第4話 最悪な探偵


 犯人がいるとして、外に出てからこの建物内に戻り、怪しまれずに誰かが死体を移動した。もしくは家の中にいる人物が死体を移動したのか。


 それが分かるのは犯人の足跡の有無だった。


 こんな雪の中、人の足跡はすぐに消えてしまうだろうが、それはつまり窓から犯人が逃げて建物へと逃げたのであれば、足跡が必ずあの場にあったということだ。


 しかも、証拠品なるものもあったというのにそれをなくすなんて!


 僕らには誰が証拠品の持ち主かなどは分からないが、建物内にいる皆に聞けば、その程度のことは分かっただろう。犯人が口を噤んでも、他の人が「これ、あなたのじゃないの?」と答えるはずだ。


 僕は大きくため息をついた。


「落としたのはいつですか?」

「いつだったかな……」

「それも覚えてないんですか?」


 小気味よく頷く七島先生に僕は絵画に描かれた人物のように口を大きく縦に開いて、両耳を塞ぎたくなった。


「……それならいいです」

「え? 怒らないのかい?」

「今、怒ってもどうしようもないじゃないですか。帰ったら、怒ります」


 僕はそう言うと暖炉近くにかけたままになっていた自分のコートを手に取った。


「どこに行くんだい?」

「外です。もしかしたら、落としたのは外かもしれないでしょう? 先生の助手として、フォローできることはしないと」


 七島先生は気まずそうな顔をしていたが、今はとりあえず、身体を動かすしかない。僕は外に出て、スキーをする時にはめていた手袋で雪をかき分けた。


 雪をかき分けても証拠品らしきものは出てこない。犯人の足跡どころか、僕らの足跡まで降り積もった雪によって消えていた。あてずっぽうに探しても見つかりっこないだろう。


 誰かが警察を呼んだとしても、この雪だ。すぐに来てくれるわけもない。

 ベランダの下まで来て、僕は半ば諦めながらも雪をかき分けた。


 すると、手が何かに触れる。固い何かだ。手袋越しでそれの手触りは分からなかったが、僕は急いで雪をかき分けて、それを掘り起こした。


 それは、二十五センチほどの高さがある聖母マリアを模した像だった。片手で持つには手首を痛めそうなほどのその重さは、間違いなく、窓を割ることができるだろう。


 そもそも、あの部屋に第三者がいたのかさえ怪しい。


 犯人が窓ガラスを突き破って逃げたことが嘘で、窓がこの像によって壊されていたとなると、犯人は自ずと分かる。


「もしかして、先生が僕にあんな質問をしたのは……」


 あの場で窓ガラスに像を投げて、悲鳴をあげ、駆けつけた僕らに犯人を追うように誘導できたのは菫さんだけだ。彼女は僕の高校時代の恋人だった。


 七島先生であれば、彼女がより犯人らしいということも気づいてたはずだ。それでも、彼がすぐに菫さんを問い詰めなかったのは、僕がいたからだ。


 僕は確かな証拠である像を抱えて、建物の入り口へと足を進めた。


 この事件は、七島先生の手ではなく、僕の手で幕を引くべきなのだ。


 皆がいるはずのリビングの扉を開けるともうすでにその場には亡くなった小野寺さん以外の全員が集まっていた。


 七島先生一人が暖炉前の椅子に座っていて、他の全員が遠巻きに立ったまま、菫さんは膝から崩れ落ちて泣いていて、拳を振り上げた藤塚さんを川本さんが後ろから肩を抑えて止めていた。


「ああ、九朗くん。たった今、推理を披露し終わったところだよ。ああ、それは菫さんが窓ガラスを割るために外に投げた像かい? 悪いね、拾ってきてもらって。思い出したんだけど、私が落とした証拠品は物置小屋の小野寺さんの死体の傍にあった菫さんの右耳のピアスでね」


「……」


「本当は君を傷つけないように彼女に自首をお願いするはずだったんだが、どうにも二人きりになれなくて、私の行動を不審に思った新田くんに咎められて、つい推理をすることになったんだ」


「……先生、僕の覚悟を返してください」


 タイミングが何もかも悪い七島先生に対して、僕は手に持った像を振り上げたくなるのを堪えて、像を暖炉前の小さな丸いテーブルに置いた。


「ついでに言うと殺害の動機は小野寺さんによる二股だったらしい。ちなみに彼女は君のことは今ではなんとも思っていないみたいだ」


「……」


 言葉も出ない。ただし、これだけは言っておきたい。


「先生って、本当に最悪な探偵ですね」


 七島先生は「なにをいまさら」ときょとんと目を丸くして、僕のことなど気にせずに温かい紅茶に口をつけた。

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最悪な探偵 砂藪 @sunayabu

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