第四話 もし願いが叶うのなら
翌日、麻世はアマネを捜した。彼女は常にここにいるわけでもなく、天使の〝仕事〟とやらでいないことがしばしばあった。神殿の方にも行ってみたが、アマネも、そしてヒジリの姿もなかった。
(……
麻世は結局そのまま学校の方に行った。すでにティファニアも来ている。他のみんなも一緒だ。
「あ、麻世ちゃん」
「ねえ、アマネは見てない?」
「ううん。まだ見てない」
他のみんなに訊いても同じ答えで、どうやら今日はいないらしい。
「アマネに何か用があるの?」
「ううん、ちょっと」
それでも時折アマネの姿を探していると、日が傾きかける前に廊下で彼女とばったりと出会った。
「私のことを捜していたって?」
「捜していたというか……」
麻世はアマネと歩きながら話し始めた。
「この間話したように、ヒジリさんと会った時の後に私は生前の世界に行くことができたわ。もし生前の世界に干渉することができるのなら、私は……あの子に直接会いたい」
「貴方の気持ちはわかるわ。あの方ならその願いを叶えることができる。けど、今の貴方にはもう一つ別の望みがあるのでしょう?」
「……ええ」
「ティファニア、ね」
「あの子に、カーチャさんと会わせてあげたいの」
「……」
「あの子は小学生だったから、生死についてそこまで深くわからないままこの世界で長いこと過ごしてきた。けど、このまま彼女がずっとこの世界にいることは……。もちろんそれを来たばかりの私が言えることではないのだけれど」
「そうね。貴方がこの世界にやって来てから姉のエカテリーナ・クラムスキーのことを知って、彼女自身その思いが大きくなっているわ。けど――」
「けど?」
「それはティファが望んだらの話。あの子の口から会いたい、と」
「……」
麻世は初めて自分が出過ぎたことを言っていたのだと自覚した。そうなのだ。ティファニアと出会ってからそう長くも経っていない自分がこんな申し出をすること自体おこがましいのかもしれない。
「もちろん、貴方があの子のことを思って言っていることは充分に伝わっているわ」
「…………」
ふと、麻世はアマネの〝仕事〟について尋ねた。
「……ねえ、仮の話だけれど、死者を生き返らせる――いえ、やり直させることはできるの?」
「貴方はそれを望んでいるの?」
「いいえ――ただ、一応訊いてみたかったの。その……もしもの話。ティファが死なずにいた世界で、そして…………私や、あの子――麻矢ちゃんも……私たちがお友達になれるような、そんな世界」
「……」
アマネは金色の瞳で麻世をじっと見つめると、はっきりとした口調で「ええ、できるわ」と言った。
「もちろんそれは最初からそうだった世界という世界線だけれどね。つまり、ティファも事故に遭わなければ、貴方も実の兄を愛してしまって命を絶つような結末を迎えない世界線」
「……そう」
「だから、貴方とティファの生前である本来の世界線と、そのif世界が同時に存在するようになるわね」
「それは――もし仮にティファニアや私が望んだら、実現することはできるの?」
「ええ。貴方とティファがそう望むのなら、私はその願いを叶えるわ」
アマネは再びはっきりと言った。
もちろん麻世はそんなことを願うことなどおこがましいと考えているし、望める立場ではない。けど、もし、ティファニアがそう望んでくれるのなら――
◇ ◇ ◇
アマネと別れて戻るころには陽はすっかり落ちていた。
自分は罪深い人間だ――麻世はこの天界に降り立つ前から――自分が命を絶つに至るときからそう何度も自分に言い聞かせてきた。
もちろん本心でそう思っているし、毎日神殿で自らの生前での行いを悔い、麻矢たちの幸せを願っている。
けれどもアマネの「新しい世界でやり直しを叶えることができる」という言葉を聞いて、いつの間にか心が揺さぶられていることに気付いていた。
ティファニアが死なず、そして自分や麻矢と出会い、友達になれる世界――
それはどんなに素敵で、幸せな世界なんだろう。恵花はティファニアを失うことがなくなるし、麻矢と氷樹は一緒になり、自分も心からそれを祝福できる。みんなが幸せになれるのだ。
(もしそんな世界があったら……実現できるのなら……)
もちろんあくまでもそれはもしもの世界であるので、自分たちが本来過ごしてきていた世界線は残っているとアマネは言っていた。
けど、本来の世界の麻矢や氷樹、恵花などみんなの心が救われ、幸せになることが叶うのなら、その上でif世界へと転生できるのなら……それこそ麻世にとっても理想の道筋だった。
全員が幸せに――何よりティファニアが幸せになれること。彼女が幼くして命を落とし、姉である恵花や両親と別れることなく幸せな人生を全うする――それが麻世の新たな願いでもあるのだ。
(……そしてこれを実現できるのは、アマネやヒジリさん――天使や神様たち)
麻世の心の中で神の存在を信じたいという気持ちが改めてわき上がっていた。
この天界に降り立ってきてみんなの幸せを願い、神殿に通い続けるようになってからは神の存在を信じ始めていた。けど、生前は神の存在を否定していた彼女がすぐに本心から神を信じることはなかなかできない。
けど今は改めて感じていた。神の存在を信じたいという自分の心を。
◇ ◇ ◇
また夢だろうか――見覚えのある部屋。自分の部屋だ。またここに来られたのだ――
机の上の写真立てはあのままだった。
『……』
氷樹、恵花、そして自分の写っている写真。あの時、自分は何となく予感がしていた。この幸せな時間は恐らく長くないと。それでも幸せで、楽しかった。
けど、あの子――麻矢が一緒にいてくれたらきっともっと楽しかったに違いない。
⦅私が間違いを犯したばかりに全てを台無しにした⦆
何度悔やんでももうあの過去を変えることはできない。けど、せめて自分の想いが彼女に伝われば――
すると、廊下で声がした。部屋のドアをすり抜けるとそこに金髪の女の子――恵花が隣にある氷樹の部屋に入ろうとしていたのだ。
麻世が彼女に向かって口を開く。
『カーチャさん』
すると恵花が振り向いた――通じた。通じてくれた。
麻世は自分の部屋に彼女を促した。そして、あの写真立てを手渡す。
「……」
そこで場面は途切れ、自分は部屋のベッドの中にいた。夢、ではなさそうだ。
(どうか届いて……私の想い)
きっと彼女なら、私の想いを届けてくれるはず――
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