最悪な探偵

砂藪

第1話 七島先生と九朗くん


 僕が助手を務めている探偵の七島先生は、すこぶるタイミングが悪い。タイミングどころかやることなすこと全部悪い。

 今までの数々の現場でもそのタイミングの悪さから顔見知りの刑事に何度も怒られていたくらいだ。


 重要な証拠品だったカメラを壊してしまう。

 犯人の取引現場に図らずも遭遇してしまう。

 脅迫状が届いた面々の真剣な会話中に腹の音が鳴ってしまう。


 そんなこんなで七島先生がつけられた探偵としての二つ名は「最悪な探偵」だ。


 僕が過去に七島先生が請け負った事件でどれだけ七島先生のフォローをしたのか数えきれない。


 そして、七島先生のタイミングの悪さは今日も発揮されていた。


「七島先生」

「なんだい、九朗くん」

「迷いましたよね?」


 僕の言葉に七島先生はバツが悪そうにそっぽを向いた。その動作に僕は大きなため息を吐く。吐き出された息が全て白く染まる。

 白く染まった冬季シーズン真っ盛りの山の麓で僕らは雪に埋もれた道に佇んでいた。


 七島先生の学友が事件を解決したお礼として、僕らにこのゲレンデでの休みを用意してくれた。しかも、宿泊場所はホテルではなく、七島先生の学友が所持しているロッジの予定だった。


 それなのに、七島先生は学友からもらった地図も開かずに立ち往生している。


「地図、なくしたんですよね?」

「バスに乗った時に場所の確認をするために開いていたから、その時に……」

「十中八九それじゃないですか」


 僕はもう一度大きなため息を吐いた。


 この時のために僕はロッジについて下調べをしていたのだ。ロッジの正確な場所までは分からなくても、ロッジの群生地とも言える場所はだいたい分かっている。


 今は冬季シーズン真っ盛り。


 この場所にロッジを持っているのなら、来ない手はないだろう。僕は七島先生を連れて、ロッジの群生地へと向かうことにした。


 案の定、僕らは窓から灯りが漏れているロッジを見つけて、扉をノックした。冬ならではの非日常を楽しんでいる方々の邪魔をして申し訳ないと思いながら、ロッジの扉から顔を覗かせた男女に話をしていると奥から見知った顔の女性が現れた。


「あれ? もしかして九朗くん?」

「……もしかして、菫さん?」


 彼女は高校時代の僕の恋人だった人だ。大学に進学するにあたって、離れ離れになってしまうからと別れた。僕らはお互いが高校の同級生だと周りには説明した。


 結局、七島先生の学友が貸し出してくれたロッジは見つけられなかったが、僕らは菫さんたちのロッジにお邪魔させてもらうことになった。


 彼らは大学の児童文学サークルの同期メンバーで、卒業した後もこうして元部長の小野寺さんの両親が所有している冬のロッジにやってくるそうだ。


 サークルメンバーは計五人。


 元部長の小野寺さん。元副部長の川本さん。小野寺さんの恋人の藤塚さん。台所で忙しなく動いていた新田さん。そして、僕の元恋人の菫さん。


「すみませんねぇ。皆さんの大事な時間をいただいてしまって」

「いいんですよ。このメンバーでこうして集まるのも例年通りですし、そろそろ面白味に欠けると思ってましたから」


 僕らのことを出迎えてくれた小野寺さんが冷え切った僕らを暖炉の前に誘導しながら、八重歯を見せて笑った。


「今回はゲストが来たと思って、楽しみますよ。二人とも面白い話をお願いしますよ」


 冗談のつもりだろうが、荷が重い。小野寺さんは声をあげて笑いながら、台所へと向かっていった。


 ふと窓を見るともう日は落ちていた。僕らがロッジの群生地に辿り着いた頃には日が傾いていたので、小野寺さんたちが迎え入れてくれなかったら、僕らは真っ暗な中、今日の宿泊場所を求めてさ迷っていたと思うと、ぶるりと身体が震える。


「九朗くん。七島さん。これ、どうぞ」


 菫さんが差し出してきたマグカップを僕らは受け取る。中には温かい紅茶が入っていた。砂糖はもういれてあるようで、疲れた身体には染みる。


「毎年、皆さん、こうして集まるなんて、仲がいいんですね」


 七島先生の言葉に菫さんは「そうですね」と微笑んだ。その後ろで新田さんが肩を竦めた。彼女の手には二枚のひざ掛けがあった。


「みんなに会うためとはいえ、雪山に来るのは嫌だけどね」

「おや? 雪はお嫌いですか?」

「雪っていうか、スキーとかが苦手なのよ。だから、毎年、ロッジに荷物を置いたら私だけ留守番をして料理を作ってるわ」

「新田は運動音痴だからなぁ」


 椅子に腰かけていた川本さんがからかうようにそう言うと新田さんは意地の悪い笑みを向けた。


「あんただけビーフシチューなしでもいい?」

「悪かったっ! それだけは勘弁してくれ!」


 和気藹々とした雰囲気にそれとなく僕らは混じりつつ、雪山での夜を楽しむことにした。

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