第3話 だから最悪な探偵って(以下略)
僕と七島先生と川本さんが建物に戻り、寒さから暖炉へと向かおうとリビングに入ると暖炉前の椅子に座って泣いている菫さんの肩に新田さんがひざ掛けをかけていた。その奥のテーブルで藤塚さんがワインのボトルを前にして机に突っ伏して寝ていた。
「菫さん、大丈夫ですか……?」
僕の問いかけに菫さんは首を横に振った。
「九朗くん、二階に行こう」
暖炉脇に薪を置いた川本さんも一緒に二階へと向かった。
二階の東側の一番奥の部屋の扉を慎重に開けると、部屋の中に小野寺さんの姿はなかった。
「死体が……」
「本当に小野寺は死んでたのか?」
川本さんの質問に思わず、僕らは黙ってしまう。犯人を追うことに必死で僕らは小野寺さんが死んでいるのか生きているのか確認していなかった。
もしや、僕らが外に犯人を捜しに行ってる間に小野寺さんは手当てをしてどこか別の部屋で休んでるのではないだろうか。
新田さんや菫さんに聞けば教えてくれただろうに聞くのさえ、忘れていた。
気を取り直して一部屋ずつ扉を開けていくが、小野寺さんの姿はない。どのベッドも使われた形跡がない。ならば、トイレかと思ったがトイレにも誰も入っていない。風呂場にもリビングにもいない。残りは物置部屋と地下のボイラー室だ。
物置部屋の扉を開けるとそこには小野寺さんがうつ伏せに倒れていた。
「小野寺さん!」
物置部屋の木の床には血が広がっていて、それは小野寺さんの腹の下から広がっていた。
「……死んでるね」
小野寺さんの傍にかがんだ七島先生が言うまでもなく、彼が死んでいるのは扉の前で固まっている僕にも川本さんにも明らかだった。
「やっぱり、小野寺さんは死んでて……死体が二階から一階に移動した……?」
死体が移動した。
僕らが外にいた間、死体を移動させることができたのは、この家の中にいた人間だ。
僕と七島先生と川本さんは違う。建物の中にいたのは新田さんと藤塚さんと、亡くなった小野寺さんと一緒にいた菫さんだ。
「……七島先生」
「とりあえず、リビングにいる彼女たちに話を聞こうじゃないか」
七島先生が立ち上がり、扉の前に立っていた僕と川本さんの肩を叩いた。やはり、先生はこんな時には頼もしい。
川本さんの心配そうな視線を受けて、僕は強く頷いた。
「大丈夫です。七島先生は探偵なので!」
「足跡とか全部自分で消してたのに……?」
「……それについてはなにも言えません」
僕はついつい苦虫を噛み潰したような表情をして、黙ってリビングへと向かった。
リビングには先ほどと変わらず、テーブルに突っ伏している藤塚さんと暖炉の前で泣いている菫さんを慰めている新田さんがいた。
川本さんが突っ伏している藤塚さんに水を飲ませて起こしている間に、僕と七島先生は菫さんと新田さんから話を聞いた。
どうやら、同じ二階にいた僕らには聞こえていた菫さんの悲鳴と窓ガラスの音は、眠っていた藤塚さんと食器洗いをしていた新田さんには聞こえなかったみたいで、彼女は僕と七島先生が慌てて建物から飛び出した音だけ聞いたらしい。
そして、そのすぐ後に菫さんが泣きながらリビングに入ってきて、そんな彼女を宥めていた、という流れだ。
菫さんが詰まりながら話してくれたのは、窓ガラスが割れる音が聞こえる前のことだった。
菫さんと小野寺さんは、僕らとは違い、別々に行動していた。菫さんはシーツと布団をベッドに被せていたところ、隣の部屋から、どんと壁を何度か叩く音と呻き声が聞こえて、隣の部屋へと向かった。
扉を開けるとそこには倒れた小野寺先輩と窓ガラスの前の怪しげな人影があったと言う。その手には鋭利なナイフがあり、恐怖で尻餅をついて叫んだところに僕と七島先生がやってきた。
「小野寺が死んだ? 嘘でしょうッ?」
起きたと思ったら、ヒステリックに声をあげたのは藤塚さんだった。川本さんが説明してくれたが、彼の話だけでは信じられないと言い、一人で物置部屋へと言ってしまった藤塚さんを慌てた様子で川本さんが追いかけた。
「先生……この事件、分かりますか?」
話を聞いてさらに泣き出してしまった菫さんは新田さんに任せて、いたたまれなくなった僕と先生は台所へとやってきた。
中の食材は好きに使っていいと言われていたので僕は冷蔵庫の中からお茶を取り出して、先生の分もコップに注ぐ。
僕の質問に先生は首を横に振った。
「いや……それよりも」
先生は僕と同じように声を潜めた。
「菫さんは君とただの同級生の仲ではないようだね」
「えっ」
当然、殺人事件の話題が振られると思っていた僕は思わずたじろいだ。
確かに僕と菫さんは恋人の関係にあった。しかし、それは高校までの話だ。今では、過去の知り合いという程度の関わりしかない。
「こ、こんな時になにを……」
「重要なことなんだ。今日、菫さんと君が顔を合わせた時の表情を見てからずっと気になっていたんだよ」
もしかして、それが気になっていたから殺人事件の捜査に身が入らないとでも言うのではないか。
「先生! しっかりしてください! いくら最悪と言われるからって、こんな時ぐらい事件に集中してください!」
僕の言葉に七島先生は明らかに落ち込みましたと言いたげな反応をした。そんな反応をされても困る。
殺人事件が起こっているのにどうして僕と菫さんの恋の話をしなくてはいけないのだ。しかし、このままでは先生も事件解決に身を入れてくれない。
「僕と菫さんは高校の頃に付き合ってました」
「恋人として?」
「そうです」
満足しましたかと聞くと何故か七島先生は自分の顎を撫でて、険しそうな顔をしていた。ここまで話したのになんて反応だ。
「はいはい。話したからいいでしょう。事件解決してください」
「聞いてくれ。九朗くん」
「なんですか」
七島先生の険しそうな表情に嫌な予感がした。
「実は犯人に繋がりそうなものを拾ったのだが……」
「ま、まさか、先生……」
「落としてしまったようだ」
「先生ぇー!」
僕は周りを気にせずに叫んだ。
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