ん。次はもっと落ち着いた場所がいいな」
そんなことをささやきながら腕を絡める彼女と共に思い出の美術室をあとにするのだった。
気になる女の子の恥ずかしい一面を見てしまったら、空き教室に連れ込まれた件 桜枕 @sakuramakura
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