Ⅳ 襲撃

 総務部上級士官、ゴウケンが入隊式の祝辞を読んでいる。新人隊員は全員整列して祝辞を聞いているが、フィニスは早々に飽き始めていた。


『聞こえるか、カイム』


 フィニスと契約しているソロモンの悪魔、カイムに心の声で話しかける。カイムもそれに応える。


『なんだ、フィニス』


『暇なんだけど、なんか面白い話してよ』


『人間界でも悪魔界でも、その話の振り方は嫌われるぞ』


『悪魔界なんてあるのか』


『人間ほどのコミュニティは持たないが、上下関係もあるし、仲のいいグループだってある』


『へぇ。お前らはどうなの』


 フィニスは話をカイムからに振った。小鳥型のカイムに対し、現れたのは美しい亜麻色の長髪をもつ人型のグレモリーだ。人型だが頭頂部には二本の角が生えており、人間と見間違えることはない。


『我はグレモリーとそんなに仲がいいわけではない』


『そんなこと微塵にも思ってないクセに。可愛いのねぇ、カイムちゃん』


 カイムはグレモリーに頭を撫でられると頭を強く振って手を離させた。


『ふん。これだから嘘を見抜く悪魔は好かんのだ』


『自分でさっきのは嘘だって言ってるじゃない。やっぱり可愛いわねぇ』


 契約主のフィニスを差し置いて、カイムとグレモリーは仲睦まじく会話を重ねる。フィニスはちょうどいいラジオだと思い、会話からも早々にフェードアウトした。

 すると、カイム、グレモリーの間からが姿を現す。カイムと同じくらいの大きさのアミィはフェアリー型の悪魔だ。


『ねえねえ、フィニス様』


『どうしたアミィ』


 アミィはフィニスの頭上を飛び回り、四方八方をくまなく探す素振りを見せる。


『フィニス様、ここにいるよ。』


『なにがいるって……まさか、もう見つけたのか』


『うん。フィニス様の心臓を刺した、青白い剣の力の持ち主を』


 フィニスは神妙な面持ちとなり、祝辞を読んでいるゴウケンの後方に視線を移す。祝辞の前に紹介された各部隊の隊長が横並びに立っている。


『あいつらの誰かまでわかるか』


『ごめんね、そこまではわからないや。だって、あいつらおかしいよ。魔力探知しようにも、魔力がそのあたりの人間と違いすぎる。ぼくら悪魔ですら近付きたくはないよ』


 フィニスが軍隊に所属した目的は明確だった。いまは無き故郷を滅ぼしたフードの人物を探すためだった。フードの下に見えた服装が当時何度もテレビのコマーシャルで見た軍隊の隊員服だったため、軍の隊員であることまではわかっていた。

 しかし、男か女かすらもわからない。年齢も不詳だ。だが、あの事件を一隊員が独断で行えるとは思えない。八年が経過したいま、確実にフードの人物は隊長格である、とフィニスは踏んでいた。

 そしていま、まさに隊長たちが勢揃いしているときにアミィの魔力探知が功を奏す。間違いない、あのなかにいるのだ。フィニスは拳を強く握りしめ、その目つきは厳しいものになっていた。


『フィニス様、あとね、もう一ついいですか』


『今度はなんだ』


 アミィがフィニスに話を続けたとき、ゴウケンが読んでいる祝辞は最後の部分に差し掛かる。


「ルシフ王国軍に籍を置く理由は人それぞれだろうが、目的は共通である。隣国、ベルゼ王国からの恐怖を退け、かの七二体いる悪魔を討ち滅ぼし、完全な平和を享受することだ!」


『あのおじさん、そろそろ死ぬよ』


「なっ……!」


 アミィの言葉にフィニスは耳を疑う。声高らかに祝辞を読み終えると、新人隊員から拍手を送られご満悦になったゴウケンだったが、その頭上、広場の遥か上空の雲行きが怪しくなりつつあった。先程まで晴々としていた青色が、みるみるうちに黒に染まり辺り一面を包み込む。突然のことに新人隊員たちも口々に不安な声をあげ、なかには泣き崩れる者や逃げ出そうとする者が現れ始めた。


「悪魔だ! 悪魔がきたぞ!」


 誰かがそう叫ぶと、新人隊員のほとんどが一斉に尻尾を振り広場から逃げ始める。しかし、フィニスはその場から動かない。彼の中には戦う準備ができていた。そこに知らない男の新人隊員が駆けつけ、フィニスの肩を掴んだ。


「おい、早く逃げろ! 死んじまうぞ!」


「何から逃げるっていうんだ」


「はあ? 何って、あの悪魔からだよ。見てわかんだろ」


 もう何が起きても知らねえぞ、とだけ言い残し男性隊員はその場を後にした。


 フィニスは冷静に契約悪魔たちに問いかける。


「カイム、あれはなんだ。悪魔か」


 カイムは暗くなった空の中心部を凝視する。


『あれは悪魔ではない。だが、嫌な臭いがする。この臭いは……そうだな、この臭いは金属だ』


「金属ってことはベルゼ王国の魔導機兵か。こんな日に限って……いや、この日を狙って攻めてきたのか」


 ゴウケンは腰が抜け尻から地面に倒れ込む。彼の頭上でまさにいまから起きようとしている恐怖に恐れおののいている。


 次の瞬間──空に魔法陣が現れ、中心部からいくつもの魔導機兵が広場に向けて解き放たれた。魔導機兵は蜘蛛をモチーフにした形をしており、全長はおよそニメートル、魔導エネルギーで動く四足歩行の機械だ。ゴウケンは泣き叫びながら赤ん坊のように這いつくばって逃げ始める。


「く、国の一大事に皆逃げおって! 私を助けろ! 私を──」


 バンッ……!


 ゴウケンがいた場所に上空から五体の魔導機兵が着地して豪快な音を立てた。魔導機兵のモノアイセンサーが周囲の生命体を感知するため超音波を発すると、魔導機兵たちのちょうど真後ろ、十メートル離れた位置に二人の生命体反応をキャッチする。

 そこにいたのは、背中に黒い翼の生えたフィニスと、脇に抱えられたゴウケンだった。

 フィニスが脇に抱えたゴウケンを見ると、口から泡を吹きながら失神していた。


「おっさん、話長すぎ。ま、失神してんなら都合いいや」


 フィニスはゴウケンをその場に降ろし、右腕を魔導機兵に向けて構える。魔導機兵たちも二本の前脚に取り付けられた機銃を構えるが、モノアイセンサーがフィニスを捉えることはできなかった。胴体の中心部を貫かれるように破壊され、魔導機兵たち五体の信号はロストした。

 フィニスはカイムの力を借りて生やした翼で高速移動し、自らの魔導エネルギーを青白く光る剣──魔導剣に形を変えていた。


「まずは五体!」


『フィニス様! 前から続けて敵がきます!』


 アミィの予告通り、広場の壁を飛び越えて魔導機兵が物騒な音を立てながら五体現れる。依然として、広場に残っているのはフィニスただ一人だけだった。


「大丈夫だ。このまま押し切る!」

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