5時間目

 ロマンティックの欠片もない発言を後悔していると、思い出したかのように湧き出た気恥ずかしさに追撃された。

 頭の中がぐちゃぐちゃでどうしていいのか分からなくなり、隣を歩く彼女と一定の距離を保ちながら駅前へ向かう。


「いただきます」

「い、いただきます」

「運動後だからかな。いつもより美味しく感じる」

「ぶふぅ!?」


 ファーストフード店の二人席で向かい合って食事を始めた直後、口に含んでいた炭酸飲料を吹き出さないように必死に押し留めた結果、盛大にむせ込んでしまった。

 なんてことのない発言なのに今日に限ってはとんでもない爆弾発言だ。

 ほかの客が僕たちをそういう目で見ているかのような錯覚さえ覚えてしまうほどだった。


「あ、あのさ。もっと自分を大切にした方がいいと思う」

「ん?」

「あんなこと普通じゃないっていうか」

「ん。だって、あそこまでしないと気づかなかったわけでしょ?」

「へ?」

「わたし、毎日けっこう見つめてたし、視界に入るようにしてたつもりだけど、全然気づいてくれなかったんだよ」

「そ、そうなの?」

「うん。魅力がないのかなって。だから、あの教室に連れて行ってなにもなかったら諦めようと思ってた。そしたらね」

「……う」

「なにかあったってわけ」


 その小悪魔のような視線が突き刺さり、思わず目を背けてしまう。


「でも、僕たちは恋人同士ではないわけで」

「アメリカでは普通らしいよ」

「ここは日本だから」

「細かいなぁ。今の時代ならなんでもオッケーでしょ」

「良くないよ。順番は守らないと。って僕が言っても説得力ないかもしれないけど」

「ほんと、その通りだよね。じゃあ、今から順番通りにしようか」

「……は?」

「日本男児らしく、順番通りに告白からどうぞ」

「そ、それはっ」

「それとも、アメリカ式で進めたい?」


 彼氏がいないとは風の噂で聞いていたが、その情報を知ったとしても告白する勇気なんてなかった。でも、今は違う。

 まるで交際することが当たり前のことだと言うような口ぶりに、さすがの僕も少しだけ思い上がってみることにした。


「僕のこと、好きなの?」

「……その聞き方はいじわる」

「ごめん。えっと、僕と付き合って下さい」

「はい。よろしくお願いします」


 人生初の告白がファーストフードの店内でしかもハンバーガーの乗ったトレイを囲みながらになるとは思ってもみなかった。

 彼女にとっても本当はもっとロマンティックなシチュエーションが理想だったのかもしれないけど、目の前にいる好きな子が笑顔ならなんでもいいように思えた。


「じゃあ、明日から一緒に登下校ね。朝は駅で待ってて」

「え? 朝は別々でいいよ」

「だめ。わたし、8時5分に着く電車だから。帰りは部活が終わるまで待ってて」

「部活終わるのって、遅いと6時とか?」

「なんだ、ちゃんと把握してるじゃない。勉強でもしてて待ってて」

「え、あ、はい」

「食べ終わったら、またキスしようね」

「ぶふぅ!?」


 彼女はまたしても吹き出しそうになる僕を見てクスクスと笑う。


「あ、そういえば。なんで教室で動画を見ていたの?」

「……言いたくない」

「え、なんで?」

「だって、恥ずかしい」

「いや、あれ以上に恥ずかしいことはもうないと思う」

「……だって、きみがこの前、話してたから」

「なんだっけ。誰かとそんな話をしてたかな」

「その、胸がどうとか、お尻がどうとか、制服がどうとか」

「あー。その話は止めよう。ごめん、僕が悪かったから」

「だから、勉強しようと思って」

「分かったから、もういいから」

「でも、あの会話があったからこうなったわけで、人生なにがあるか分からないね」

「そ、そうですね。食べ終わったし、もう帰ろうか」


 二人並んで駅の改札口まで向かう。

 さっきよりも彼女との距離が近いのは気のせいか、それとも新しく得た肩書きのせいか、時間が経って気まずさが薄れたからか。


「もしも、結婚式で二人の出会いを聞かれたら、今日のことを話そうね」

「ぜったいに無理」

「どうして?」

「親のいる前でそんな話をされたら一生実家に顔を出せないよ」

「そうかな? ウケると思うけどなぁ」

「エロ動画を教室で見てたことまでバラされるよ」

「ちょっと言い方。でも、それは恥ずかしいなぁ」

「やっぱり、恥ずかしいの基準がよく分からないよ」

「それは追々知ってもらうということで」

「それに、二人の出会いは高校一年の放課後の教室じゃないの?」

「確かにそうかも」


 こうして僕と彼女の交際一日目が終わり、二日目、三日目と灰色ではない高校生活が続いていくことになる。

 このときの僕はそんなバラ色とも言える高校生活を終え、大学生活を経て、社会人生活へ向かっていくと信じてやまなかったのだ。

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