第2話 だから最悪な探偵って言われるんですよ!?
さすがに椅子は急に迷い込んできた僕らの分までは用意されていなかったので、よそってもらったビーフシチューを暖炉前の椅子の横の小さなテーブルの上に置いて、食事を楽しんだ。ここに来る原因となった先生は「たまにはこういう出会いも悪くないね」と言いつつ、小野寺さんのワインの誘いを断っていた。
「児童文学サークルってどんな活動をしていたんですか?」
僕の質問に藤塚さんがワイングラスを軽く傾けながら答えた。
「絵本を自分達で作ったり、それをボランティアで幼稚園や養護施設に行って読み聞かせたりしていたのよ。たまに手に人形をはめて人形劇もやっていたけどね」
「子どものためのサークルって感じですね」
実際、藤塚さんは保育士をやっていて、新田さんは小学校の教師をしているみたいだ。菫さんと小野寺さんは同じ出版社に勤めていて、川本さんは絵本作家をしているらしい。
皆、夢を叶えたねと話す様子は眩しかった。彼らが青春を育む中、僕は七島先生と出会い、先生のタイミングの最悪さに付き合っていたのだ。そう考えるとどんどん悲しくなってくる。
「あ、料理に夢中で忘れてた。シーツとか用意しないと」
「薪も追加しとくか」
「私、ワイン飲みたいからパス~」
「手伝いますよ」
ここに泊めてもらうのだからと僕と七島先生はベッドの用意を小野寺さんと菫さんと行うことになった。川本さんは薪の用意、新田さんは食器洗い、藤塚さんはワインを飲んでゆったりすることとなった。
小野寺さんにシーツの場所とやることの説明を受けて、僕らは二階の西側を、小野寺さんと菫さんは東の部屋を回ることになった。
この建物は一階にリビング、台所、風呂場、物置小屋、書斎があり、地下にはボイラー室。そして、二階には寝室がいくつもあった。建物の真ん中に階段があり、それを上ると東に三つと西に三つ部屋がある。ベッドが二つある部屋が二つ、一つある部屋が四つだった。僕らはベッドが二つある部屋を貸してもらえることになった。
「九朗くんがロッジのある場所を覚えていてくれて助かったよ」
「元々行く予定だった場所とは大違いですけど」
七島先生の学友が用意してくれていたロッジがどういうものか、僕は知らないが、絶対にこのロッジよりも小さい建物だっただろう。出迎えてもらってビーフシチューまで頂いて、寝床まで用意してもらえるなんて、僥倖だ。
今回の七島先生のおっちょこちょいには目を瞑ってもいいかもしれない。
そんなことを呑気に考えつつ、物置部屋に収納されていた枕やシーツ、布団などを用意していると、僕と七島先生の耳に女性の悲鳴が届いた。
吹雪いてきた外の風の音に掻き消されそうな女性の悲鳴に僕らが手を止めると同時に何かが割れる音が聞こえる。
「先生!」
「こっちだ、九朗くん!」
先生は仕事柄、そして、僕は先生の助手として何度も経験した事がある緊迫感にさいなまれながら、僕らは部屋を飛び出した。
七島先生の後を追って、廊下を走り、僕らは小野寺さんと菫さんがいそうな東側の三つの部屋の扉を片っ端から開けて行った。最後の扉を開けると、室内とは思えない冷たい空気が肌に突き刺さる。
「く、九朗くんっ!」
割れた窓ガラス。部屋の隅で尻餅をついたまま涙を目に浮かべる菫さん。そして、ベッドの脇に倒れている小野寺さんと床に染みている赤い何か。
「大丈夫ですか?」
僕が菫さんに近づき、七島先生が小野寺さんの傍でかがむと菫さんは震える指で割れた窓ガラスを指さした。
「ひ、人がっ、逃げて……っ!」
「行くぞ、九朗くん!」
「は、はいっ、先生!」
割れた窓ガラスの外はベランダで、僕らはすぐにベランダに出ると左右を見た。ベランダ内に人影はない。
しかし、すぐに七島先生がベランダの近くの木を指さす。
「犯人はこの木を伝って、下に降りたのかもしれない。外に行こう!」
「分かりました!」
一刻も早く犯人を捕まえなければいけない。僕らは部屋に戻ると階段を駆け下りて、玄関へと向かった。
外に飛び出すと、薪が置いてあるロッジ隣の小屋から出てきた川本さんが不思議そうな顔をして「どうしたんだ?」と聞いてきた。
全てを説明している時間がないので僕は「不審者が出たんです!」と答えて、すぐにベランダの傍の木があった建物の裏側へと走り出す七島先生の後を追った。
そんな僕を追いかけるように、薪を抱えたまま川本さんが走ってきた。彼はすぐに僕の隣に並ぶ。
「不審者ってどういうことだ?」
「小野寺さんが被害にあったんです。犯人は二階から窓ガラスを割って逃走したみたいで、ベランダにはいなかったので近くの木を利用して外に逃げたと思われます」
早口で状況の軽い説明を行うと川本さんが目を見開いた。
「じゃあ、なんだ? このロッジに俺達とあんた達二人以外の人間がいたってことか……?」
「その可能性はあるかもしれない」
先生は木の下に辿り着くときょろきょろと周りを見回しながら、川本さんの疑問に肯定を返した。
雪が顔にまだ降りつけてくる。
急いで建物か飛び出してきたせいで防寒具もろくに身に着けていない僕と七島先生の剥き出しの指が赤くなっている。
あっちを探そう、こっちにいったのかもしれないと歩き回っていると川本さんが「あ」と声をあげた。
「犯人が逃げたのはついさっきなんだろ?」
「はい、そうです」
「だったら、足跡とか残ってたんじゃないのか?」
「……あ」
三人とも、一斉に視線を落とす。ふかふかの雪には確かに足跡がくっきりと残っている。
しかし、それは犯人の足跡ではない。
犯人を捜すために歩き回った僕らの足跡だった。例え、犯人の足跡があったとしても、それは僕らの足跡によって消えてしまっているだろう。雪の上の足跡はどれも同じような大きさで特徴的な足跡はなかった。
僕は頭を抱えた。
「だから、先生! 最悪だって二つ名がつけられるんですよ!」
僕の言葉に七島先生は明らかに落ち込んだかのように視線を落として「すまない」と言った。しかし、それも一瞬のことで先生はすぐに何事もなかったかのように真剣な顔つきで僕と川本さんに視線を向ける。
「犯人は逃走したかもしれない……。でも、このあたりにある足跡はロッジの周りの森の中には入っていないように見える」
七島先生は勢いよく振り上げた人差し指を僕らがいた建物へと向けた。
「足跡は森に伸びていないとすると、犯人の足跡があったとしたら、それは私たちに全て掻き消された……。となると犯人の足はどこへ向かったのか」
説明の前からずっと建物を指さしている七島先生の指先を見つめる。
「この建物だ!」
指さしのタイミングがずれているせいで、演劇の台本の手順とセリフを間違えたみたいになっている七島先生に、僕は本日三度目のため息を吐いた。
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