第二話 もう一人の天使

「あの――ヒジリさんはもしかして……天使、なのですか? アマネと同じような……」

「ええ、その通りよ」


 ヒジリはそのアマネと同じような金色に近い琥珀色の瞳で麻世を微笑んで見つめた。


「貴方は今思い悩んでいること以外にも、生前にしたことで大変後悔していることがある。すなわち、立花麻矢に対して自分の本当の気持ちを告げぬまま命を絶ってしまったこと」

「……っ!」

「貴方は最期、自らの行いが過ちであったと悟った。その罪を背負って命を絶つことを決断した」


 麻世はうつむきがちに目を伏せていた。


「立花麻矢は貴方が命を絶ってしまった原因が、自分せいなのだ激しく後悔している。貴方との最後の会話が貴方を追い詰めたのだと」

「……!」


 今度ははっきりとショックを受けた表情をした。あの時――麻矢に呼ばれたとき、彼女に言われた言葉――



 ――『氷樹先輩を解放してあげて』



 もし自分が彼女の立場だったら、きっとやりきれないだろう。この間見た夢の中で、彼女は自分を責めていた。それが改めてわかると麻世の胸は苦しくなった。


「このままだと、彼女は十字架を背負って生きていくことになるの」

「私…………」


 麻世は声を震わせた。取り返しのつかないことをしてしまったのだ。


「麻世」


 ヒジリは麻世の頭に手を添えた。


「貴方は彼女のことを心から憎んでいたわけではなかった。そうでしょう?」


 そうヒジリが言った途端、麻世の意識が遠くに飛び去っていった。



 ◇ ◇ ◇



 気が付けばとても見覚えのある場所にいた。麻世は生前のころの自分の部屋の中に立っていた。

 するとドアが開いて誰かが入ってきた――それは生前の自分だった。


『……!』


 麻世は思わず数歩後ずさった。生前の自分はカバンの中から写真らしきものを取り出した。そして机の上にあった伏せたままの写真立てを手に取る。そこには、以前飾っていた麻矢と一緒に仲良く写っていた写真が入っている。


「……」


 生前の自分はしばらくその写真を見ていた。自分でも覚えている。麻矢のことが憎くてたまらなくなっていたあの頃――

 そしてその麻矢と一緒に写っている写真を取り出そうとした。が、しばらく手を止め、再び写真立ての中に戻すと今度は新たにプリントしてきた、最後に恵花と氷樹に遊びに連れて行ってもらった際に撮った新しい写真をその上から差し込んだ。そして写真立てを机の上に再び飾って立てておいた。


『……』


 麻世は生前の自分が部屋から出て行った後で写真立てを手に取った。そして、新しい写真の後ろ側にある麻矢との写真を取り出す。


『麻矢ちゃん……』


 写真には彼女と一緒に写っている。そして、その写真を裏返す――


『…………』


 いつか、彼女に届いてほしい。この私の気持ち――



 ◇ ◇ ◇



「麻世ちゃん!」


 突然自分を呼ぶ声がして麻世はふっと我に返った。目の前にティファニアがいた。


「麻世ちゃん、どうしたの? こんなところで」

「……」


 麻世は辺りを見回したが、ヒジリの姿はいなくなっていた。


「いま……黒髪の人……」

「だあれ? その人」

「アマネじゃない天使の方と……」

「えっ、本当? アマネ以外の天使が来ていたの?」

「……」


 ――それとも今のは全て幻だったのだろうか?

 いずれにせよ、彼女が人間ではなく天使であることには違いないと思った。


(きっと私はさっき、死ぬ前の世界にいたんだわ。後は……あの写真をどうか麻矢ちゃんに……)

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