3時間目
「知ってた」
「へ?」
情けない声が口からこぼれて、ふらつきそうになる足を必死に支える僕は思わず振り返ってしまった。
一体なにを知っていると言うんだ。
僕が彼女のことを気になっているなんてクラス中に、ましてや彼女に知られるようなことになったら学校に来れなくなる自信がある。
だからこそ、クラスメイトとの会話の流れで『好きな女子がいるのか』という話題になったときはしらを切るようにしていた。
毎回、彼女の名前が出ないかドギマギしながらクラスメイトの返答を聞いている時間が苦しかった。
過去には『同級生かわいい女子ランキングトップ3』なんてものを男子だけで密かに作り楽しんでいたこともあるが、そのときもずっとドキドキしていた。
僕の気持ちは絶対に漏れていないはずだ。
「きみのこと知ってるよ。西中出身、帰宅部、趣味はマンガとゲーム、得意教科は数学、苦手教科は歴史と国語、好きな女子のタイプ……わたし」
なんだこれ。
僕は明日からいじめの対象にされてしまうのか。
そんな悪い憶測に支配され、彼女に認知されている嬉しさよりも羞恥心と恐怖心が勝って一歩あとずさる。
「去年、ハンカチを拾ってくれたでしょ。そのあとからずっと見てた。きみもわたしをチラチラと見てたよね」
「あ、えっと。はい」
「だよね。今日も背中がやけどしそうだったもん」
「なっ!?」
確かに今日はやけに視線が動かなかった。
一時間目から六時間目まで気づくと彼女の背中を眺めている。
梅雨が明けて夏を迎える前の蒸し暑くなる今の時期にはみんな薄着になりたくなるもんだよな。
なんて、その時の僕はのんきに構えていたんだ。それが今になって恨めしく思う。
「同級生かわいい女子ランキングトップ3」
「っ!?」
「男子ってそういうの好きだよね。わたしはランクインしていなかったんでしょ? あとから聞いてちょっと安心した」
「えっと、ごめん。勝手にランキングとか失礼だよね」
「いいんじゃない? わたしランク外だし」
「なんか、ちょっとトゲトゲしい」
「でも、きみにとってはわたしがランキングトップなんでしょ?」
「ふぁ!? な、なんでそれを!? あ、いや、ちがっ」
「女子はうわさが好きなんだよ、知ってた?」
「い、いや、知らなかったけど。ごめん」
「どうして謝るの? 同い年の子の中で一番かわいいって思われて嫌がる女の子はいないと思うけど」
「それは人によるんじゃないかな。僕なんかに言われるとキモいよね」
「別にそうは思わないけど。じゃあさ、同級生かっこいい男子ランキングトップ3を教えてあげようか」
「え、そんなのあるの?」
「だってやられっぱなしだと面白くないじゃない。だから女子でも作ったんだよ」
聞きたいような、聞きたくないような。そんなもどかしい感情が波のように押し寄せてくる。
絶対にランクインしていないと分かっているのに少しだけ期待している自分を嫌いになってしまいそうになる。
「残念だけど、きみはランク外だった」
「そうだよね。妥当だよ。自信ないし」
「どうして?」
「だって、かっこよくないし」
「わたしは安心したけどね」
「え?」
「だって誰も気づいていないってことでしょ?」
「え、なんのこと? どういうこと?」
「むぅ」
少しだけ唇を尖らせた彼女は僕を見上げながら手首を掴むとなにかを決意したような顔つきで歩き始めた。
「え、ちょっと」
「いいから」
開けっ放しの教室の扉を閉めることも許されずに歩かされ続ける。
彼女との身体的接触による興奮も少なからずはあっただろうが、それよりもこのままどこかへ連れて行かれ、
いっそのこと彼女の手を振り解いて逃げ帰った方が良いだろうか。
でも、それで明日の朝からクラス中に変な噂を流されても困る。
勝手な妄想で八方塞がりとなった僕は気づくと空き教室の前に立っていた。
彼女は施錠されているはずの美術室の壁の前でしゃがみ込み、一番下の小窓を開け始める。
「そんなところ開かないよ」
「開くよ、ほら」
こちらを見ずにそう答えると制服が汚れることもためらわずに腹ばいとなり、小窓に頭を突っ込んで教室内を覗く。
同じようにしゃがみこんだ僕の隣には身体の半分を教室内に侵入させた彼女が腹ばいになっていて、「このままスカートを捲ってもすぐには抵抗できないよな」なんて
やがて両足も教室内に引き込まれ、僕は廊下に一人取り残された。
「何してるの? 早くきて」
小窓から片手だけを出して手招きする彼女は一体なにを考えているのだろうか。
実はこの美術室の中に男子生徒が待ち構えていて頭を出した瞬間にバットで殴られるとか、腹ばいになった瞬間に物陰に潜んでいた男子生徒にズボンを脱がされて写真を撮られるとか、悪い想像しか思いつかない。
「ねぇってば」
一向に動こうとしない僕に剛を煮やしたのか、少し怒った彼女の声が小窓の向こう側から聞こえる。
教室の窓はすりガラスで中は見えないが、他に人がいる気配はない。
廊下を何度か見回した僕は意を決して腹ばいになった。
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