第三話 天界の神様

 翌日、麻世は神殿の前でアマネと会うと、昨日出会ったヒジリについて訊いた。


「貴方以外にも、ここに天使はいるの?」

「どうして?」

「昨日、ここで貴方ではない天使と会ったわ。それで……」


 麻世は昨日の体験をアマネに話した。するとアマネは驚いたような表情をしつつも、「そう……あの方が貴方のところにいらしたのね」と言った。


「あの人は何者なの?」


 すると「アマネ! 来てたのね」とティファニアの声がした。


「やっほ~」

「アマネも一緒にお茶しない?」

「いいね~いきましょっか」


 アマネは麻世ににっこりと微笑んだ。麻世は質問の答えを訊きそびれたが、二人に着いていった。

 やってきたのは神殿の隣にあるテラス席のカフェだった。麻世はティファニアとよくこの場所に来ているし、天界の憩いの場の一つでもあった。

 そして当然のことながらアマネは天使であり、この世界においてみんなから慕われている。このテラス席に来る途中にも何度もみんなから声をかけられていた。

 彼女に最初に出会ったころから今も変わらず、一見軽そうなギャルのようにも見えるし、自分がイメージしているような天使には見えなかった。むしろヒジリの方がよっぽど天使らしい気がした。


「ねえ、アマネは今どんな子の望みをかなえているの?」


 ティファニアが興味津々に訊いた。彼女はアマネの〝仕事〟の話を聞くのがとても好きだ。


「ちょっと変わった男の子がいてね。小さいころからモテモテのイケメン君なんだけど、自分が女の子にモテない世界を望んでいるの」

「へええ、なにそれっ」


 ティファニアが笑った。


「彼は勉強も運動もよくできて、性格も明るい方。だから女の子にもてるのは当然なんだけど、それがつまらないんですって。あまりに簡単に女の子に好かれてしまって」

「贅沢な悩みだね。あ、麻世ちゃんもそうだったんじゃない?」

「私は小学校が女子校だったから」

「あ、そうだったっけ。それにしても不思議だねその男の子」

「ええ。普通人間の男子ってモテモテになるとつけあがると思うのだけど。別の機会の時に実際そういう例を見たわ。そいつはとんでもなく悪い奴だったからちょっとした〝罰〟を与えたけど」

「そっかあー……いいなあ。私は恋愛をしたことがなかったから」


 ティファニアは羨ましそうに言った。


「あら? 貴方はいま十四歳でしょう? きっと貴方のことが気になっている人がいるかもしれないわ。この世界で」

「あ、そっか。私小学生じゃないものね。けど私が七歳のままずっとここにいたからみんなは私のことを妹や娘のようにしか見ないわ」

「それもそうかもね」


 アマネも笑って言った。


「けど麻世ちゃんは本当にキレイだよね。私だって見とれちゃうくらい。共学の学校だったらさっきの話の男の子みたいにすごくモテてたんじゃない? 中学は共学だったんでしょ?」

「……」


 自分が間違った感情を持ったばかりに、自分の周りの男子への興味は全くといっていいほどなかった。

 けど、もし自分が他の女の子と同じように「普通の女の子」だったのならば、素敵な恋愛に心をときめかせるような人生だったのかもしれない――麻矢あの子のように。



 ◇ ◇ ◇



 アマネは途中で用事ができたと言ってカフェを出て行った。


「アマネって本当素敵な人だよね」


 ティファニアがアマネの後姿を見ながら言った。


「やっぱり天使だものね。天使の仕事って夢がありそう」

「そうかしら」

「だって、人の心を救いに導いたり、夢を叶えたりしているのでしょう? 素敵だわ」


 まだこの天界に来て長くない麻世にとってはアマネのような天使の存在について未だわからない部分が多かったが、実に人間らしいと思った。もちろんそれが仮の姿であるのかもしれないが――

 やはり天使は普通の存在ではないようだ。さっき自分が体験したことも、間違いなくヒジリの能力なのだろうと確信していた。

 生前の過去に干渉することのできる能力だろうか――もしあれが現実だったとすれば、麻矢へがいつか届いてくれるのかもしれない。


「ねえ、貴方はヒジリという天使には会ったことある?」


 ティファニアに訊くと、「えっ?」と彼女は驚いたような反応を見せた。


「麻世ちゃん、ヒジリ様に会ったの?」

「ヒジリ、様?」

「ヒジリ様はこの天界の神様だよ!」

「えっ、そうなの?」

「わああ……いいなあ! ねえいつお会いしたの――もしかして、昨日麻世ちゃんがアマネじゃない天使に会ったって……」


 麻世はその時に体験したことを話した。


「それって……生きていたころの時に戻ったってこと?」

「戻ったというか……私はもちろん死んだままだからこのままの姿だったのだけれど……」

「その麻世ちゃんのお友達のお名前、教えて?」

「麻矢――私の名前と似ていて、弓矢の『矢』で『まや』」

「麻矢、ちゃんね」

「……前にお話ししたけど、私はあの子にとてもひどいことをしてしまった」

「……」

「面と向かって言えなかったのに、今更都合が良すぎるわね。けど、あの子が苦しんでいるのなら……それだけは……」

「ヒジリ様にまたお願いすればきっと力になってくれるかも」

「……」


 確かにそうなのかもしれない。けど、麻世にはもう一つ別の望みがあった。もし可能であればその願いを叶えてほしいと思っていた。

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