Ⅲ ルシフ王国軍

「今日から訓練生となる勇敢な者たちだ。皆、拍手で迎えよ」


 皇歴九五八年。ルシフ王国領にある北方の村をソロモンの悪魔が襲った時から八年の月日が経った。経過した年月が領民の記憶から事件の悲劇を少しずつ奪い、この日、この場所、ルシフ王国軍の入隊式に参加した新人隊員も例外ではなかった。

 ルシフ王国は基本的に他国と積極的に貿易を重ねる国ではない。そのため、保安上の観点からルシフ王国への入口は一箇所に限定され、全長二〇〇メートルの大きな橋を渡らなければいけないように設計されている。王国軍の本拠地は橋を渡った先にあり、何人たりとも許可なくして国の中に入ることはできないようになっていた。


 入隊式は軍の敷地内にあるコロッセオのような巨大な広場で執り行われていた。男女合わせて五〇〇名を超える久し振りの大収穫に、軍の上層部も満足している。

 新人隊員の採用を担当した総務部上級士官のゴウケンは色眼鏡をかけるように新人隊員をザッと眺めると、ニヤついた顔で隣の武官に話しかけた。


「あれを見ろ。昨年の武術大会の優勝者に、魔法連盟推薦の特待生も採用したんだ。見事に粒ぞろいではないか。なあ」


「……そうだな」


 武官はゴウケンの話になど興味のかけらもなさそうに答える。ゴウケンも興味の薄さを感じ取ったのか、ゴホンと咳払いして話を続けた。


「毎年、ベルゼ王国とのいざこざに多くの人員を割く必要があるからな。これでしばらくは安泰だろう」


「本物の実力が伴わなければ、数だけいても烏合の衆に過ぎないがな」


「本物の実力ぅ? 何を言っておる、数々の武術大会を総ナメした新人隊員もおるのだ。実力は伴っていて当然だろう」


「本物の実力とは、指示に従い、また必要があれば自分を信じて動くことのできる素直な者に宿る」


 フン、何を言っているのか理解できんな、と捨て台詞を吐いて、ゴウケンは武官の前から姿を消した。武術は視線を新人隊員のほうに戻す。武官の視線の先にはいたのは、武術大会の優勝者や魔法連盟の特待生ではない。武官から見て、周囲の新人隊員から浮いて見えるほど、その人物は禍々しいオーラをまとっていた。


「面白いやつだな」


 武官──氷の隊長セッカは、群衆のなかに紛れ込み、水色のラインが入った銀色の隊員服を着ていたフィニスを視界に捉えていた。

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